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治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜

第88話

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 懐かしい音が聞こえる。レインは自分の視界に映り込む物を見た。


――制限解放条件の一つ『感情』をクリアしました。これにより一部制限が解除されます――


――制限解除に伴い職業クラス魔将イビルロード』を獲得しました。身体能力が大幅に向上します。魔力保有量が大幅に向上します。消費した魔力を完全回復します――

――職業クラスの解放を確認しました。これに伴い以下のスキルを永続的に獲得しました――

――1つ、〈支配の呪言〉対象の魔力総量が自身よりも大幅に下回る場合、一定時間対象を支配下に置くことが可能となります。支配下に置ける時間は魔力総量の差に比例します――

――2つ、〈真・魔色視〉より鮮明に、より深く、魔力の色を感知します――

――3つ、〈魔将の領域〉一定範囲内にいる傀儡の兵士の全能力を向上させます。ただし発動時間と強化した傀儡の兵士の数に応じて魔力が常に減少していきます――


「ああ……力が漲ってくる」


 レインを中心に黒い魔力が溢れ出した。制御してもし切れない膨大な量だ。魔力量だけでいえば数倍にもなっているだろう。

 レインから溢れ出した魔力は闘技場の床を埋め尽くした。他の観客には分からない。それでも有り余る魔力は留まる事を知らず、床を埋め尽くした後は、そのまま空へと立ち上り始めた。


 レインから溢れ出る魔力で周囲は暗闇に包まれる。しかしそれを理解している人間はいないだろう。魔力を色で捉えられるのはレインだけだから。


「何を惚けているのです?諦めたなら降参なさい?」

「……………………」

「はあ……力の差に絶望して頭がおかしくなったのかしら?審判も止める様子がありませんし……仕方ありません。天使たちよ、攻撃なさい」

 カトレアの指示を受けた3体の主天使ドミニオンが武器をレインに向けて魔法を放つ準備をする。カトレアの頭上にいる熾天使セラフィムは待機している。

 3体の天使が武器の前に魔法陣を展開した時だった。

「……動くな」

「…………っつ!」

 レインの発した言葉に主天使ドミニオンたちは硬直した。熾天使セラフィムに変化はない。

 ただカトレアには天使たちとは違った影響が出ていた。〈支配の呪言〉の影響下には入らなかったが、頭の中で何かが弾けたような衝撃を受けていた。


 支配下に入らなくてもレインの声が聞こえていれば対象を不快にさせるくらいの事は出来るようだ。


「…………あなた、何をしましたの?」


「………………お前に答える必要はない。お前はもう喋るな」


「…………っつぅ…貴方こそ!その不快な声をやめなさい!!」


 カトレアは主天使ドミニオンに手で命令を出す。しかしその天使たちは動かない。


「な、何が……」


「天使に命ずる。カトレアを攻撃しろ」


 レインの言葉を受けた天使たちは振り返りカトレアに武器を向けた。その光景に動揺したカトレアの動きが止まる。そこにすかさず天使たちがそれぞれ炎、雷、氷の攻撃魔法を放った。


「……くッ!〈水晶壁クリスタルウォール〉!」

 カトレアは水晶で出来た要塞の上に重ねるように壁を作り出した。天使たちが放った魔法はその壁で相殺される。しかし水晶の壁も砕け散った。


「攻撃を続けろ」


 天使たちは再度魔法陣を作り出し攻撃しようとする。しかしそれを何度も許すカトレアではない。


「いい加減に!……召喚解除!」


 カトレアは手を払うように動かして主天使ドミニオンたちを消そうとする。
 しかし天使は武器を構えたまま魔法陣を完成させ今度は炎の渦を3つ作り出しカトレアへ放った。


「…………一体何が…熾天使セラフィム!迎撃なさい!」


 今度は熾天使セラフィムに命令をする。最高位の天使にレインのスキルは効いていなかった。
 熾天使セラフィムは右手を肩の高さまで上げ、拳を握る動きをする。

 その直後に空から3つの青白い光の柱が降り注いだ。それらは3体の天使を包み、そのまま光の塵へと変えてしまった。主天使ドミニオンが消えたことでカトレアに放った炎の渦も当然消えてしまう。

「まさか……あなたのスキルの本質は……召喚した駒の主導権を奪うというものなの?!……そんな事が可能な覚醒者がいるなんて」


 カトレアが勝手にレインのスキルを予想し始めた。それならそれで好都合だ。鬱陶しい天使をこれ以上召喚されずに済む。何があったのかは分からない。多分、あの時、あと場所でアルティが何かしたんだろう。
 
