上 下
78 / 123

「死神のタナトーシス」#32

しおりを挟む
殺されていたのは、僕の妹の方だった。

亜美の手には黒い刀のようなものが握られていて、その足元の血だまりの中に、僕が先ほど注文したばかりのスタンガンが転がっていた。当然僕が注文したものではなかった。僕が注文したものは二日後に会社に届くからだ。きっと妹が持ってきたのだろう。
妹は額から下腹部にかけて、おそらく一太刀で切り裂かれて倒れていた。
いつもかわいいかわいいと褒めさせられていた本当にかわいい顔は、観音開きのように左右に分かれ、脳漿を飛び散らせていた。体は肋骨や内臓が見えてしまっていた。
そんな姿になった妹をまだかわいいと思う僕と、どうかしている、狂っている、と俯瞰して見ている僕が、僕の中で共存していた。
「あぁ、もう、本当にしょうがない子だなぁ」
僕は、まだ小さかった妹がお漏らしをしたときのように言って駆け寄った。けれど、あのときと違って僕にしてやれることは何もなかった。
「あーあ、まだ消してないのに。帰ってくるの早すぎだよ」
どこからか知らない声が聞こえた。声変わり前の少年のような声だった。
その声が聞こえた瞬間、妹の体や血だまりがスパゲッティのようになって、刀のようなものに吸い込まれていった。
似たような現象を僕は聞いたことがあった。
宇宙にブラックホールが発生すると、その重力が星をどんどん引き伸ばすため、星を長く細い糸状にし、吸い込んでしまうという。スパゲッティ化現象と呼ばれていた。
「カグツチもマガツヒも抑えておいたから。『彼ら』に気づかれることはないと思うよ」
「ありがとう」
その現象は、何億光年も離れた場所からでも検出できるような強力なエネルギーのフレアを放出するという話だけれど、カグツチやマガツヒとはそのフレアのことだろうか。
ヒノカグツチやオオマガツヒ、ヤソマガツヒといったこの国の神話にある神々と何か関係があるだろうか。
「彼ら」とは一体誰のことだろう。
僕にはわからないことだらけだった。
「彼が君の旦那さん?」
「そう。かっこいいでしょ? 北村匠海くんにちょっと似てるの。すごく優しい人なんだよ」
「ふぅん、そうなんだ。かっこいいっていうのは、石原裕次郎みたいな形だと思ってた」
「一体いつの話? 今はもう2024年だよ」
「そんなに過ぎてたんだ。じゃあ、五十年くらい前かな? 今はこういう形がいいんだね。覚えておくよ」
どうやらその声は、亜美の持つ刀のようなものから聞こえているようだった。
「そういえば、君のママにも叱られたことがあった」
「お母さんは誰が好きだった?」
「竹野内豊と反町隆史。どっちが上かは決められないって」
「うちのお父さんと全然違う……」
「君のパパは北村一輝って人に似てるよね。僕はあの形の方が好きだな」
それは亜美の手の中で銃になったり剣になったり槍になったり、刀に戻ったりしていた。もしかしたら感情の表現なのかもしれなかった。鎖鎌やボウガンになったりもしていた。
不思議なことに、何度も姿を変えるその刀のようなものは、彼女の手に握られているはずなのに、真っ黒な絵の具で描かれた、平面の絵のように見えた。

僕は西日野神社の御神体のことを思い出していた。
触れた者に知恵を授けるという、黒き匣のことだ。
それはブラックホールと同じくらい黒く、光をほぼ完全に吸収し、あまりに黒いため立方体だが平面にしか見えないという。
形状を記憶する液体金属で、ヒヒイロカネと呼ばれる神話の金属そのものであり、それ自体が永久機関だとされていた。
今僕の目の前にあるものは、まさしくそれだった。
御神体は本当に存在していたのだ。
「ちなみに、第二の裕次郎オーディションで一位に選ばれた人は、今はバイプレイヤーになってるからね」
「バイプレイヤーって?」
「名脇役のこと」
「嘘だろ? 第二の裕次郎なんだろ?」
「石原プロももうないよ」
「匣の巫女は嘘をついちゃいけないんだぞ」
御神体はただ存在するだけではなく、人格があり、声も発していた。亜美との会話が成立していた。
刀のようなものは、亜美の手の中でルービックキューブほどの大きさの立方体に戻ると、
「あ、ごめん。間違えた」
また形を変えて、今度はスマートフォンになった。ご丁寧に手帳型のかわいいスマホケースまでつけていた。

「お帰りなさい、あなた。今日の夕食は何がいい?」

何事もなかったかのように、亜美は言った。
「僕も一緒に作るよ。鶏肉がたっぷり入った、ふわふわとろとろのオムライス、好きだよね?」
だから僕も何事もなかったように振る舞うことにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

下宿屋 東風荘 6

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*°☆.。.:*・°☆*:.. 楽しい旅行のあと、陰陽師を名乗る男から奇襲を受けた下宿屋 東風荘。 それぞれの社のお狐達が守ってくれる中、幼馴染航平もお狐様の養子となり、新たに新学期を迎えるが______ 雪翔に平穏な日々はいつ訪れるのか…… ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

処理中です...