空想お仕事シリーズ「僕は今日も人の死を笑いに行く」「死神のタナトーシス」「赤ワインとチーズとブロッコリーのトリアージュ」

「死神のタナトーシス」#42（25b）「蛇足変 3」

妹を抱くことを強制的に選ばされた自分を見つめながら、僕はこんなにも盛りのついた獣のように、妹を求めていたのかと呆れてしまった。
理性だとか倫理観だとか、兄としてのタガだとかを外された僕は、隣の妹の部屋で亜美が寝ているにも関わらず、信じられないほど激しく妹の体を求めていた。
反吐が出るとか吐き気を催すとか、そんな次元の光景ではなかった。僕はもう笑うしかなかった。

「何がそんなに可笑しいの？」

そんな僕に誰かが語りかけてきた。
妹とも亜美とも違う女の子の声だった。
それが、妹が持っていた白き匣の声だということはさすがにすぐにわかった。

僕が知る本来の歴史において、妹は僕や両親や亜美が死んでしまった後も、永遠に老いることも死ぬこともできない不老不死の八百比丘尼として生きていくことになっていた。
何千年、何万年、あるいは何億年と生きるうちに、妹はどこかで白き匣に出会ったのだろう。そして、その巫女に選ばれ、こんなことになってしまっているのだろう。

「やってくれたなって思ってさ。僕がこれまでしてきたことが、君のおかげで全部無駄になったよ」
ありがとう、と嫌味をこめて僕は言った。
亜美を愛したことや、彼女に愛されたこと。
依子の仇を討つために親友を殺したこと。
一度死んだ麻衣を、匣の肉片から再現してもらい、両親といっしょに暮らせることができるようにしたこと。
そのすべてが本当に無駄になってしまった。
妹の喘ぎ声を聞いた亜美や両親が目を覚ますのは時間の問題だった。
この最低最悪な状況から、あの幸せな結末に向かう道筋は僕には見えなかった。
でも、
「残念だったね。隣の部屋には黒き匣の巫女がいるんだよ。もちろん匣もそばにいるはずだ。彼はきっと僕や麻衣や君を……」
僕にはまだ彼がいた。
この時の僕はまだ彼の存在を知らなかったけれど、きっと彼は亜美のそばにいるはずだった。彼は亜美を傷つける存在を必ず排除するはずだ。
「馬鹿なの？そうならないように、わたしがそっちを先に処理してから、この子といっしょにここにきたとは考えないの？」
望みは完全に断たれてしてまっていた。

僕はいつの間にか、自分の力で現状を打破するためにはどうすればいいか考えることをやめてしまっていた。
彼がどうにかしてくれる。
彼が守ってくれる。
匣の彼に頼りすぎてきた結果がこの有り様だった。
僕のせいで亜美や匣が殺されてしまったようなものだった。

「こんなのがわたしの審神者になるなんてね」
と、白き匣はため息混じりに言った。
「やっぱりこの子じゃなくて、夏目メイって子にすればよかったな。あの子の伴侶の佐野弘幸はもう少し頭がよかったし」
どうして彼女の口から、妹を殺そうとした男と、彼の妹であり魔女と呼ばれた少女の名前が出てくるのだろう。
「人類の最後の生き残りがこの子だったから、仕方がなかったんだけど」
僕はまた二番手だったということだろう。それに妹もだ。
本当に笑うしかなかった。
人は本当の絶望を知ったとき、涙ではなく笑みがこぼれることを僕は知った。

「君は何者なのかな？ 目的は何？ 僕と麻衣を使って一体何がしたいの？」
ぼくの問いに、
「わたしは白き匣、またの名を比良或渡渡濡喰卯瑠大神（びらあるどぬくうるのおおかみ）」
と彼女は答えた。