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水の国『メルクーア』〜水が創り出す魔物の大海〜

第123話

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◇◇◇


――『傀儡の兵士 中級海魔』を26体獲得しました――


 持ち場に戻ってからさらに数時間は経過しただろうか。魔力は減ってはいるがレインも参戦している為、減り幅は少なくなった。
 

 そして中級海魔を倒すと即座に傀儡にし戦列へ並べた。時間が経てば経つほどレインの傀儡は強くなっていく。


 アルティとの修業で10年を費やした経験があるレインにとってこのダンジョンはあそこと変わらない認識だった。
 

 しかし他の覚醒者立場違うみたいだ。まず陽が落ちず、ずっと昼間のような天気が体力の回復を阻害しているようだ。明る過ぎてちゃんと眠れないんだろう。
 

 今どれだけここにいて、いつ終わるのか全く分からない現状に精神が疲弊していく。

 休憩の為に後ろに下がった覚醒者が戻ってくるまでの間隔が少しずつ長くなる。

 既にレインの担当は島の外周全域に達していた。他の覚醒者がサボっている訳ではない。島の面積が拡大した事により防衛する陣地が広くなった。最初と比べても2倍近くなっていると思う。
 

 そのせいで覚醒者たちだけではカバーしきれない区域が出てくる。その穴埋めと覚醒者たちの交代要員として傀儡を送り出している為、全域に傀儡を配置している状況だ。


 さらに厄介なのがモンスターの割合だ。赤い海魔が出現した時と比べても増えている。それも圧倒的に。既にただの黒い布の海魔の姿はまばらになり赤い海魔がほとんどだ。


 レインの傀儡は3体で一組みのチームを作って数で確実に1体を倒すように命令した。可能な限り傀儡が破壊されるのを防ぐためだ。
 

 倒した赤い海魔は片っ端から傀儡に加えていく。そうでもしないと戦線を維持できない。

 既に上位剣士だけでは歯が立たなくなっている。騎士や鬼平がチームを組んでようやく対抗できるレベルだ。


 さっき倒した赤い海魔で合計160体くらいを追加している。それでも足りない。敵と同じ強さの傀儡を突入させても削り合うだけで良い結果とはならない。


「……すぅー……ふッ!!」


 レインは少し跳躍し黒い水の中に入る。モンスターはそれに合わせて一斉にレインを取り囲み攻撃しようとする。
 
 レインは〈支配〉を使って武器を遠隔で操る。まだ手から少し離れる程度+4本くらいにしか扱えない+動きながらは出来ない。それでも2本の腕しかない人間と比べると倍だ。
 

 4本の刀剣がレインの周囲を高速で旋回する。レインを攻撃しようとしていたモンスターは全て細切れになった。新たに中級海魔が38体傀儡となった。


 
◇◇◇
 


「レイン様!交代です!」


 あれからさらに数時間が経過した。赤い海魔が出現してからここまでレインはぶっ通しで戦闘をしていた。既に中級海魔の数は300体近くにまでなっていた。


 本当はもっと多くを倒しているが、新たに傀儡にした兵士は新たな命令を与えないと動けない。
 

 モンスターは強くはないがAランク覚醒者くらいの速度とパワーで攻撃してくる。傀儡にしても一回一回指示を出さないと動けないから傀儡にしない選択もしている。


 しかしモンスターは倒した数秒後には水になって消えてしまう。そうするとモンスターという扱いではなくなるため、〈傀儡〉が発動しない。だがそれでもレインにとっては大きな問題ではなかった。


 レインにも疲れが出始めた頃、ようやくAランク覚醒者の集団――おそらく15名ほどが到着した。


 レインは覚醒者に気付くと周囲に群がるモンスターを大剣で薙ぎ払う。そして跳躍して覚醒者たちと合流する。


「レイン様……お疲れ様です。レイン様のおかげで……」


「あーそういうのは大丈夫だから。あと様付けも要らない。それで?君たちがここを担当してくれるのか?」


 感謝してくれるのは良いが今は心底どうでもいい。島の面積は広くなり続けておりレインは全域に傀儡を放つだけでなく防衛陣地を突破された際の保険として浜辺から中央までの各地点に傀儡を配置している。


