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「赤ワインとチーズのトリアージュ」#09「印鑰童子(いんやくどうじ)とグレゴール」

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宮内立夏とその子どもは留守のようだった。
平日の昼過ぎだし、子どもは学校にでも行っているのだろう。
彼女もおそらくは仕事だろう。どこかの葬式で、見ず知らずの赤の他人の死を笑っているか、昼過ぎという時間帯を考えれば、すでに仕事を終えて帰路についている頃かもしれない。
男といる可能性もゼロではなかったが、子どもが帰宅する頃には帰ってくるのだろう。

彼女のマンションはオートロックだったが、僕たちにはそんなものは関係なかった。安寿のMギフトがあるからだ。
鳥井安寿のMギフトは「印鑰童子
(いんやくどうじ)」。別名はオートアンロック。オートロックではなく、オートアンロックだ。
あらゆる鍵を無効化するギフトだった。
鍵の形をしたものはもちろん、カードキーや暗証番号さえも無効化するため、他人のスマホのロック画面の解除や、キャッシュカードやクレジットカードも使用可能になるだけでなく、使用限度額というロックも突破できる。
コンビニなどで売られている、レジを通さなければ使用できないようになっているiTunesカードやAmazonギフトカードも、ラベルを擦って16桁の英数字を見る必要すらなく、その場で使用可能だ。レジとラベルの二重のロックも彼の前では無意味だった。
彼のスマホはいつもWi-Fiに繋がっていた。フリーWi-Fiがないような場所でも、近隣の家や会社のWi-Fiを、パスワードの入力を必要とせずに繋げることができたからだ。
僕が医療少年院という名のトリエイジャー育成機関を卒業してすぐ、マイナンバーカードを専用のアプリでマイナ保険証にしようとしたとき、暗証番号を忘れ三回間違えてしまったことがあった。カード自体にロックがかかってしまったが、そのときも彼がギフトでなんとかしてくれた。
その気になれば、世界各国の首脳クラスしか知らない核兵器の暗証番号さえも彼の前では無意味になる。
そういった意味では、彼は世界最強クラス、人殺しの才能どころではない、核戦争さえ引き起こすレベルのMギフトの持ち主だった。

宮内立夏とその娘の部屋に、僕たちは表から堂々と侵入した。
そこからは、真理亜の出番だ。
真理亜のMギフトは「グレゴール」。別名はDNAリーダー。
遺伝学の祖、グレゴール・ヨハン・メンデルから取られたそのギフトを彼女が使えば、毛髪や皮膚片などを手に取るだけで、彼女はDNAの塩基配列を見ることができる。その膨大なデータを検索することも可能で、犯罪因子の有無を調べることが出来た。

「この短い茶髪の毛は20代半ば
の女性だから、宮内立夏本人だね。
こっちの長い黒髪は、10歳前後の女の子だから娘の千冬ちゃん。99.9999パーセント親子だね」
「犯罪因子はやっぱりあるのか?」
「うん。あるよ。ふたりとも」
「どうしても、処分しなきゃ駄目か?」
「駄目だよ。この親子は今はまだ犯罪を犯してないだけ。犯罪因子を持つ人間はいつか必ず犯罪を犯すから。軽微な犯罪か、重大犯罪かはわからないけど」

誰かが犠牲になってから動くのでは、警察や法律の改正と変わらない。
未然に防ぐためには、犯罪を犯す可能性がある遺伝子を持つ者を、片っ端から処分する以外に方法はなかった。
それが極論であることは、真理亜も僕もわかっていた。
用済みになれば、国が僕たちを処分するだろうということも。

僕たちは、宮内立夏とその娘の千冬が帰宅するのを、彼女たちの部屋のリビングで待つことにした。
小一時間ほど待っていると、玄関のドアが開く音がして、楽しげに会話をする宮内親子が入ってきた。

そこからは、僕の出番だった。

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