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「死神のタナトーシス」#30

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8月の終わり、僕の妹が海難事故で死んだように見せかけるため、亜美がブヨブヨの溺死体の特殊メイクでタナトーシスをしてくれた。
そのとき、ここにいる全員が妹の戸籍を見て、僕にはもうひとり妹がいたことを知ったという。
十年前の事件で、今回の依頼人にその妹が殺されていたことも、依頼人と僕が小学生の頃からの親友だったことも調べられていた。
麻衣が事件のショックで姉である依子の存在自体を忘れてしまったことも、僕が依頼人のことをこの十年間ずっと憎み続けてきたことも、何もかも。
「私たちは全部知ってるの」
だから僕に、死神と呼ばれた元少年・日永彰のタナトーシスをさせ、その間にタナトスである瀬名さんに本物を処分させるつもりだったというわけだ。イレギュラーが起き、瀬名さんがいなくなり、タナトスが麻衣になってしまっていたが。
余計なお世話だった。本当に余計だった。
全部知ってるなんてよくもそんなに簡単に言えるものだと思った。家族を殺されたことがある被害者遺族同士ですら、相手の悲しみや絶望を理解しあうことは難しいというのに。
「ねぇ、さっきから、皆、なんの話をしてるの? わたしにお姉ちゃんなんかいない。わたしの兄弟はお兄ちゃんしかいないんだけど」
依子って誰? お兄ちゃん、知ってる?
妹のその言葉が悲しかった。

「君、麻衣ちゃんだっけ? それとも芽子ちゃん? どっちで呼べばいい?」
「どっちでもいいよ? お兄ちゃんは今でもちゃんと麻衣って呼んでくれるよ?」
「じゃあ、麻衣ちゃんにひとつ質問」
「なあに?」
「君は本当に、その魔女って呼ばれてた少女みたいに、人を殺せるの?」
ニンベン師の泊さんは、麻衣に瀬名さんの代わりをさせるつもりのようだった。
「やらせるつもりなの?」
「瀬名が死んだんだ。しかたないだろ」
鬼頭さんの問いにそう答えた。
「それとも、国が新しい殺し屋だか傭兵だかを送ってくれるのを待つのか? そんなことしてたら、田中が先に依頼人を殺っちまうぞ」
「それは……」
鬼頭さんは言葉に詰まってしまった。珍しい光景だった。
確かに、その方が僕としても都合がよかった。
潜伏先さえわかれば、僕は今すぐにでも日永彰を殺しに行きたかった。
どうして親友だったはずの僕の、まだ幼い妹を殺したのか。そんなことは今さら訊くつもりはなかった。
殺したかったから殺した。
誰かを殺したいと思っていたときに、たまたま目に入ったのが僕の妹だった。だから殺した。
動機はきっとそんなところだろう。
それに、麻衣の兄として、妹に人を殺させたくはなかった。
僕の主治医が言っていたように、妹はもう何人か人を殺したことがあったのかもしれない。だけど、もうこれ以上誰も殺してほしくなかった。
「殺せるよ? ちょっと順番が変になっちゃったけど、このオジサンの体でバースデーケーキを作ってあげよっか?」
泊さんは、
「いや、いい。ちゃんと殺れるならそれで十分だ」
妹の言葉を聞くと満足そうに笑っていた。
「じゃあ、決まりだな。田中はタナトーシス、麻衣ちゃんはタナトス、俺たちは俺たちの仕事をしようぜ」
彼はそう言って、会議室を出ていこうとした。部屋を出る直前、僕の手に何かを握らせた。
「あいつの潜伏先だ。お前がやれ」
握らされた紙片には、言葉通り日永彰の潜伏先らしき住所が書かれていた。

愛知県二宮市相葉区松本19-9-9 グランメゾン大野915号室 名義は櫻井

僕は彼を追いかけ、廊下に出た。
「男は女の死体役はできないが、女は男の死体役ができる。胸の小さい女は特にな。死神のタナトーシスは麻衣ちゃんにやらせる」
助かります、ありがとうございます、僕は彼に何度も礼を言った。
「しくじるなよ」
と、彼は笑っていたが、
「お前に死なれると鬼頭が悲しむからな。本気で殺るつもりなら、破魔矢には絶対に言うな。秘密は墓場まで持っていけ」
その目はまったく笑ってはいなかった。

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