 レイン以外の命令を聞く事ができないから仕方ないとはいえ負担が大き過ぎた。


「はい……少しの間になりますが……レインさ…レインさんに全てを任せきりには出来ません。
 すぐにSランクの方も到着すると思いますのでレインさんは中央指揮所で休んで下さい」


「……分かった。じゃあ頼む」


 レインはようやく休憩にありつけた。その時間を少しでも長くするためにかなりの速度で中央へ向かった。ここに来たばかりの時は数秒で到着したが、今は数分かかる。
 

「……………………」
 

 レインは何も言わずに指揮所の扉を開けた。


「レインさん!」


 常にここでロージアやアミスと共に回復と支援に徹していた阿頼耶が走ってくる。


「阿頼耶か」


「ご無事ですか?回復は必要ですか?」


 阿頼耶の回復スキルで治るのは怪我のみ。疲労にも多少は効果があるが、完全には解消できない。


「大丈夫だ。怪我もしてない。……ただ少し疲れた」


「無理もありません。既にこのダンジョンに入って戦闘が開始されてから3日が経過しております」


「…………3日か」


 レインの中ではそこまで経過していないと思っていた。傀儡を増やし、配置し、自分自身も戦いながら全ての区域の覚醒者たちを守り、その魔力を削っていった。

 レインは指揮所の端にあるソファーに腰掛けた。かなり久しぶりに座った気がする。阿頼耶もレインを心配そうに見つめながら横に座った。


「ご主人様」


「レインだよ。どうしたんだ?」


「……申し訳ありません。今はそう呼ばせてください。ご主人様……少し眠って下さい。
 ご主人様の傀儡はご主人様がお眠りになっている間も戦えます。その間は私がご主人様を守ります。だから……どうか……」


「…………じゃあそうさせてもらうよ」


 確かにアルティと修業した時よりも遥かに疲労が蓄積されている。その理由は分からない。

 魔力は削られているが7割は残っている。強化のスキルも使っているのに身体が重く感じる。こんな事は今まで無かった。

 
「ご主人様……こちらへ」


 阿頼耶はレインの肩に触れ力を込めて引き寄せた。少し力が抜けていたレインはそのまま阿頼耶の膝に頭を乗せる。


 頭に伝わる柔らかな感触と温度。横になった事で物凄い眠気に襲われた。


「……何かあったら起こしてくれ」


「かしこまりました。おやすみなさい」


 その言葉を最後にレインは眠りについた。

 
◇◇◇

 
 外では戦闘の音が響き続ける。自身が最も慕う相手は自分の膝の上で寝息を立てている。

 阿頼耶は少しでも自分の主人が休めるように自身の身体を少し変化させて両耳を包んでいた。これにより周囲の音をほぼ遮断できる。


 明るい光で睡眠を邪魔されないように片手で目を覆い、安心できるようにもう片方の手で頭を優しく撫でる。
 寒さを感じないように自分が身につけていた黒いコートを布団代わりに掛ける。

 この世界で最も愛しい御方。いつもより酷く疲れている。本人はその理由が分かっていないようだ。

 無理もない。これまで家族の……エリスさんの為だけに全力だった。それが今や無事に完治した。

 つまり常に全力で守り続ける対象から外れた。ずっと背負い続けていた巨大な重荷を降ろしたんだ。
 

 目的なくして人間は行動し続ける事は出来ない。それに加えて60人の覚醒者たちを常に守りながら傀儡を動かし戦闘を続けている。

 これまでに経験していない戦い方だ。1人で戦うよりもずっと神経をすり減らす。


「レインさん……いますか?」


 ニーナが部屋に入ってきた。すかさず阿頼耶は人差し指を自分の口に当てる。


「しー……静かにして下さい」


「……アラヤさん?レインさんはどうしたんですか?」


「お休みになってます。このように大勢を守りながらの戦いは本人が思うより消耗します。レインさんは気付いていないみたいですが。……今は少し休ませてあげて下さい」


「そう……ですか」


 ニーナも阿頼耶たちが座るソファーの前にある椅子に腰掛けた。


 
 
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