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「死神のタナトーシス」#31
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日永彰の潜伏先の住所を手に入れたが、僕はその日すぐに動くつもりはなかった。とりあえず亜美が待つマンションに帰ることにした。
相手は猟奇犯罪者だ。その手口は両手で相手の首を時間をかけて締めるというものだったが、ろくに抵抗もできない子どもが相手だったからであり、同い年の大人の僕を相手にしたときに武器を使わないとは限らない。返り討ちに遇わないためには武器が必要だった。
彼が少年院から出てきたら必ず殺すと僕は息巻いていたけれど、この十年間具体的なことは何もしていなかった。まるで勉強や筋トレと同じだなと思った。僕は妹の仇討ちでさえ明日から本気出すの姿勢でこの十年間何もせずに過ごしていたのだ。
手製の銃を作り元首相を暗殺することに成功した宗教二世の男の方が、僕よりもはるかに目的に対して努力家だった。逮捕された後も留置場で筋トレをしていたらしいから、本当に努力家だったのだろう。もちろん彼がしたことは褒められた行いではなかったけれど。
この国では、拳銃や日本刀をすぐに手に入れることは不可能だ。手に入れたところですぐに使いこなせるものでもない。
真っ先に思い付いたのはスタンガンだった。
スマホで「スタンガン 通販」で検索しようとすると、「最強」という追加の検索ワードが出てきた。
護身用アイテムの専門ショップの通販サイトがすぐに見つかった。
国内最強を謳う5万ボルトのスタンガンですら、3万円も出せば買えるようだった。
だがどうやらボルトよりもアンペアが重要で、交流より直流の方が危険らしい。文系の僕にはその違いがよくわからなかった。
わずか1.5ボルトでも心臓にまともに感電させると心臓麻痺を起こし死亡するとか、濡れた手で両手を通して100ボルトの電気を体に流すとショック死するともネットには書かれていたが、静電気は何万ボルトもあるにもかかわらず、触った瞬間に音がして放電し電圧がなくなってしまうため感電死しないともあった。
わかったことは、国内最強のスタンガンでも相手を感電死させることもできるかもしれないが、体が一時的に動かなくなるだけかもしれないということだった。だが、無いよりはましだろう。
どんな武器も一番怖いのは奪い取られてしまったときだ。
だが、ぼくが見つけたスタンガンは、ストラップが本体から抜けると使用出来なくなる仕組みになっているらしい。ストラップを手首にかけていれば本体を奪われても相手は使用できないというのがよかったし、即納可能というのもよかった。
自宅ではなく会社に届くようにした。僕が不在のときに届き、亜美が箱を開けでもしたら、不審に思われるに違いなかったからだ。
マンションの部屋のドアを開けると、僕はすぐに異変に気づいた。
ドアチェーンが切られていたし、亜美のものではない女物の靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。その靴に僕は見覚えがあった。
妹がやってきたのだ。
オートロックのマンションを選び、わざわざ偽の住所まで用意したが、こんなにも早くこの部屋にたどり着くとは、さすがは僕の妹だと思った。
亜美は結束バンドか何かで身動きがとれなくされているのだろう。悲鳴をあげたりできないよう、猿ぐつわもされているに違いない。
なんていう考えは甘い話だった。
部屋はむせ返るほど錆びた鉄のようなにおいがしていた。きっと亜美はすでに殺されてしまっているのだろう。
どうやら僕には、日永彰より前に殺さなければいけない相手がいるようだった。
そして、僕にはたぶん、その相手を殺すことは出来ない。
たとえ、それが亜美の仇だったとしても。
僕はたぶん、正気ではなくなってしまっていた。取り乱すことも慌てることもなかったのは、正気だけではなく狂気をも通りすぎてしまったところに僕の心があったからだと思う。
亜美のことや妹のこと、自分のことよりも、注文したスタンガンが無駄になってしまうことを残念に思っていた。3万もあったら、高級フレンチは無理でも、亜美と何かおいしいものを食べにいきたかった。
