魔法の国のティカ

舘野寧依

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第一章:魔術師の弟子

第7話 暴挙への仕返し

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「……邪推するな、王子。ティカの強大な魔力には興味あるが、それ以外の感情は俺にはない」
「そうです! そんなことありえません!」

 鬱陶うっとうしそうに否定するカイルの言葉に千花は頷くと、拳を握って力説する。

「カイル、行く当てのないわたしに、弟子にならない場合は生活の保障は一切ないなんて言うんですよ? 好きな娘にそんなこと言う人なんていますか? いないですよね?」

 ここぞとばかりに千花は王子二人に同意を求める。

「なんだって? ティカにそんなことを言ったのか、カイル」

 レイナルドが怒りと呆れの中間のような顔になって、カイルを問いつめる。

「それは……」

 カイルは気まずそうに視線をさまよわせた。

 あー、俺様のカイルのこんなうろたえる姿が見れるなんて最高だわ!

 千花は嬉しさのあまり、事の顛末てんまつを王子達にしっかりと伝えておくことにした。

「ええ、はっきり言いました! その時のシモンさんも酷いんですよ。カイルに弟子をとれって言ったのはシモンさんなのに、どうにかしてくださいって頼んだら、カイルにどうにかされるのが怖くてわたしを保護できないって言ったんですよ。信じられないですよね!」

 矛先がカイルから急に自分に変わったシモンがぎょっとしたように千花を見る。

「ティ、ティカ……」
「……シモン、君はカイルの師匠だろう。どうやら初めから諦めていたようだが、なんとか彼の手綱を取ることもできたんじゃないか? 相談してくれれば、わたしにも責任の一端はあるし、こちらでティカを保護したのに」

 エドアルドが情けないとばかりに溜息をつく。叱責を受けている当のシモンは冷や汗をかいている。

 ふふふ、ざまみろ。二人とも、わたしの苦悩を少しでも思い知れ。

 元の世界に何年も戻れないことになって、すっかりやさぐれていた千花は、心の中で暗い笑みを漏らしていた。
 だが、その心情とは逆に、千花の瞳には大粒の涙が溜まり、その姿は哀れではあったが可憐で、王子達の同情を一心に集めていた。

「弟子の件を了承してなければ、今頃わたし、路頭に迷ってたかも。このままじゃ野垂れ死ぬかもと思って嫌々ながら弟子の件を了承したんですよ。そんな非道なことをするカイルがわたしのことを好きなわけないじゃないですか」
「そ、それはそうかもな……。好きな相手にそんなことはしないよな」
「そうです! ありえないですが、もし仮にそうだとしても、こんな顔だけ鬼畜魔術師なんて絶対にお断りです」
「おい、ティカ……」

 千花の暴言にカイルが周りの空気をビキビキと凍らせているが、知ったことじゃない。
 初めて会ったときはその超絶美形ぶりにうっかり見とれてしまったが、今となってはそれは人生最大の汚点だ。

「二人とも否定はしないところを見ると、事実なんだな。……ティカ、つらい思いをさせて悪かったね」

 エドアルドが溜息をつくと、千花に頭を下げてくる。

「えっ、そんな、エドアルド殿下、そんなことされないでくださいっ」

 千花はエドアルドの行動に、びっくりして思わずうろたえた。

「しかし、仕官できないなら魔力の高い弟子を取れと最初に言ったのはわたしだ。シモンはそれをカイルに伝えたにすぎない。……もちろん、その経過には問題はあったけれどもね」

 エドアルドは一見かばっているようだが、はっきりシモンを責めていた。シモンが更に小さくなる。
 それでも、自分の責任はきちんと認めて身分が高い彼が庶民の千花に頭を下げて謝罪までしてくる姿に、千花は感動した。
 さっき彼に反抗的な態度を取ってしまったのは悪かったかもしれない。

「エドアルド殿下、頭をお上げください。今回のことは殿下には予測されないことだったのでしょう? わたしは殿下に怒ることなんてできません」
「しかし、それではわたしが納得しないよ。……なんだったら君を王宮で保護して、ああ、もちろん待遇も出来るだけのことをするが、どうする?」
「それはいいね、アルド兄さん!」

 嬉々としてレイナルドがエドアルドの案に賛成する。

「え……、でも悪いです」

 王宮での生活なんて堅苦しいだろうし、それにうまく溶けこむ自信もない。
 うろたえる千花に、エドアルドは諭すように言う。

「……ティカ、君にはこの世界のことを早急に知ってもらう必要がある。それには、ここにいた方が手っとり早いと思うよ。教師も揃っているしね」
「でも……、せっかくカイルの屋敷の人を紹介してもらったのに。あ、それと自転車! たまには乗らないと壊れちゃうかも」

