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第五章:新生活
第48話 温泉にて
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千花に連れられて元の世界に戻ってきたわたしは温泉に休息しに来ていた。
ちょっと小さめだけど、綺麗な宿でお風呂も素敵だったし、わたしは大満足だった。
「このアワビおいしーい! こんなおいしいもの初めて!」
それで今現在、わたしは贅沢にも黒アワビのバター焼きなんかを頂いている。
うーん、肉厚なのに柔らかくて、なんとも言えないうまみが絶品。
「そう、はるかが気に入ってくれてよかった」
わたしの向かいには、浴衣姿の千花がにこにこしながらビールを飲んでいる。
ちなみにわたしは、アワビの肝を千花に食べてもらっちゃった。
千花は「おいしいのに、もったいない」って言うけど、見た目グロテスクなんだもん、ごめんね。
わたしもアワビをつまみにビールを一口。
あまりビールは好きじゃないけど、なぜかこういう時はおいしく感じるから不思議だ。
あー、お刺身はおいしいし、こんなの絶対ザクトアリアじゃ味わえないね! 向こうの人からしたらゲテモノ食いに見えるだろうし。
王様のカレヴィなんか、きっと引いちゃうと思う。
そこまで考えた途端、わたしを熱っぽく見つめる彼の瞳を思い出して泣きそうになってしまい、わたしは慌てて俯いた。
──失恋の痛みはそんなに簡単に癒えるわけじゃない。
その気持ちを紛らわすようにグラスをあおる。
無理矢理飲んだビールはことの外苦かった。
「はあ……」
──草木も眠る丑三つ時。
わたしは誰もいない露天風呂に一人で入りに来ていた。
隣の布団の千花がよく眠っていたのは、考えごともしたかったのでちょうどよかった。
もし、千花がわたしがいないことに気がついても、彼女はわたしの魔力を辿れるし、問題ないだろう。
さすがにこの時間だと、お風呂に入ってる酔狂な人はいなかった。
……大きなお風呂を独り占めできる穴場な時間なんだけどね。
そんなわけでわたしは近くにバスタオルをおいて、石造りのお風呂に身を沈めた。
疲れた体にお湯が染み込むようでとても気持ちがいい。
こんなお風呂を独り占めなんて贅沢すぎる。
けれど、人心地ついてからわたしの心の中に浮かぶのはあちらの世界のことだった。
──今頃、ザクトアリアはどうなってるんだろう。
カレヴィはまだわたしに怒ってるよね……。
挨拶もろくにしないでこっちに帰ってきちゃったから、もしかしたら愛想尽かされたかも。
婚約解消されても仕方ないことをわたしは言っちゃったしね……。
そこまで考えが行くと、みるみる瞳に涙が浮かんでくる。
わたしはそれをごまかすように湯をすくって顔を洗った。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、脱衣所の方から物音がした。
あ……、入りに来た人いるんだ。
そろそろわたし、出た方がいいかな?
でも千花かもしれないし。
わたしはその可能性を捨てきれなかったので、おとなしく湯に浸かったままでいた。
正直、ちょっとのぼせ気味になってたんだけど、やっぱり出てた方がよかったかなあ。
カラカラと引き戸を開けた人物を確認してわたしは思わず自分の目を疑ってしまった。
「ハルカ!」
「カ、カレヴィッ!? なんでここにいるの?」
「おまえに会いに来た」
わたしが風呂に入っているのは一目瞭然だろうに、カレヴィは向こうの衣装のままでわたしに駆け寄った。
ちょっと、サンダルのままで!
ここの従業員さんの掃除が大変でしょ!
それに、そもそもこの露天風呂は女性専用だよ!
