魔法の国のティカ

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
19 / 54
第二章:お姫様で庶民な二重生活

第18話 ほだされてはいけない

しおりを挟む
「あれ、カイルなにやってるの?」

 カイルが自転車に向けてなにか呪文を唱えたので、千花は首を傾げた。

「拘束魔法と防御魔法をかけた。珍しいものだからな。盗まれたり、壊されたりしたら困るだろう」

 そう言われて千花は少し驚いてカイルをまじまじと見てしまう。

「……なんだ」

 カイルが少し居心地が悪そうに聞いてきたので、千花は慌てて首を横に振った。

「ううん、ちょっと意外だなと思って。……でもありがとう」

 にこ、と千花が微笑むと、カイルはなぜか少し後ろに退いた。

「べ、別におまえのためを思ってやったわけじゃない。第二王子もそれの構造を調べると言っていたし……」
「うん、分かってるよ。それでもありがとう」

 もう一度千花は礼を言うと、カイルに頭を下げた。

「……」

 黙り込んだカイルを千花は少し不思議に思ったが、今は街を見て回ることに集中することにした。見ると、近くにはアクセサリーの店がある。

「あ! あれ、かわいい!」

 千花が入ったところはどうやら天然石を扱っている店らしく、いかにも女の子が好きそうな色合いのかわいらしいアクセサリーが綺麗にディスプレイされていた。

「女の子だなあ」

 千花が目を輝かせてアクセサリーを見ているのを目にして、レイナルドが微笑ましそうに笑った。
 店内は女性客がほとんどで、並外れた美貌の男性二人を引き連れた千花はかなり注目を浴びていたのだが、本人は物色するのに夢中で気がつかない。

「どっちにしよう、迷っちゃう~……」

 千花は店内をくまなく見てまわって、天然石二つと水晶を丸く磨いたものを連ねた同じデザインの腕輪を先程から二つ見比べていた。要するに色違いで悩んでいるのだ。

「いつまで悩んでいるんだ。小遣いなら充分渡してあるだろう。迷うくらいなら両方買え」
「でもあまり無駄遣いしたくないし。うーん。……よし決めた、こっちにする!」

 淡い青色系統のものと、淡い黄緑色系統の腕輪をさんざん見比べた結果、千花は黄緑色を選んだ。決めれば行動は早いもので、千花はさっさとアクセサリーを手にして支払いに向かった。

「ご購入ありがとうございます。お嬢さん、あまり見ない顔立ちですが、もしかして異国の方ですか?」

 二十代半ば程と思われる感じの良い男性店員にそう聞かれて、千花は素直にはい、と答えた。

「ルディアに来たのは初めてなんです。それにしてもこのお店素敵ですね! 値段も手頃だし、とてもかわいいし、すごく気に入りました!」

 かわいいアクセサリーを手に入れたことで、上機嫌で千花が言うと、目の前の青年はにっこりと笑った。

「それは店主冥利につきますね。とても嬉しいです。ありがとうございます」

 若いので店員と判断したが、どうやら店主だったらしい。
 支払いを終えて包装をするという段になって青年が千花に聞いてきた。

「腕輪、今つけて行かれますか?」
「はい」
「では手をお出しください」

 青年に言われた通りに千花は腕を差し出すと青年が触れた指先からバチンッと静電気にも似た衝撃が来た。

「きゃっ!?」

 千花がびっくりして叫び声をあげたので、付き添いのカイルとレイナルドはすぐに彼女の傍に寄って来た。

「ティカ?」
「どうした」
「いえ……、今、摩擦による軽い電撃がはじけまして。お嬢さん、驚かせてしまってすみません。痛くなかったですか?」

 購入した腕輪を巻き付けられながら聞かれて、千花は頷いた。

「あ……、大丈夫です。わたしこそすみません」

 大げさに叫び声をあげてしまったことに少々恥ずかしさを覚えながら千花も謝った。

「いえいえ。あ、これはお嬢さんがルディアに来られた記念の品です。よかったらもらってやってください」

 そう言って青年が出してきたそれは、大きさはそれほどではないが、中に金の線がいくつも入った水晶を鎖で通したペンダントだった。
 ここの世界ではどうか分からないが、金の線が入った水晶って結構いいものなんじゃないだろうか、と千花はそれを受け取るのをためらってしまった。

