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第一章:魔術師の弟子
第15話 魔法の初訓練
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程なくして、カイルが千花の部屋を訪れてきた。
「魔術師団の師団舎まで行くぞ」
「うん」
訓練はエドアルドとレイナルドが以前の会話で決めた通り、そこで行うことになっていた。
「ティカ」
移動魔法で魔術師団の師団舎に行くと、そこにはなぜかエドアルドとレイナルドがいた。
「お二人とも、なぜここに」
「いや、君のことが気になってね」
「なにせ、ティカの初訓練だし」
いくら魔力があっても、こっちはただの初心者なのだ。正直そんなに期待されても困るんだけどなあ、と千花は王子二人にちらりと目をやる。
「おお、ティカ来たか!」
抱きついてきそうな勢いで、シモンが駆け寄ってくる。もちろん千花はしっかりそれを避けておいた。
「師匠、ティカに抱きつこうとするな」
「孫弟子に抱きついてなにが悪い」
「やっぱりそうだったんですか? 避けてよかった」
不本意な抱擁を受ける羽目にならなくて、千花がほっと胸をなで下ろした。
「師団長、こんな時まで若い娘にやたらと抱きつこうとする癖はやめてください」
……実は女癖が悪かったのか。これからはなるべくシモンの近くに寄らないようにしようと千花は拳を握って決意した。
二十代前半くらいの魔術師がその後もシモンに説教している。それなりに地位のある人だろうか。
「ああ、分かった分かった。アレクセイ、おまえ口うるさすぎるぞ」
「師団長がごく一般的な師団長であれば口出しはしませんが」
弟子も弟子ならどうやら師匠もいろいろと問題ありらしい。カイルのアレな性格は、間違いなくこの人のせいでもあるのだろうと千花は確信した。見ると、王子二人もシモンのこの性癖を知っていたらしく、苦笑している。
「……それでは、演習場を借りてティカの訓練をするが問題ないな?」
「ああ、存分に使ってくれ。ただ、壊されたりすると困るが」
「確か演習場には防御結界が張ってあっただろう。それでは駄目なのか」
「万が一と言うこともある。ティカの魔力の大きさなら尚更な」
「……分かった。俺がその結界を更に強化させる。それでいいか」
「ああ」
シモンが頷いたことで、カイルは詠唱を始めた。……どうやら演習場の結界を強化しているらしい。
「……これで、多少の衝撃は吸収できる。それでは使わせてもらうぞ。ティカ、来い」
カイルの俺様口調にちょっとむっとしつつも、魔術の訓練はしなければならないので、千花は仕方なくカイルの傍に寄った。
「まず、初等魔法から教える。明かりを灯す魔法だ。まず明かりを灯す手を掲げろ」
カイルが短く呪文を唱えると、その手のひらに明るい球体がふわふわと浮いていた。
「あれ、言語疎通の指輪じゃ呪文の意味分からないんだね」
「ああ、魔術の呪文は、指輪の範囲外だ」
異世界の言葉は分かるのに、この世界の呪文の意味が分からないとは、この指輪謎過ぎる。
とりあえず千花は、手のひらを上に向けてまた繰り返されたカイルの言葉を復唱した。
すると手のひらから光の球体が浮かび上がり千花は思わず歓声を上げた。
「わあ、すごい。出来た出来た! あ、反対側も出来るかな」
そう言って片方の手も掲げた途端、呪文も唱えていないのに光の球体が浮かび上がった。
「簡単な魔法とはいえ、無詠唱で出すとは。初めてでこれはすごい」
先程シモンに説教していたアレクセイが驚いたように言った。
「ね、これ消すの、どうやるの?」
千花がそう言った途端、両手に灯っていた明かりが突然消えた。
「……これに関しては、ティカには呪文いらないんじゃないか? それにしてもすごいな。強大な魔力は伊達じゃないってことか」
少し呆れたようにシモンが言った。……そんなに今のは常識に外れていたんだろうか、と千花は首を傾げる。