「ハルカ……ッ」
予想に反してとびきりの笑顔で再会したカレヴィは、わたしに両手を伸ばす。
「で、出てけ──っ! このエロ王!」
バシャンとわたしはカレヴィにお湯をかけるとお風呂から出て、近くに置いてあったバスタオルを体に巻いた。
「ハルカ……! やはり俺に怒っているのか。悪かった、俺は……っ」
「いいから出てけ、女風呂に男が入ってくるな!」
なおも言い募るカレヴィをぐいぐい押し出しながらわたしは罵倒した。
「女、風呂……?」
そこで、ようやく自分の居場所を把握したらしいカレヴィは、まずい、と顔に書いて慌ててそこを出ていこうとした。
「あ! まず、そのサンダルを脱いで! 脱衣所に土足で上がらないで!」
……まあ、これは既に遅いかもしれないけど、被害が拡大するよりはましだ。
素直にサンダルを脱いで、バスタオルを巻き付けたわたしとともに脱衣所の方にカレヴィは引き返したけれど。
「──痴漢ですか、カレヴィ王」
浴衣に羽織姿で仁王立ちする千花の迫力にわたしは思わずびびってしまった。
わたしですらそうなんだから、当のカレヴィは相当だろう。
見ると、カレヴィは冷や汗をかいていた。
「い、いや、けしてそうではない。誤解だ、ティカ殿」
「はるかの入浴中に忍び込むなんていい度胸ですね。あなたがはるかにしたことを考えたら、こんなことはできないはずです。恥を知りなさい!」
うう、怒った千花、怖い。
いや、わたしのためを思って言ってくれてるのは分かるんだけど、なんだかわたしまで怒られてるような気になってきたよ。
「す、すまないティカ殿」
「謝るなら、まずはるかに誠心誠意謝るのが先でしょう! それがなんです、はるかの入浴中に忍び込むなんていやらしい。あなたは実は王でなくて獣なんですか!」
いよいよエスカレートしていく千花の説教の中にカレヴィが獣っていうのがあったので、わたしは思わず頷いてしまった。
それをカレヴィが横目で恨めしそうに見てくるけど、実際痴漢と疑われても仕方ないことをしたんだし、ある意味自業自得だ。
「はるかは風邪ひくといけないから着替えてきて。……わたしは、まだカレヴィ王に用があるから」
「うん、分かった」
たしかにいつまでもバスタオル姿でいるのは湯冷めして体に悪いし、それになにより、さっきからカレヴィがわたしの方を見て鼻の下伸ばしてるみたいなんだよね。
「ハ、ハルカ……ッ、俺を置いていくのか」
「カレヴィ、大袈裟。ただ着替えるだけだよ」
捨てられた子犬のように見てくるカレヴィをわたしはあっさり見捨てて脱衣所に向かった。
その途端、千花のお説教がまた始まった。
──うわあ、ご愁傷様。
自分で見捨てておきながら、非情にもわたしはそんなことを思う。
うん、でも今回はカレヴィの自業自得だから仕方がない。
まったくもって、痴漢行為はよくないことだ。
ちょっと小さめだけど、綺麗な宿でお風呂も素敵だったし、わたしは大満足だった。
「このアワビおいしーい! こんなおいしいもの初めて!」
それで今現在、わたしは贅沢にも黒アワビのバター焼きなんかを頂いている。
うーん、肉厚なのに柔らかくて、なんとも言えないうまみが絶品。
「そう、はるかが気に入ってくれてよかった」
わたしの向かいには、浴衣姿の千花がにこにこしながらビールを飲んでいる。
ちなみにわたしは、アワビの肝を千花に食べてもらっちゃった。
千花は「おいしいのに、もったいない」って言うけど、見た目グロテスクなんだもん、ごめんね。
わたしもアワビをつまみにビールを一口。
あまりビールは好きじゃないけど、なぜかこういう時はおいしく感じるから不思議だ。
あー、お刺身はおいしいし、こんなの絶対ザクトアリアじゃ味わえないね! 向こうの人からしたらゲテモノ食いに見えるだろうし。
王様のカレヴィなんか、きっと引いちゃうと思う。
そこまで考えた途端、わたしを熱っぽく見つめる彼の瞳を思い出して泣きそうになってしまい、わたしは慌てて俯いた。
──失恋の痛みはそんなに簡単に癒えるわけじゃない。
その気持ちを紛らわすようにグラスをあおる。
無理矢理飲んだビールはことの外苦かった。
「はあ……」
──草木も眠る丑三つ時。
わたしは誰もいない露天風呂に一人で入りに来ていた。
隣の布団の千花がよく眠っていたのは、考えごともしたかったのでちょうどよかった。
もし、千花がわたしがいないことに気がついても、彼女はわたしの魔力を辿れるし、問題ないだろう。
さすがにこの時間だと、お風呂に入ってる酔狂な人はいなかった。
……大きなお風呂を独り占めできる穴場な時間なんだけどね。
そんなわけでわたしは近くにバスタオルをおいて、石造りのお風呂に身を沈めた。
疲れた体にお湯が染み込むようでとても気持ちがいい。
こんなお風呂を独り占めなんて贅沢すぎる。
けれど、人心地ついてからわたしの心の中に浮かぶのはあちらの世界のことだった。
──今頃、ザクトアリアはどうなってるんだろう。
カレヴィはまだわたしに怒ってるよね……。
挨拶もろくにしないでこっちに帰ってきちゃったから、もしかしたら愛想尽かされたかも。
婚約解消されても仕方ないことをわたしは言っちゃったしね……。
そこまで考えが行くと、みるみる瞳に涙が浮かんでくる。
わたしはそれをごまかすように湯をすくって顔を洗った。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、脱衣所の方から物音がした。
あ……、入りに来た人いるんだ。
そろそろわたし、出た方がいいかな?