 アルティの事は信頼している。あの3つの鍵は何なのか、あの大きな箱は何なのか、別にどうでもいい。
 

 多分、強すぎるアルティの力にレインの身体が破壊されないような制限を掛けたんだろう。
 それを言うとレインはエリスのため、無理矢理にでも外そうとしてしまうだろう。レインに本人もそう思っていた。


 だから制限がある事を言わなかったんだと思う。それでも別にいい。アルティに生かされ、与えられた力だ。持ち主がそう判断したのならそれに従うまで。


「…………傀儡召喚、続けて〈魔将の領域〉発動」

 レインの魔力で満たされた闘技場内にさらに濃く深い漆黒の空間が広がる。そして這い出るように地面から出現する大量の傀儡たち。

 傀儡1体1体が少し強くなっている。鎧の先から覗く瞳が赤く発光している。


 "すごいな。そんなに強くなってないけど魔力が明らかに分かるくらいゴリゴリ削られる。これは短期決戦用だな"
 

 レインは動く。剣をゆっくり振って指示を出す。
 

「あいつを斬り殺せ」

「うおおおおおおお!!」

 先頭に召喚したヴァルゼルの咆哮が再戦の合図だ。召喚した剣士、鬼兵、騎士たちも剣を掲げて突撃する。


「…………まるで形勢逆転とでも言いたげですね」


 ズドォン!――熾天使セラフィムが繰り出す風と氷の刃の嵐によって傀儡たちは細切れにされた。レインの前には盾を構えた騎士が並んでいたから無事だった。

 "やっぱりあの天使を何とかしないとダメだ。傀儡が少し強くなった所であの天使には遠く及ばない"

 レインは考えた。勝つ手段はある。でも使い所がなかった。

 ヴァルゼルを倒した時に得たもう一つのスキル。これこそがレインの中では切り札だった。ただレインにとって苦戦する相手がなかなかいない為使えていなかった。

 カトレアに狙い定めたレインの視界を騎士の盾が遮る。その直後に騎士は盾ごと吹き飛んだ。しかしすぐにレインを守るように復活する。

 レインの周囲には十数体の騎士が守りを固めている。そして前方にはヴァルゼル率いる剣士と鬼兵と騎士が水晶の要塞へ向けて攻撃していた。


 それらをあの天使が複数の魔法で蹴散らしている。今レインを狙った攻撃もあの天使によるものだった。
 

「…………先にアイツか」


 レインは気付いていた。あの天使が召喚されてからカトレアは攻撃魔法を使っていない。4体の天使の時は使っていた。
 だが、アイツが出てきてからは防御魔法を使っただけだ。
 つまりその熾天使セラフィムを召喚している間は自分は攻撃魔法を使えないんじゃないのか?だからそんな要塞で自分の身を守っているんじゃないのか?

 そうであれば勝つためには天使の攻撃を掻い潜り、カトレアに接近する必要がある。それを難しくさせているのがあの天使が放つ攻撃魔法の速度だ。


 何種類もの属性魔法を連続で放ち続けている。そして時折、レインにも魔法を飛ばしてくる。その威力は騎士を一撃で吹き飛ばせる。


 "天使を避けてカトレアに近付く……出来ない事はないけど……やっぱり天使が邪魔だな"


「アイツを消して……そのままアイツを殺る」

 レインは覚悟を決めた。次に天使が大きい魔法を使った時が勝負だ。その魔法を使わせる為にヴァルゼルに命令を出す。

 "ヴァルゼル……傀儡を踏み台にして女を狙え。天使の攻撃を引き出せ。次で終わらせる"


 未だ水晶の要塞を砕いたり、登ろうして天使の魔法にやられるを繰り返している傀儡たちの動きが止まった。そして盾を剣士が土台となってヴァルゼルは大きく跳躍する。


 他の身体能力に優れる鬼兵たちも同じような行動をとった。その対処のために天使は身体の向きを変えて跳躍した傀儡たちに両手で魔法を放った。
 

 水晶の要塞を傷付けないよう壁に沿って雷撃と炎の攻撃魔法を放つ。そしてこの瞬間、レインに対する警戒は限りなくゼロになった。


「ここだ。…………スキル〈限界突破〉」

 

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