「……一応消す時の呪文を教えてもいいが、ティカ、覚えるか?」
「う、うん、お願い」
千花は慌てて頷いて、カイルに明かりを消す呪文を教えてもらった。
……それにしても、カイルのことだからどんな鬼畜な教え方になるんだろうと思っていたが、案外丁寧だ。
千花はちょっと拍子抜けして少しぼうっとしていたら、カイルに額を小突かれた。
「ぼうっとするな。この魔法自体は大したものじゃないが、少しの油断が大きな事故を引き起こしたりするんだ。その点は心しておけ」
「うん、ごめん。分かったよ」
カイルの言葉はいちいちもっともで、確かにこんな時にぼうっとしていたのはまずかった。
千花は小突かれた額を押さえながら、カイルに謝る。
「……ならいい。それでは、これからおまえに水魔法を教える。あの木偶人形に向けて今から言う呪文を唱えろ」
カイルがここから少し距離のある木偶人形を指さして言う。
カイルの今度の呪文は、先程の明かりを灯すものよりも少し長めだったので、千花は自分でもこれは怪しいかなと思いつつ、呪文を唱えた。
「馬鹿、違う……」
カイルがなにか言う間もなく、バケツをひっくり返したような大量の水が千花に降り注いで、彼女は悲鳴を上げた。
「ティカ!」
「ティカ、大丈夫かい?」
今まで見守っていた王子二人が、見事に濡れネズミになった千花へと慌てて駆け寄る。
「は、はい、大丈夫です。すみません、失敗しちゃいました」
ぽたぽたと水を滴らせながら、千花が苦笑して謝る。すると、なぜか王子だけでなく、周りにいた男達が千花を見て絶句していた。
どうしたんだろう、と千花が首を傾げるが、はた、と今の状況を顧みて慌てた。
「あ! ごめんなさい。水浸しにしちゃって」
「いや、それは大丈夫なんですが……」
アレクセイが千花から視線を逸らすようにして言う。
「おまえはなにをやっている。呪文が分からなければ聞き直せばいいだろう」
カイルの言うことはもっともだったので、千花は俯いて「ごめんなさい」と謝った。
カイルは舌打ちを一つすると、大きなタオルを召喚して千花に渡した。
「すぐに拭け。体の線が浮き上がっているぞ」
カイルにそう言われて、自分の姿を見下ろした千花は慌ててタオルで体を隠した。
「やっぱり、ティカは結構胸があるな」
まじまじと千花の体を見つめてセクハラ発言をするシモンを千花はキッと睨みつけると、あんたも水浸しになれと心の中で叫ぶ。
するとシモンも大量の水を被る羽目になった。
「おい、ティカッ」
これが千花の仕業と察したシモンが水浸しの情けない格好で叫ぶ。
「自業自得です」
つん、と千花が横を向くと、周りの男達が苦笑した。
「シモンは言わなくてもいいことを言うからね。黙っていれば分からないのに」
「まあ、シモンがつい言いたくなる気持ちも分かるけど」
王子二人が聞き捨てならないことを言ったので、千花の顔がひきつる。
「……お二人も水被りたいですか?」
「! いやいやいや」
「それは勘弁してほしいね」
王子二人が慌てたように首を横に振って言う。
「ティカ、訓練はこれで終わりにする」
「ええっ、まだ半刻(約一時間)もたってないよ?」
突然訓練の終了を言い渡された千花は驚いてカイルの顔を見返す。
「こんなにずぶ濡れになったら、また風邪がぶり返すぞ。とっとと自分の部屋に戻って風呂に入れ」
そう言うと、有無を言わせずカイルは移動魔法で千花を部屋へと送った。
部屋に控えていたディアナが、突然現れたずぶ濡れの千花に驚いて、慌てて湯殿に連れていく。
──あれはわたしのことを心配してくれたんだよね。
温かい湯に浸かりながら、千花は自分の体のことを気遣うようなことを言った先程のカイルを思い起こす。
ひょっとして、わたしが思うほどカイルは鬼畜でもないのかもしれない。
そこまで思って、千花は慌てて首を横に振る。
いやいや、わたしはカイルのせいで家に帰れなくなったんだよ? これが鬼畜でなくてなんだっていうの!?
