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水の国『メルクーア』〜水が創り出す魔物の大海〜
第124話
しおりを挟む2人の間に沈黙が訪れる。
「……レインさんに何かご用ですか?」
阿頼耶が問いかける。緊急であれば起こす必要がある。何かあればそうしてくれと命令されている。
「いえ……少し心配になりまして……。レインさんのおかげで海岸の戦線を維持できています。
もしこの場にいなければ我々はモンスターの周囲を囲まれ殲滅されていたでしょう。今この時も死者が誰もいないのは奇跡に近い事です」
「そうでしょうね。……ただあまりこの御方1人に全てを任せきりにならないようにして下さい。確かにレインさんは複数の敵を同時に相手できる事が出来ますが、永遠ではありません。あの駒を召喚している間はずっと消耗し続けます。
もしレインさんの駒だけで対応できない敵が出現した時にレインさんの魔力が枯渇していると全滅します」
阿頼耶は少し強く発言する。阿頼耶にとって最も守るべきは主人であるレインだ。
今はここで負傷者を回復させるように命令を受けているから従っているだけだ。
本来であれば常にレインの側にいて戦い続けたいと思っていた。
阿頼耶はニーナに対して好意的ではない。それはニーナがレインへ向ける気持ちも理由の1つではある。
しかしそれを決定づけたのはこのダンジョンでのレインの使い方だった。
援護の為の人員も配置せず、広がり
続ける島の全域を守らせている。それも半日以上ずっとだ。
レインは少し無茶だと言われるような依頼でも、依頼主が自分に敵意を向けていないなら決して断らない。自分がどれだけ疲労し、苦しんでいたとしてもそれを外に漏らさない。
エリスを守る為に自然に身に付いてしまった事だ。
それに気付いている阿頼耶はニーナの采配に納得がいっていなかった。
「分かっています。ですが……レインさんの力に頼らなくては……」
「っつ!……それを何とかするのがッ」
ズドォンッ!!――このダンジョンに入って1番大きな爆発と振動が起きた。このダンジョンを攻略する為に集められた覚醒者にあれほどの爆発を起こせる者はいない。
「なんだ!」
その爆発の音を聞いたレインも飛び起きた。阿頼耶によって音を遮断されてはいても振動すれば分かるし、何より魔力を削られた。
「レインさん」
「レインさん!」
レインは阿頼耶の他にニーナも来ていた事に気付いた。
「何があったんですか?」
そしてすぐに状況を確認する。
「わ、分かりません。とにかく前線を確認しないと」
ニーナが指揮所を飛び出そうとした時だった。気配から察してはいたが覚醒者が1人飛び込んできた。それこそ扉を破壊するくらいの勢いで。
この焦りようから何があったのかは理解できた。レインの本当に短い休憩は終わりを告げた。
「報告!!きょ、巨人です!鎧を纏い、剣と盾で武装した巨人が5体!海の向こうから歩いて接近中です!」
「…………分かった。俺が行くよ」
レインは立ち上がり剣を召喚した。20分ほど寝た。それだけでもかなり休めたと思う。これ以上欲は言えない。
"早く行かないと死人が出る。巨人なら新しい兵士としても使える。こっちの兵士が強くなると俺も楽になる"
指揮所を出ようとしたレインの前に阿頼耶が立つ。
「阿頼耶……そこを退いてくれ」
「レインさん……私のわがままをお許しください。レインさんの側で戦わせてください。
負傷者に関してはポーションで何とかなります。レインさんのおかげで充分な数もあります。私も前線で戦えます!」
「………………阿頼耶」
レインは阿頼耶の横にいるニーナに視線を送る。ニーナはそれに気付き軽く頷いた。つまりOKって事だろう。
「分かった。俺の背中を守ってくれ」
レインが少し微笑み承諾する。その言葉に阿頼耶の表情は一気に華やいだ。しかしすぐにいつもの真面目な表情に戻る。
「はい!お任せ下さい!」
レインは阿頼耶を連れて指揮所を出た。ニーナは休息のためにここに残るとの事だ。レインは阿頼耶がついてこられる速度でその方向へ向かう。ただここからでも見えてはいた。
◇◇◇
「くっそぉー!!お兄ちゃん!アイツ知能があるよ!ムカつくなぁ!!」
「オルガ落ち着け!ジェイ!こっちに誘導できるか?」
「無理だ!デカすぎる!何より足元の雑魚が邪魔で近付けない!」
ここはレインが戦っていた区画のちょうど反対側。レダスとオルガは2人で〈氷結領域〉を広範囲に展開していた。
その範囲はレインが個人で担当していた区画よりも広かった。
オルガの無から氷を創り出す〈凍結〉とレダスが使う気温を下げる〈氷雪〉に温度が低い場所に自在に氷を生み出し操る事が出来るスキルを組み合わせてレインと手合わせした時よりも早く広い範囲で領域を作成している。
その中に入ったモンスターは全身を芯まで氷漬けにされてバラバラになるか、凍った砂浜から突然出現する氷の槍に貫かれて死んでいく。
しかし〈氷結領域〉の外にいるモンスターには対応が出来ない、もしくは遅れてしまう。だから防御系のスキルを持つジェイがモンスターを誘き寄せていた。
他にも氷結系のスキルを持つ覚醒者たちが〈氷結領域〉を広げる為に援護を続けている。その範囲は島の外周の3分の1に到達しようとしていた。
しかし上陸しようと接近している武装し、騎士のような見た目をしている巨人たちは明らかにその領域を回避する動きを見せた。
攻撃魔法による遠距離から攻撃も盾で防ぎ、ジェイの誘導にも引っかからない。
〈氷結領域〉はレダスとオルガがいないと機能しない。だから2人が巨人の前まで移動する事が出来ない。
知能が乏しく、動きも遅い普通の巨人ならAランク覚醒者たちでも対処可能だが、知能を持ち、武装し、連携する巨人を相手にするには人数が足りなかった。
「ジェイ!何とかしろ!上陸されると一気に中央まで突破されるぞ!」
レダスたちの周辺には傀儡たちを配置していなかった。それはレダスたちが展開した〈氷結領域〉に巻き添えになるからだった。
万が一突破された時のために少し離れた後方に剣士を複数配置してあるだけだった。
「無理だ!俺の力じゃ鎧にすら傷も付かない!それどころか近付いただけで両断される!あんなのに対抗できるのはッ!」
ジェイはある者の名前を呼ぼうとする。しかしその前にレダスが叫んで止めた。
「止めろ!レインにばかり頼るな!レインとレインのスキルにどれだけ助けられたんだ!アイツだって限界のはずだ!巨人5体くらい!メルクーアの覚醒者で何とかしろ!!」
レダスは声を荒げる。レダスは理解していた。レインの負担が増え続け、レインが潰れてしまうという事は、このダンジョンに来た覚醒者たちの全滅を意味するという事を。
しかしメルクーアの覚醒者たちが扱えるスキルとこのダンジョンの相性が悪かった。Sランク覚醒者のジェイだけではどうする事も出来なかった。
上陸しようと行動する時が最もモンスターが無防備になるという考えで、海岸に到達させる前に遠距離魔法で押し留めるという作戦だった。しかし間も無く上陸される。
メルクーアの覚醒者たちはイグニス側に救援を要請しようと持ち場を離れようとした時だった。
ゴキャッ――先頭を歩く1体の巨人の頭が兜ごと鈍い音を響かせて凹んだ。その巨人はその場で力が抜けたように倒れ込んだ。
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