 乗らないことで滅多に壊れはしないとは思うが、たまには整備くらいしないと。唯一元の世界から一緒に来たものだ。あれが壊れたら、ちょっとどころか、かなり寂しい。

「……自転車?」

 二人の王子が不思議そうに聞いてくる。

「わたしが召喚された時に乗っていた乗り物です。出来たら、それで街も見て回りたかったんですが」
「へえ、それどんなの?」

 レイナルドが興味深そうに言うと、カイルが屋敷に置いてあった自転車を召喚してきた。

「へえ、これが自転車か」
「かなり精巧な作りだね。どんな構造か是非調べてみたいものだが」
「壊さないでください!」

 エドアルドの言葉にぎょっとして千花は思わず叫ぶ。

「壊さないよ、大丈夫。構造を調べるだけだ」

 王子二人がどうやって乗るのか聞いてきたので、千花は簡単に説明する。

「……そうか。しかし、先程来ていた服ならともかく、これにドレスで乗るのは無理じゃないかな」
「え、わたし、ドレス着るんですか?」
「君はわたしの客人扱いにする。普段着るのももちろんドレスだ。今君が着ているようなね」
「えええ、そこまでの待遇にしていただかなくても結構ですっ」

 まさかそんなお姫様待遇なんて思っていなかった千花は、思わず飛び上がって驚いてしまう。

「駄目だよ、君は異世界から来ているというだけでも結構な重要人物なんだよ。……そうだな、週末だけでもカイルの屋敷に行けるようにしようか。君の警護にはカイルがいるから、街に下りても大丈夫だろう」
「あ、ありがとうございます」

 とりあえず、先程言った希望は聞いてもらえた千花はほっとする。城ではお姫様待遇というのがかなり気になったけれど。

「余計なことだ。ティカは俺の屋敷で面倒を見る」
「カイル、これはわたしからの命令だ。週末にティカを君の屋敷にやるのも、こちらとしてはかなりの譲歩なんだよ。言いたいことは山ほどあるだろうが、文句を言わずに素直に聞いてほしいね」

 穏やかだけれど有無を言わせないエドアルドの口調に、カイルが口をつぐむ。

「……分かった」

 やがて、不承不承というようにカイルが頷いた。
 さすがに不遜なカイルでも、王子の命令には逆らえないらしい。だったら、もう少し口調にも気を使ってほしいと他人のことながら千花は気になってしまう。

「そしたら、君の部屋を用意しなければいけないね。……セルマ、すぐ手配出来るかな」
「はい、先程使用したご婦人用の客間が空いておりますので、すぐにティカ様にいらしていただいても大丈夫でございます」
「そうか。では、ティカにはそこを使ってもらう。……ティカもそれでいいね?」

 エドアルドに一応確認されたが、すでにこれは決定事項のようだ。

「はい」

 千花が頷くと、レイナルドが嬉しそうに声をかけてくる。

「ティカ、これで毎日君に会えるね」
「はあ……」

 千花は突然の事態に少し呆然としてしまって、思わず気のない返事をしてしまった。

「週末は城にはいないがな」
「お忍びで行くから問題ないよ」

 この王子、ひょっとして街まで付いてくる気だろうか。
 千花は少し驚いてレイナルドをまじまじと見てしまう。

「警護が面倒だから、第三王子は来るな」

 カイルが冷たく言うが、レイナルドに堪えた様子はない。

「自分の身は一応自分で守る気でいるけどね。それにしても、カイルは当代一の魔術師と言われてるのに、ずいぶん自信がないんだな」

 あああああ、そんな喧嘩を売るようなことを!

 案の定むっとするカイルと、それを挑戦的に見つめるレイナルドの間で火花が散った気がして、千花ははらはらする。

「レイド、王子の君がお忍びでそんなに街に下りるのは問題だよ。程々にしないと」
「……分かったよ」

 エドアルドに宥められて、レイナルドは渋々頷いた。
 しかし、これで城とカイルの屋敷での生活を余儀なくされた千花はそっと溜息を付く。


 ……無理矢理城に滞在させることを決めさせたけど、エドアルド殿下も強硬にはカイルにわたしを家に帰せとは言わないんだな。


「ティカ、どうした? 不安かい?」

 溜息をついたのをエドアルドがめざとく見ていたらしく、千花に聞いてくる。

「いえ、わたしを家に帰してくれれば、問題は解決するのになと思っていただけです」
「ティカ」

 そう言った途端にレイナルドが悲痛そうに見てきたので、ティカは内心うろたえる。
 そんな捨てられた子犬のような目で見ないでほしい。

「俺はおまえを帰す気はないぞ」

 カイルがこう言ってくるのは想定内だった。けれど、エドアルドが次に言った言葉は薄々感じてはいたが衝撃的で、千花は瞠目する。

「……まあ、唯一異世界召喚が出来るカイルがこう言っている以上、無理だと思うね。それに君に恨まれるのを覚悟で言うが、わたしもまた君を帰したくないと思っているんだよ」
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