千花はそう思い直すと、ぶくぶくと風呂の湯に頭まで浸かった。
「ティ、ティカ様!?」
ディアナが千花の突然の奇行に驚いて叫び声を上げたが、千花は息が続かなくなるまで風呂に沈み続けていた。
「魔術師団の師団舎まで行くぞ」
「うん」
訓練はエドアルドとレイナルドが以前の会話で決めた通り、そこで行うことになっていた。
「ティカ」
移動魔法で魔術師団の師団舎に行くと、そこにはなぜかエドアルドとレイナルドがいた。
「お二人とも、なぜここに」
「いや、君のことが気になってね」
「なにせ、ティカの初訓練だし」
いくら魔力があっても、こっちはただの初心者なのだ。正直そんなに期待されても困るんだけどなあ、と千花は王子二人にちらりと目をやる。
「おお、ティカ来たか!」
抱きついてきそうな勢いで、シモンが駆け寄ってくる。もちろん千花はしっかりそれを避けておいた。
「師匠、ティカに抱きつこうとするな」
「孫弟子に抱きついてなにが悪い」
「やっぱりそうだったんですか? 避けてよかった」
不本意な抱擁を受ける羽目にならなくて、千花がほっと胸をなで下ろした。
「師団長、こんな時まで若い娘にやたらと抱きつこうとする癖はやめてください」
……実は女癖が悪かったのか。これからはなるべくシモンの近くに寄らないようにしようと千花は拳を握って決意した。
二十代前半くらいの魔術師がその後もシモンに説教している。それなりに地位のある人だろうか。
「ああ、分かった分かった。アレクセイ、おまえ口うるさすぎるぞ」
「師団長がごく一般的な師団長であれば口出しはしませんが」
弟子も弟子ならどうやら師匠もいろいろと問題ありらしい。カイルのアレな性格は、間違いなくこの人のせいでもあるのだろうと千花は確信した。見ると、王子二人もシモンのこの性癖を知っていたらしく、苦笑している。
「……それでは、演習場を借りてティカの訓練をするが問題ないな?」
「ああ、存分に使ってくれ。ただ、壊されたりすると困るが」
「確か演習場には防御結界が張ってあっただろう。それでは駄目なのか」
「万が一と言うこともある。ティカの魔力の大きさなら尚更な」
「……分かった。俺がその結界を更に強化させる。それでいいか」
「ああ」
シモンが頷いたことで、カイルは詠唱を始めた。……どうやら演習場の結界を強化しているらしい。
「……これで、多少の衝撃は吸収できる。それでは使わせてもらうぞ。ティカ、来い」
カイルの俺様口調にちょっとむっとしつつも、魔術の訓練はしなければならないので、千花は仕方なくカイルの傍に寄った。
「まず、初等魔法から教える。明かりを灯す魔法だ。まず明かりを灯す手を掲げろ」
カイルが短く呪文を唱えると、その手のひらに明るい球体がふわふわと浮いていた。
「あれ、言語疎通の指輪じゃ呪文の意味分からないんだね」
「ああ、魔術の呪文は、指輪の範囲外だ」
異世界の言葉は分かるのに、この世界の呪文の意味が分からないとは、この指輪謎過ぎる。
とりあえず千花は、手のひらを上に向けてまた繰り返されたカイルの言葉を復唱した。
すると手のひらから光の球体が浮かび上がり千花は思わず歓声を上げた。
「わあ、すごい。出来た出来た! あ、反対側も出来るかな」
そう言って片方の手も掲げた途端、呪文も唱えていないのに光の球体が浮かび上がった。
「簡単な魔法とはいえ、無詠唱で出すとは。初めてでこれはすごい」
先程シモンに説教していたアレクセイが驚いたように言った。
「ね、これ消すの、どうやるの?」
千花がそう言った途端、両手に灯っていた明かりが突然消えた。
「……これに関しては、ティカには呪文いらないんじゃないか? それにしてもすごいな。強大な魔力は伊達じゃないってことか」
少し呆れたようにシモンが言った。……そんなに今のは常識に外れていたんだろうか、と千花は首を傾げる。
「……一応消す時の呪文を教えてもいいが、ティカ、覚えるか?」
「う、うん、お願い」
千花は慌てて頷いて、カイルに明かりを消す呪文を教えてもらった。
