上 下
94 / 123

「赤ワインとチーズのトリアージュ」#03

しおりを挟む
その家族が何故僕たちに処理されることになったかと言えば、今年75歳になる、認知症がかなり進んだこの家の世帯主の女が、つい先日誤って高速道路に入ってしまい、逆走して何人もの死傷者を出した上、当の本人はかすり傷程度で済んでいたからだった。
どうしても車の免許を手放したくないという理由から、家族総出で1ヶ月前から認知機能検査の対策に望み、見事合格、「認知症のおそれなし」というお墨付きをもらったが、高齢者講習が行われる日、自動車学校に向かう途中で道に迷って、という地獄のような話だった。
素直に免許を返納していれば、拘置所や交通刑務所で人生の最期を過ごすことにはならなかっただろうし、息子夫婦や孫を僕たちに処分されることもなかっただろう。後悔先に立たずを絵に描いたような事故だった。
そのことわざについても、近年の遺伝子研究によって、そういう事態に陥るのは犯罪因子を持つ者だけだということがわかってはいたけれど。

「なぁ、腹減らね? ここら辺、おいしい店とかないの?」
「1号線か23号線の辺りまで行けばあるんじゃない? ファミレスとか回転寿司とかラーメンとか」
当たりだ。
「ここからじゃ、結構距離あるよな。まぁ、確かにこんな田舎じゃ、車がないと不便か。毎回タクシーなんて使ってたら年金なんてすぐなくなるだろうしな」
こんな田舎が、僕が生まれ育ち、中学三年まで過ごしていた街だということを、僕はふたりには話していなかった。
僕の両親はこの街にはもういない。この街どころか、この世界のどこにもいなかった。父は僕のせいで自殺し、母は急性アルコール中毒で死んでいた。
「そうだねー。バスも本数少ないみたいだし。気持ちはわからないでもないけど。息子は会社員、その嫁はパートで共働きじゃあ、なかなか車を出してもらえないだろうしねー」

僕は、中学生時代の親友のことを思い出していた。僕が殺した子どもたちの中には、彼の妹がいた。彼は今もこの街に住んでいるのだろうか。
会いたいな、と僕は思った。
恨まれているのはわかっていた。憎まれていることもわかっていた。会えば殺されるかもしれなかった。それでも僕は彼に会いたかった。
「行きたい店があるんだ」
僕は言った。
「どんな店?」
「23号線沿いに、うまい鯉料理の店があるんだ。隣の村になるけど」
「村ぁ? 村なんてあるのか? この21世紀に?」
失礼な奴だなと思った。
その村は、市町村合併する必要がないほど裕福なだけなのだ。スペースシャトルの部品を作る会社だか工場だかがあり、日本一裕福な村として何かの特番で特集され、あの嵐の櫻井翔が撮影で訪れたこともあった。村立の中学校の修学旅行先も、東京でも奈良や京都でもなく、ハワイという日本最強の村だった。
「てか、鯉って食べれんの?」
「泥臭いって聞いたことあるけど」
「食べれるし、その店の鯉は泥臭くない。刺し身もうまいし、あら汁もうまい。一番うまいのは内臓を茹でたやつだよ」
「内臓って……なんか気持ち悪そう……」
彼の家族がよく食事に行っていた店だった。僕の両親も僕が生まれる前からその店の常連で、彼とは小学生の時からよくその店で顔を合わせていた。
同じ小学校に通っていたし、クラスが同じだったこともあるが、僕は彼と学校ではほとんど話したことがなかった。

「そのジャンプって最新号? お前のやつ?」
「店のやつ。たぶん最新号だと思う」
「ワンピだけ読ませてよ。あと、ハンターハンターとナルトとブリーチと銀魂。あとバクマン」
「それ、ほとんど全部じゃん」
「ネウロと、とらぶるも読ませてよ」
「もう全部じゃん」
僕たちはその店で、たまたま席が近くなり、そんな会話を交わしたことがあった。
それがきっかけで僕と彼は友達になった。主にとらぶるが僕たちの友情を育んだ。

僕たちは、結局回転寿司でお腹を満たすことになった。真理亜が鯉よりもサーモンが食べたくなったと駄々をこねたからだった。

タクシーがたまたま彼の家の前を通ったとき、僕は彼と、彼のもうひとりの妹の姿を見た。ふたりは庭で仲良く花に水をやっていた。
僕が殺したりしなければ、その場にはもうひとり女の子がいたはずだった。
そのことを考えると、僕の胸はひどく痛んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

処理中です...