「今のお詫びもありますし、どうか受け取ってください」
「いいんですか? 何か悪いみたいですけど……、でも本当にありがとうございます」

 あまりにも青年が熱心に言うので、千花はついに根負けした。

「良かった。では、これも付けていってくださると嬉しいですね」
「あ、はい。お願いします」

 千花の言葉に、店主の青年はほっとしたように微笑むと、千花に後ろに向かせて首の後ろで金具を止めた。

「本当にありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。もしかしなくてもあなたはカイルの弟子でしょう? その就任祝いの品と思ってくだされば結構です」
「え」

 思っていなかった店主の言葉に、千花はカイルと目の前の青年を見比べた。

「知り合いだったんですか?」
「まあな、魔術師仲間だ」

 魔術師だったのか。言われてみなければ分からなかった。
 千花は俺様なカイルにも一応仲間と呼ぶ人がいることにちょっと驚いた。

「はい、わたしはアルフレッドと言います。以後お見知り置きを。カイルはとても良いお弟子を見つけられたようですね。とてもうらやましいですよ」
「いや、いい弟子かどうかは分かりませんが……」

 日本人の習性で、千花はつい謙遜してしまう。
 けれど、この世界に連れてこられた過程からかなり反抗的な態度も取ってきたので、その点に関して言えば、けっして良い弟子とは言えないだろう。

「いえ、良いお弟子ですよ。魔力もかなり高いようですし」

 アルフレッドと名乗った青年にそう言われて、千花は瞳を見開く。

「なんで分かるんですか?」
「今、あなたはとっさに張ったわたしの魔防壁を無意識に破壊しましたよ。……いや、末恐ろしい才能ですね」

 てっきり静電気と思っていたが、今のは魔防壁といわれるものを破壊した衝撃だったのか。
 それで、こんなちょっと高そうなプレゼントをもらってしまっては申し訳ない。千花はアルフレッドを不安そうに見上げてそう言うと、彼は少し困ったように笑った。

「いや、言ったでしょう。カイルの弟子就任祝いだと。どうか遠慮なく受け取ってください」
「ティカ、アルフレッドがこう言ってるんだ。気にせず受け取れ」

 カイルまでそう言ってきたので、千花はありがたく受け取ることにした。

「それなら、ありがたくいただきます。アルフレッドさん、これからもたびたびここに寄らせてもらいますね」

 千花はアルフレッドに頭を下げると、彼はにこにこしながら頭を下げ返した。

「はい、ありがとうございます、ティカさん。常連の方が増えて嬉しいですよ。……あと、ここにはアクセサリーの他にも魔法道具もあるんです。興味があったら見ていってくださいね」
「はい」

 にこにこと人好きのする笑顔で言われて、千花もつられてにっこりする。

「……ティカ、それは別の機会にしろ。他も見るんだろう?」
「あ……」

 カイルの言葉でまだここが一件目の店だということに気がついて、千花は慌てた。それに、かなり時間もたっているようだ。

「すみません、アルフレッドさん。それはまた来たときにします。ペンダント、本当にありがとうございました」

 千花がぺこりと頭を下げると、アルフレッドはにっこりと笑った。

「いいえ、次にはぜひ見ていってくださいね。わたしも楽しみにしてますよ」



「それにしても随分と時間を取ったな。もう昼だ」
「……う、ごめんね。付き合わせちゃって」

 幾分辟易とした様子のカイルに、千花は小さくなる。
 実際、無駄に時間を取らせてしまったのは事実だ。

「……別にいい。一件目で早速やつに会うとは思わなかったが」

 やつとは先程のアルフレッドのことだろうか。

「感じのいい人だったね」
「……まあ、それは認めるが」

 カイルのそれが渋々、といった感じだったので千花は思わず笑ってしまう。
 少しだけしかカイルのことは知らないが、とてもすごい魔術師らしいのに、こと人間関係となるととても不器用だ。

 千花が弟子になることに際して言った「生活の保障はない」という脅し文句も、ひょっとして本当はそこまでするつもりもなかったのかもしれないな、とそこまで思って、千花ははた、と我に返って頭を横に振った。

 いやいや、ほだされてはいけない。こいつは鬼畜魔術師。鬼畜魔術師。

 心の中でそう何度も唱えてぶんぶんと頭を振る千花をカイルが哀れなものを見る目で見た。

「おまえ……、頭は大丈夫か?」

 その一言で、やはり認識を改めるのはやめようと、千花は新たに決意するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

優等生と劣等生

和希
恋愛
片桐冬夜と遠坂愛莉のラブストーリー

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

ビッチな姉の性処理な僕(R-18)

量産型774
恋愛
ビッチ姉の性処理をやらされてる僕の日々…のはずだった。 でも…

処理中です...