姫は王子様に気づかない

広瀬 晶

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 何やそれ、と僕は言った。
「そんなん俺、したことない」
 たん、と瀬戸が僕の顔の右側あたりの壁に手を着いた。
「ほんとに?」
「ほんまやって。年下美少女の知り合いなんて……」
 あ。
「いるんだ?」
 僕は慌てて首を横に振った。
「違う。いや、違わないけど違う……っ」
「どういう意味?」
「それ、たぶん」
 妹やから、と僕は端的に答えた。
 長い黒髪に華奢な手足。あれは確かに、美少女と呼んでもいいかもしれないなと思う。妹がかわいいのは当然のことなので、他人から見てどうだとか、考えたことがなかった。
 丁寧に事情を説明すると、ごめん、と瀬戸が謝った。
「……俺が学校に来たときには、既に今の噂が広まってて」
 噂に振り回された謝罪の品として、アイスまで買ってもらってしまった。室内で食べる冬のアイスはおいしい……。
「そうなんか」
 何か、分かってきた気いするなあ。
「これ食べてから、ちょっと話つけてくる」
「誰に?」
 僕はまずアイスを堪能し、その後で、窓際の一番前の席へと歩いていった。相澤、と僕は彼に言った。
「ひ、め」
「誰が、美少女とキス、やて?」
「俺はそこまで言ってないって。ただ姫が美少女と一緒に登校してたって……」
「やっぱり君が発信源やんか」
 僕より先に学校に着いてるんやから、目撃して噂にしたひとがいるとしたら、チャリ通やろうし。まあ、うん、相澤やろ。
「あれは、妹やって」
「妹!?」
 相澤の声に合わせて、周囲がわずかにざわつく。このまま一気に伝わって、誤解が綺麗さっぱり消えてなくなってくれるとありがたい。
「せやから、キスせえへんし」
 ああもう。12位、やな。ほんまに。僕がふうっと息を吐き出すと、相澤が。
「……紹介して!」
「嫌や!」
 全力で断った。本気で嫌だ。

 厄日やったわ、と自分の席に戻り瀬戸に報告する。妹は大丈夫だっただろうかと、僕は少しだけ彼女のことを思った。
「そういえば、何でさっき怒ってたんや?」
「さっき?」
「廊下で、噂の話になったとき。君、めっちゃ怖い顔してたで」
「……何でもあらへん」
 君、イントネーション完璧やな、と僕が笑い。伝染した、と瀬戸も笑う。それ以上、悪いことはもう何も起こらなかった。

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