空想お仕事シリーズ「僕は今日も人の死を笑いに行く」「死神のタナトーシス」「赤ワインとチーズとブロッコリーのトリアージュ」

「死神のタナトーシス」#39 第二部 最終話（もうちょっとだけ続くんじゃ）

数日後、死神のタナトーシスは葬儀や火葬まで滞りなく行われた。
依頼人だけではなくタナトス役の妹までが行方不明になるというイレギュラーがあっても、滞りなくと言えてしまえるほどスムーズだった。

それが僕のタナトーシスとしての最後の仕事になった。
僕はその依頼を最後に会社をやめることにしていた。

日永彰が死んだ一週間後、僕は匣との約束通り、部屋を引き払い、亜美と一緒にタクシーで西日野神社に向かっていた。
もちろん匣もいっしょだ。

匣の肉片から再現された妹は、前日にすでに実家に送り届けていた。
両親には行方不明の妹を見つけたが、また記憶障害を起こしており、依子のことだけでなく、僕のことも忘れてしまっていると説明した。
僕はそのついでに、以前家に遊びに来たことがある西日野亜美という女の子と籍を入れたことや、彼女の実家である神社の婿養子になったことを伝えた。
勝手に籍を入れたことを怒られることを覚悟していたが、両親は妹が帰ってきたことで浮かれていて、すべて許してくれた。というよりは、ほとんど僕の話を聞いてはいなかった。
本当は麻衣といっしょに依子も連れていきたかったが、遺骨しか残っていない依子の生前の姿や人格、記憶を再現することは、さすがの匣の彼にも不可能だった。だから、仇をちゃんと討ったことだけを両親には伝えた。僕のせいで依子が殺されたということはさすがに話せなかった。

タクシーが僕が生まれ育った街を通りすぎるとき、
「三年前、この街で殺人事件があったでしょう？ほら、中学生が同級生を学校で殺した事件ですよ」
運転手はそんなことを言った。
「この街で殺人事件なんて滅多にあるもんじゃないですからねぇ。しかも子どもが子どもを殺すなんて。恐ろしい話ですよ」
そんなものなんだなと思った。
殺人事件は無関係な人たちにとっては娯楽でしかない。それも、視聴者が全員探偵役として参加できるリアリティーショーだ。
犯人が逮捕されるまでは毎日マスコミが新しい情報を提供してくれる。視聴者が探偵の真似事をする良い材料になり、逮捕後は犯人やその家族を誹謗中傷する最高の材料になる。
他の様々なリアリティーショーと同じで、新しい事件が起きればシーズン2が始まり、シーズン1などすぐに忘れ去られる運命にある。
「ああ、そうだ、あの学校、次の年に今度は教師が盗撮で逮捕されてましてね」
僕たち家族や他の被害者遺族の人たちが送ってきたこの十年を考えたことなど一度もないのだ。娯楽の被害者の遺族の気持ちなど考える必要などないからだ。

あなたが今乗せている客の男の方は、殺人事件なんて滅多に起きないこの街で、十年前に起きた事件の被害者遺族ですよ。

そう言ってやりたかったが、亜美の前だからやめておいた。
亜美が怒れば、たぶん匣は指示を受ける前に運転手をスパゲッティにしてしまうだろう。
一応運転手の名前だけは覚えておいた。後でホームページのメールフォームからクレームを入れるかもしれないからだ。たぶんそこまではしない。あくまで一応だ。
運転手がこれ以上口を開かなければ、僕の怒りもそのうち収まるだろう。