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紳士クラブ
しおりを挟む都の中心にある円形広場から歩いて数分の場所に、紳士達が社交や遊戯、研究などを行う集会所が並んだ通りがある。
ここでは同じ趣向を持つ仲間が集まって同好会(クラブ)を作り、上質の酒や食事、葉巻などを囲んで優雅で上品な交流を楽しむというものだった。
ヴィクターが通っているのは軍時代の同僚であったセドリックの所属する『女王陛下を崇める会』というもので、元軍人や現役軍人などが集まった同好会であった。
参加資格は軍務経験があるという事で、入会費は一ヶ月につき三十ポンド。入るには他にも条件があるらしいが、ヴィクターは詳しく知らなかった。
建物の中には使用人が居て、食事や酒の世話をしてくれる。飲食費は会費に含まれているので、食べ放題・飲み放題という訳だ。
大抵のクラブハウスには図書館や遊戯室などがあり、会話を楽しむ以外の過ごし方も可能としている。
同好会を作って交流をしているのは、雅やかな紳士達と言われているが、クラブハウスの中では過去の栄光を自慢したり、酒を浴びるように飲んだり、女性には聞かせることの出来ない話をしていたりと、世間に見せられるようなものでは無かった。
現在の代表であるセドリックは、この場所は常におすまし顔をしなければならない哀れな男達が面目を気にせずに馬鹿騒ぎが許される空間と説明している。
だが、酒を飲んで馬鹿騒ぎをしたり、煙草を吸いながら会話を楽しんだりという事を望んでいないヴィクターにとってはつまらない場所だった。
確かに有益な情報を得ることが出来る日もあるが、残念なことに有意義な時間を過ごせるのは毎回では無い。
本日も『女王陛下を崇める会』のクラブハウスに向かっていたが、足取りは酷く重たいものとなっている。
ふと、途中にある同好会の紹介所なる看板が出ている建物が目に入った。
出入り口の扉には『あなたの望む同好会を紹介致します!』という文字が書いてあり、ここは斡旋所のようなものかと推測をする。
この時既に所属するクラブに行くのを億劫に思っていた為、どこか別の同好会を紹介して貰おうと思い至り、さっそく中へと入った。
◇◇◇
紳士達の同好会紹介所なる場所は酒場のような雰囲気のある室内であった。
そこには執事のような格好をした初老の男が笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ、旦那様。さあさ、こちらへ」
カウンター席を勧められ、ヴィクターは出入り口に居た者に上着と帽子、杖を預けてから腰を掛ける。
酒場の店主のような姿の男から手渡されたのは、酒や煙草などの銘柄が記されたメニュー表だった。長居するつもりは無かったので、その場で断る。
「ここは同好会の斡旋所で間違いないか?」
「ええ。お一人、お一人に合った交流の場を紹介しています。旦那様は現在どこかに所属されていますでしょうか?」
ヴィクターは『女王陛下を崇める会』の会員証を取り出して見せた。
斡旋所の男は眼鏡を取り出してから、会員証を手に取って眺めている。
「旦那様であればほとんどの同好会の参加資格があるでしょう」
同好会へ入るには公表していない条件というものがあると男は語る。
「詳細は語れませんが、ほとんどの同好会の入会資格にあるものは家柄や年収、年齢などですね。旦那様の所属している『女王陛下を崇める会』は五十年前からあるもので、伝統と格式高い家柄、軍に所属している・またはしていたという実績、領地を持っているなどの条件があります。数ある中でも入るのが難しいとされている同好会の一つですね」
「……」
そういう風に聞けば素晴らしい紳士達の集まりにも聞こえるが、クラブハウスの中に居るのは酔っ払いと猥談に花を咲かせる変態ばかりだ。
ヴィクターはなにか良い同好会がないか紹介して欲しいと言う。
「畏まりました」
男は背後にあった棚の中から分厚い本を取り出して、頁を捲っている。
「『草原を駆け抜ける会』はいかがでしょうか?乗馬を愛する旦那様の集まりで、月に一度は遠乗りに出掛けるそうです」
完全に脱・引き篭もり出来ていないヴィクターは首を振った。
それに家に居るのは馬車を引く馬ばかりで、乗馬を楽しむという趣向は残念ながら持ち合わせていなかった。
「では、『カナリアを愛する会』は?」
都で人気の歌手を囲い、食事などを楽しむ会は最近の中では一番人気の同好会だと男は話す。
しかしながら、ヴィクターが頷くことは無かった。
「もっと、静かに過ごせる同好会はないのか?」
「そうですねえ」
こうなったら空いているクラブハウスを買い取って自分で同好会を作ろうかとも考えた。
家に居るのと変わらないが、母親からお小言を受けなくてもいいという空間は魅力的でもある。
『部屋の中で大人しくしている会』
部屋の中は私語厳禁。相手と目を合わせるのも禁止。入会資格は日頃から誰とも会いたくない紳士限定。
ここまで考えて、馬鹿馬鹿しいとため息を吐く。
そんな風に思考に耽っている間に、男は静かに過ごせる同好会を探し当てたようだった。
「ありましたよ、旦那様!『麗しの百合乙女を眺める会』です」
「?」
「活動内容ですが、室内に裸体像を持ち込み、無言で眺めるというものです。中では私語厳禁、相手を気にする行為も禁じられております。会員達はマスクを被る義務があり、誰が所属しているかも分からないようになっております。どうしても意思の疎通が必要な場合は筆談を行うようです」
「……」
奇しくも、ヴィクターの考えていた『部屋の中で大人しくしている会』と紹介のあった『麗しの百合乙女を眺める会』は活動規定がよく似ていた。