僕はそんなことを考えながら、妹が待っているだろうリビングに向かった。
相手は猟奇犯罪者だ。その手口は両手で相手の首を時間をかけて締めるというものだったが、ろくに抵抗もできない子どもが相手だったからであり、同い年の大人の僕を相手にしたときに武器を使わないとは限らない。返り討ちに遇わないためには武器が必要だった。
彼が少年院から出てきたら必ず殺すと僕は息巻いていたけれど、この十年間具体的なことは何もしていなかった。まるで勉強や筋トレと同じだなと思った。僕は妹の仇討ちでさえ明日から本気出すの姿勢でこの十年間何もせずに過ごしていたのだ。
手製の銃を作り元首相を暗殺することに成功した宗教二世の男の方が、僕よりもはるかに目的に対して努力家だった。逮捕された後も留置場で筋トレをしていたらしいから、本当に努力家だったのだろう。もちろん彼がしたことは褒められた行いではなかったけれど。
この国では、拳銃や日本刀をすぐに手に入れることは不可能だ。手に入れたところですぐに使いこなせるものでもない。
真っ先に思い付いたのはスタンガンだった。
スマホで「スタンガン 通販」で検索しようとすると、「最強」という追加の検索ワードが出てきた。
護身用アイテムの専門ショップの通販サイトがすぐに見つかった。
国内最強を謳う5万ボルトのスタンガンですら、3万円も出せば買えるようだった。
だがどうやらボルトよりもアンペアが重要で、交流より直流の方が危険らしい。文系の僕にはその違いがよくわからなかった。
わずか1.5ボルトでも心臓にまともに感電させると心臓麻痺を起こし死亡するとか、濡れた手で両手を通して100ボルトの電気を体に流すとショック死するともネットには書かれていたが、静電気は何万ボルトもあるにもかかわらず、触った瞬間に音がして放電し電圧がなくなってしまうため感電死しないともあった。
わかったことは、国内最強のスタンガンでも相手を感電死させることもできるかもしれないが、体が一時的に動かなくなるだけかもしれないということだった。だが、無いよりはましだろう。
どんな武器も一番怖いのは奪い取られてしまったときだ。
だが、ぼくが見つけたスタンガンは、ストラップが本体から抜けると使用出来なくなる仕組みになっているらしい。ストラップを手首にかけていれば本体を奪われても相手は使用できないというのがよかったし、即納可能というのもよかった。
自宅ではなく会社に届くようにした。僕が不在のときに届き、亜美が箱を開けでもしたら、不審に思われるに違いなかったからだ。
マンションの部屋のドアを開けると、僕はすぐに異変に気づいた。
ドアチェーンが切られていたし、亜美のものではない女物の靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。その靴に僕は見覚えがあった。
妹がやってきたのだ。
オートロックのマンションを選び、わざわざ偽の住所まで用意したが、こんなにも早くこの部屋にたどり着くとは、さすがは僕の妹だと思った。
亜美は結束バンドか何かで身動きがとれなくされているのだろう。悲鳴をあげたりできないよう、猿ぐつわもされているに違いない。
なんていう考えは甘い話だった。
部屋はむせ返るほど錆びた鉄のようなにおいがしていた。きっと亜美はすでに殺されてしまっているのだろう。
どうやら僕には、日永彰より前に殺さなければいけない相手がいるようだった。
そして、僕にはたぶん、その相手を殺すことは出来ない。
たとえ、それが亜美の仇だったとしても。
僕はたぶん、正気ではなくなってしまっていた。取り乱すことも慌てることもなかったのは、正気だけではなく狂気をも通りすぎてしまったところに僕の心があったからだと思う。
亜美のことや妹のこと、自分のことよりも、注文したスタンガンが無駄になってしまうことを残念に思っていた。3万もあったら、高級フレンチは無理でも、亜美と何かおいしいものを食べにいきたかった。
僕はそんなことを考えながら、妹が待っているだろうリビングに向かった。
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