王様と喪女

舘野寧依

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第十章 再出発

第116話 気の重い処置

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「なんですと? それは聞き捨てならないお言葉ですな」

 グリード財政大臣が目の色を変えて千花に抗議してくる。

「個人を尊重して国を疎かにするなどあってはならないことです」

 ヘンリック内政大臣も顔をしかめて言ってくる。

「……誰がこの国を疎かにすると言いました? ハルカを幸せにすると言いましたが、わたしは一言もそんなことは言ってません。実際わたしはこの件でこの国に随分と協力しているはずですが」
「それは充分分かっております。しかし、実際に陛下はハルカ様に溺れて政務を疎かにしました」

 すると先王陛下が口を挟んできた。

「だから、それはおまえらの職務怠慢つってるだろうが。ろくに諫めもせずに、すぐに婚約反対じゃ、話にならない」
「父上、それでは兄王がなにも悪くないように聞こえます」

 今度はシルヴィが先王陛下に抗議する。
 ど、どうしよう。止めた方がいいんだろうか。でも、この状況を収拾つける手段なんてわたしには思いつかないし。

「シルヴィ、お父上はカレヴィが少しも悪くないとは言っていませんよ。国王に意見の出来る立場にありながら諫めが少ないのが問題だと言っているのです」
「それは、わたしも反省しきりです」

 マウリスが王太后陛下の言葉に頷きながら同意した。

「……確かに政務を疎かにしたのはまずかったと思っている。離宮建築も変に固持したりせずに、婚礼後まで待てば良かった」

 カレヴィが反省の弁を述べている。……ここでわたしもなにか言わなきゃ。

「わたしもカレヴィに強く言わなかったのがいけなかったと思っています。これからは彼に強く言うようにします」
「……ハルカ、『嫌いになるから』だけは勘弁だぞ」

 あ、わたしのカレヴィ操縦法、バレてる。
 わたしは思わず首を竦めたけど、負けずに言った。

「カレヴィがしっかり王様してくれたら言わないよ」

 そこでわたしがカレヴィの手を握ると、カレヴィも握り返してくれた。

「ああ、分かった。努力する」

 うん。二人で努力していこうね。

「……カレヴィ王もこうおっしゃっているのですし、もう問題はないかと思われますが」

 千花がこの場を収めるかのように言うと、シルヴィが噛みついてきた。

「確かに二ヶ月はそれで安心かもしれません。しかし、習いの月に入ったらまた兄王は同じ事を繰り返しそうな気がしますよ」
「そうしたら、みんなでカレヴィを諫めにかかればいいだけだ。……いい加減、思い切れ、シルヴィ」

 すると、シルヴィは苦笑した。その笑みは、わたしの角度からは泣きそうにも見えた。

「──出来ません」

 そこでわたしはシルヴィに切なげに見つめられて、思わず息を詰めてしまった。
 そこで、カレヴィの手がわたしの手を強く握る。……まるで、わたしを繋ぎ止めるかのように。

「俺自身、この想いをどうやって収めたらいいのか分からないのです、父上」

 強い視線でシルヴィがわたしを捉えた後、しばらくして彼は自嘲するかのような笑みを浮かべた。
 それに、わたしは心を鷲掴みされたような思いがした。
 ……でもごめんね、わたしが好きなのはあなたじゃなくてカレヴィなんだよ。
 シルヴィは溜息を一つ付いた後、反転してこの場から去っていく。
 そして執務室のドアの前で振り返り、わたしを思い詰めたように見つめた。

「──愛している、ハルカ」

 シルヴィの真剣なその言葉にわたしはなにも言えないままだった。
 そして、シルヴィが執務室を出ていくと、元老院の重鎮二人も彼の後を追うようにしてこの場を去っていった。
 すると、後には重苦しい沈黙だけが残った。


「──シルヴィは重症だな」

 先王陛下が溜息を付きながら首を横に振った。

「恐らく、初めての恋なのでしょう。それを諦めるように言わなければならないのは残酷ですが仕方ありません」

 王太后陛下が先王陛下に寄り添って哀しそうに言う。
 兄弟がいさかう原因になってしまったわたしは、肩身が狭かった。
 本当に、シルヴィなら可愛い娘がよりどりみどりだろうに、なぜよりによってわたしなんだ。

「ハルカはなにがあっても渡しませんよ」

 相変わらずわたしと手を繋いだまま、カレヴィは両陛下に宣言する。

「分かっている。しかし、シルヴィをどうにかしないことにはどうしようもなさそうだ」
「……それですが、シルヴィ殿下をガルディアにご遊学させてみたらいかがでしょうか」

 それはシルヴィに頭を冷やす期間を与えるってことなんだろうか。……でも、ちょっと可哀想な気がするな。

「それは良い案だな、ティカ殿」

 カレヴィが嬉々として言った。
 ……カレヴィ、シルヴィを飛ばす気満々だ。

「でも……、シルヴィを無理矢理ガルディアに行かせちゃうのはちょっと……」
「おまえはシルヴィを実の弟のように見ていたからな。やつを気の毒に思うのも分かる。だが、これを逃すとやつは一生おまえを引きずるぞ」

 そういうものなんだろうか?
 それはシルヴィにとっても不幸だし、わたしも避けたいな。

「そうなの? ならわたしもシルヴィのガルディア行きに賛成するよ」

 出来ればこれで、シルヴィに傷ついてほしくないけれど、それはこちらに都合のいい感傷なんだろうな。

「でも、シルヴィには恨まれそうな気がしますね」

 頬に片手を当てて、王太后陛下が心配そうに小首を傾げる。
 確かに恨まれそうだ。でも、今後の為にもやらなきゃいけないんだよね。
 ……ああ、自分がとてつもない悪人になったような気がする。
 シルヴィ、本当にごめんね。
 思い切りわたしを怒鳴ってくれてもいいからね。
 あなたには、その資格があると思うから──
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