人見知りをするヴィクターにはぴったりの同好会であったが、裸の女性像を眺めるだけというすば抜けた変態性の高さから入会を遠慮していた。
「なかなか旦那様の求める条件は厳しいように思えますねえ」
「……」
もう諦めて帰ろうかとしていたら、最後ですからとある同好会を勧められた。
「『壁の染みを数える会』というものがありまして」
「……」
「名前の通り、壁の染みを数えるだけの会、です」
「いや、それは、あまりにも……」
「会員は代表一人だけで、その方も滅多にクラブハウスには訪れないのでゆっくりと寛げるのではありませんか?」
更にヴィクターにだけ特別にと提供された情報には、『壁の染みを数える会』は通りの中で一番大きなクラブハウスを所有し、活動中は使用人も誰も居ないという静かな空間だと教えてくれた。
「ちょうどですね、本日は代表が来ているようなので、よろしかったら今からでも紹介を致しますが」
「そう、だな」
名前が怪しい同好会ではあったが、ほとんど無人という所に魅力を感じて紹介を受けることにした。
◇◇◇
案内をされたのは、五階建ての大きなクラブハウスだった。
扉は開いており、階段を上がって代表の元へと向かう。
「先ほど代表に連絡をしまして、旦那様のことは大歓迎だと仰っていましたよ」
「……」
『壁の染みを数える会』の代表が歓迎していると聞き、ヴィクターは警戒心を強める。
名前からして変な同好会だ。その代表とやらも変人だと決め付けていた。
斡旋所の男は二階の部屋まで案内し、ヴィクターに扉を開けるようにと手で示した。
二回、戸口を叩くが返事が無かったので勝手に開く。
そこに居たのは――。
「歓迎する!!ヴィクター・アヴァロン・ガーディ」
ヴィクターはびっくりして、発言の途中ではあったが扉を急いで閉めた。
ドクドクと鼓動を打っている心臓を押さえつつ、斡旋所の男に助けを求める。
「すまない。別の同好会を紹介してく」
「何をしている。さっさと中へ」
「!!」
閉ざされた扉が開き、ヴィクターは部屋の中へ引きずり込まれてしまった。
「……」
室内は染み一つ無い、金の蔦模様という絢爛豪華な壁紙の貼られた部屋であった。
絨毯の色は赤く、ふかふかとしている高級品だ。
そして、革張りの真っ赤な一人掛けの椅子に踏ん反り返って座るのは、偶然にもヴィクターの数少ないお友達であった。
「どうした。座れ」
「……」
『壁の染みを数える会』代表の隣にも同じような革張りの椅子が置いてあったが、先日革手袋で手の甲が荒れてしまって以来、革製品に恐怖を覚えるようになったヴィクターは無言で部屋の中に立ち尽くしている。
「お前は、どうしてここに居る?」
「暇潰し。ただの」
「……」
「……」
ヴィクターの目の前に居るのは、金色の髪を結ばないで流した状態で居る絶世の美女。しかも男装、というこの場にそぐわない存在だ。
『壁の染みを数える会』代表、アン・ウイズリー侯爵令嬢。
彼女は都の中で紳士達の嗜みを行っている唯一の女性であった。
「一体、『壁の染みを数える会』とはどういう意味なのか」
「変な名前にしていれば、誰も入らないと、思った」
「……」
「……」
ヴィクターは小さな声で「どうしてこうなった」と呟く。
「似ている者同士、引かれ合う。不思議」
「……」
「『類は友を呼ぶ』これ、異国の言葉」
「そのようだな」
ついにヴィクターも己の特異性を認めた。
「ヴィクター・アヴァロン・ガーディガン、何故、座らない?」
「……」
「動物愛護か?」
「まあ、そんな所だ」
愛護(意味:良さを損なわずに保護する事)するのは自分自身であるが、アンには黙っていた。
それから他愛も無い会話をする。
明日からの避暑旅行のことを話せば、アンは自分も行きたかったと残念そうに呟く。
「仕事なければ、行った。残念、とても」
「そういえば、お前は普段何をしている?」
「女王陛下、傍付き」
「!?」
アンは女王陛下の護衛兼世話役をしているという衝撃の事実が明らかになった。
それならば今まで嫁の貰い手が付かなかったのも性格以外に理由があったのだと納得するヴィクターである。
「聞いた。今度、ヴィクター・アヴァロン・ガーディガンの母君も来ると」
「ああ、そうだったな」
女王陛下の世話役は貴族の婦人が期間限定で呼ばれる。
ヴィクターの母も夏季の一ヶ月間仕えることが決まっていた。そんな事情があってコーデリアは避暑旅行に行かないと言っていたのである。
「心配は、しなくてもいい」
「?」
「お前の母も、特別に、目を掛けてやるから」
「やめておけ」
母親には構うなという制止にアンはゆったりとした動作で首を傾げる。
ヴィクターは窓の外にある薄曇の空を眺め、目を細めた。
「何故?」
「母はアーチボルト家の者だ」
「!?」
「ラザレスの父親と気質はよく似ている」
「そ、そんな!!」
アンは婚約者であるラザレスの両親、特に父親を苦手としていた。腹の中が良く見えないからだと語る。
「母も、何を考えているのか良く分からない」
「こ、怖い!!」
アンは明日からの出勤が憂鬱になったと愚痴を漏らす。
そんな珍しくか弱い反応を見せるアンを心配していた。
しかしながら、母という名の人災なのでどうしようもないとヴィクターは考える。心の中で手と手を合わせて祈りを捧げることしか出来なかった。
◇◇◇
そんな感じで、『壁の染みを数える会』の第一回目の活動は、特になにかをする訳もなく、なんとなく時間が過ぎていき、結果的には無駄な一日だったとヴィクターは思ってしまった。
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