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「死神のタナトーシス」#45 第二部 エピローグ

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早朝の神社の境内では、亜美や珠莉さん、一馬さんだけではなく、巫女衣装を着た麻衣が掃き掃除をしていた。
どう見ても、名古屋駅の近くや大須商店街にありそうな巫女居酒屋のコスプレ巫女店員にしか見えなかった。僕がどうしてそんな店を知っているのかは秘密だ。
時間帯や実家からの距離を考えると、麻衣はもしかしたら住み込みでアルバイトをしているのかもしれない。
彼の言う通り、僕たちが過去を変えたことによって、この世界には少しだけ変化が起きていた。
「学くん!」
「お兄ちゃん? どこに行ってたの?」
「浮気じゃないよね? 婿養子くん?」
僕はどうやら昨晩から行方がわからなくなっていたらしい。
お昼をすぎても連絡がとれないようなら、警察に相談するつもりだったと話す亜美の顔は、泣き腫らした目をしているだけじゃなく、目の下に大きなくまを作っていた。僕はごめんね、ごめんなさい、と何度も謝った。理由をうまく説明できないことや、嘘をつきたくないから何も話せないのが申し訳なかった。
麻衣と珠莉さんは僕の頭をホウキで交互にバカボコ叩いた。何も言わずにどこかに行ったりするなと、ふたりにはこってりと絞られた。
一馬さんは遠くから僕を睨み付けていた。あれはたぶん、婿養子の浮気を疑う娘大好きパパの元ヤクザの目だった。
「ふたりとも、匣は? 黒き匣は今、どこにある?」
僕は亜美と珠莉さんに訊ねた。
「匣?」
「何それ?」
ふたりとも、何のことかわからないという顔をした。
「何それって、黒き匣だよ。御神体の……織流肩巾有珠大神の」
「御神体ならちゃんと祀ってあると思うけど……急にどうしたの?」
「てか、織流肩巾有珠大神って何?どこの神様?」
「そうだよ、お兄ちゃん。うちの神社はそんな変な神様、祀ってないよ?」
冗談だろ、と思った。
彼は、自分が御神体や神であったことも、自分が300年に渡って歴代の巫女たちを見守り、共に過ごしてきたことさえ、西日野神社の人たちの記憶から消してしまったとでもいうのだろうか。
彼は、自分のことを存在してはいけない存在だと言っていた。だからと言って存在したことすらなかったことにしてしまうなんて、あまりにもあんまりだった。

西日野神社の御神体は、僕がよく知る形をしたものではなくなってしまっていた。
その代わりのつもりなのか、彼のお気に入りの顔だった石原裕次郎によく似た神の像があり、西日野神社は烏鷺慈雨由良波斯射大神(うろじうゆらはしいのおおかみ)という神を祀っていた。もう少しひねったアナグラムにしなよ、と僕は笑ってしまった。


最後に少しだけ先の話をしておこう。

KITセレモニーは、年が明けて少しした頃に、僕や亜美の代わりのタナトーシスが見つかることになる。
仕事なんてそんなものだ。誰かがいなくなっても回るようにうまくできている。そうでない会社は会社として成立すらしていない。

新しいタナトーシスはまだ高校生と中学生の兄妹で、確か要雅雪と要ひまりという名前だったと思う。

そのふたりはタナトーシスとタナトスを兼任することになる。
未成年を深夜に働かせてはいけないという法律があったはずだが、タナトスを兼任するということは瀬名さんのときと同じで、ふたりは国に選ばれて送り込まれてきたということだろう。超法規的措置というやつだ。

まぁ、僕にはもう関係のない話だ。


僕はこれから亜美と西日野神社で生きていく。

彼女の姉や父親、それから麻衣といっしょに。
いつか生まれるかもしれない子どもたちといっしょに。

黒き匣はもうないけれど、織流肩巾有珠大神改め、烏鷺慈雨由良波斯射大神に見守られながら。


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