でも千花かもしれないし。
わたしはその可能性を捨てきれなかったので、おとなしく湯に浸かったままでいた。
正直、ちょっとのぼせ気味になってたんだけど、やっぱり出てた方がよかったかなあ。
カラカラと引き戸を開けた人物を確認してわたしは思わず自分の目を疑ってしまった。
「ハルカ!」
「カ、カレヴィッ!? なんでここにいるの?」
「おまえに会いに来た」
わたしが風呂に入っているのは一目瞭然だろうに、カレヴィは向こうの衣装のままでわたしに駆け寄った。
ちょっと、サンダルのままで!
ここの従業員さんの掃除が大変でしょ!
それに、そもそもこの露天風呂は女性専用だよ!
「ハルカ……ッ」
予想に反してとびきりの笑顔で再会したカレヴィは、わたしに両手を伸ばす。
「で、出てけ──っ! このエロ王!」
バシャンとわたしはカレヴィにお湯をかけるとお風呂から出て、近くに置いてあったバスタオルを体に巻いた。
「ハルカ……! やはり俺に怒っているのか。悪かった、俺は……っ」
「いいから出てけ、女風呂に男が入ってくるな!」
なおも言い募るカレヴィをぐいぐい押し出しながらわたしは罵倒した。
「女、風呂……?」
そこで、ようやく自分の居場所を把握したらしいカレヴィは、まずい、と顔に書いて慌ててそこを出ていこうとした。
「あ! まず、そのサンダルを脱いで! 脱衣所に土足で上がらないで!」
……まあ、これは既に遅いかもしれないけど、被害が拡大するよりはましだ。
素直にサンダルを脱いで、バスタオルを巻き付けたわたしとともに脱衣所の方にカレヴィは引き返したけれど。
「──痴漢ですか、カレヴィ王」
浴衣に羽織姿で仁王立ちする千花の迫力にわたしは思わずびびってしまった。
わたしですらそうなんだから、当のカレヴィは相当だろう。
見ると、カレヴィは冷や汗をかいていた。
「い、いや、けしてそうではない。誤解だ、ティカ殿」
「はるかの入浴中に忍び込むなんていい度胸ですね。あなたがはるかにしたことを考えたら、こんなことはできないはずです。恥を知りなさい!」
うう、怒った千花、怖い。
いや、わたしのためを思って言ってくれてるのは分かるんだけど、なんだかわたしまで怒られてるような気になってきたよ。
「す、すまないティカ殿」
「謝るなら、まずはるかに誠心誠意謝るのが先でしょう! それがなんです、はるかの入浴中に忍び込むなんていやらしい。あなたは実は王でなくて獣なんですか!」
いよいよエスカレートしていく千花の説教の中にカレヴィが獣っていうのがあったので、わたしは思わず頷いてしまった。
それをカレヴィが横目で恨めしそうに見てくるけど、実際痴漢と疑われても仕方ないことをしたんだし、ある意味自業自得だ。
「はるかは風邪ひくといけないから着替えてきて。……わたしは、まだカレヴィ王に用があるから」
「うん、分かった」
たしかにいつまでもバスタオル姿でいるのは湯冷めして体に悪いし、それになにより、さっきからカレヴィがわたしの方を見て鼻の下伸ばしてるみたいなんだよね。
「ハ、ハルカ……ッ、俺を置いていくのか」
「カレヴィ、大袈裟。ただ着替えるだけだよ」
捨てられた子犬のように見てくるカレヴィをわたしはあっさり見捨てて脱衣所に向かった。
その途端、千花のお説教がまた始まった。
──うわあ、ご愁傷様。
自分で見捨てておきながら、非情にもわたしはそんなことを思う。
うん、でも今回はカレヴィの自業自得だから仕方がない。
まったくもって、痴漢行為はよくないことだ。
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