……それにしても、カイルのことだからどんな鬼畜な教え方になるんだろうと思っていたが、案外丁寧だ。
千花はちょっと拍子抜けして少しぼうっとしていたら、カイルに額を小突かれた。
「ぼうっとするな。この魔法自体は大したものじゃないが、少しの油断が大きな事故を引き起こしたりするんだ。その点は心しておけ」
「うん、ごめん。分かったよ」
カイルの言葉はいちいちもっともで、確かにこんな時にぼうっとしていたのはまずかった。
千花は小突かれた額を押さえながら、カイルに謝る。
「……ならいい。それでは、これからおまえに水魔法を教える。あの木偶人形に向けて今から言う呪文を唱えろ」
カイルがここから少し距離のある木偶人形を指さして言う。
カイルの今度の呪文は、先程の明かりを灯すものよりも少し長めだったので、千花は自分でもこれは怪しいかなと思いつつ、呪文を唱えた。
「馬鹿、違う……」
カイルがなにか言う間もなく、バケツをひっくり返したような大量の水が千花に降り注いで、彼女は悲鳴を上げた。
「ティカ!」
「ティカ、大丈夫かい?」
今まで見守っていた王子二人が、見事に濡れネズミになった千花へと慌てて駆け寄る。
「は、はい、大丈夫です。すみません、失敗しちゃいました」
ぽたぽたと水を滴らせながら、千花が苦笑して謝る。すると、なぜか王子だけでなく、周りにいた男達が千花を見て絶句していた。
どうしたんだろう、と千花が首を傾げるが、はた、と今の状況を顧みて慌てた。
「あ! ごめんなさい。水浸しにしちゃって」
「いや、それは大丈夫なんですが……」
アレクセイが千花から視線を逸らすようにして言う。
「おまえはなにをやっている。呪文が分からなければ聞き直せばいいだろう」
カイルの言うことはもっともだったので、千花は俯いて「ごめんなさい」と謝った。
カイルは舌打ちを一つすると、大きなタオルを召喚して千花に渡した。
「すぐに拭け。体の線が浮き上がっているぞ」
カイルにそう言われて、自分の姿を見下ろした千花は慌ててタオルで体を隠した。
「やっぱり、ティカは結構胸があるな」
まじまじと千花の体を見つめてセクハラ発言をするシモンを千花はキッと睨みつけると、あんたも水浸しになれと心の中で叫ぶ。
するとシモンも大量の水を被る羽目になった。
「おい、ティカッ」
これが千花の仕業と察したシモンが水浸しの情けない格好で叫ぶ。
「自業自得です」
つん、と千花が横を向くと、周りの男達が苦笑した。
「シモンは言わなくてもいいことを言うからね。黙っていれば分からないのに」
「まあ、シモンがつい言いたくなる気持ちも分かるけど」
王子二人が聞き捨てならないことを言ったので、千花の顔がひきつる。
「……お二人も水被りたいですか?」
「! いやいやいや」
「それは勘弁してほしいね」
王子二人が慌てたように首を横に振って言う。
「ティカ、訓練はこれで終わりにする」
「ええっ、まだ半刻(約一時間)もたってないよ?」
突然訓練の終了を言い渡された千花は驚いてカイルの顔を見返す。
「こんなにずぶ濡れになったら、また風邪がぶり返すぞ。とっとと自分の部屋に戻って風呂に入れ」
そう言うと、有無を言わせずカイルは移動魔法で千花を部屋へと送った。
部屋に控えていたディアナが、突然現れたずぶ濡れの千花に驚いて、慌てて湯殿に連れていく。
──あれはわたしのことを心配してくれたんだよね。
温かい湯に浸かりながら、千花は自分の体のことを気遣うようなことを言った先程のカイルを思い起こす。
ひょっとして、わたしが思うほどカイルは鬼畜でもないのかもしれない。
そこまで思って、千花は慌てて首を横に振る。
いやいや、わたしはカイルのせいで家に帰れなくなったんだよ? これが鬼畜でなくてなんだっていうの!?
千花はそう思い直すと、ぶくぶくと風呂の湯に頭まで浸かった。
「ティ、ティカ様!?」
ディアナが千花の突然の奇行に驚いて叫び声を上げたが、千花は息が続かなくなるまで風呂に沈み続けていた。
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