空想お仕事シリーズ「僕は今日も人の死を笑いに行く」「死神のタナトーシス」「赤ワインとチーズとブロッコリーのトリアージュ」

「死神のタナトーシス」#25

９月２９日、渦中のパワハラおねだり市長の遺体が発見された。
焼身自殺だった。
遺体のそばにあった遺書には、
「不信任決議案の全会一致に対し、死をもって抗議する」
と書かれていたそうだ。
すべて、瀬名さんから聞いていた通りだった。
その死が騒がれたのは、最初の一週間程だった。
罪を償うことなく逃げた、最期までどうかしている、というのがマスコミや視聴者、ネットの意見であり、それはとてもまっとうな意見だと僕は思った。
何ヵ月にも渡り時の人であった市長はすぐに忘れ去られ、いつも通りのオオタニ頼りのニュース番組ばかりになった。

亜美とはあれから連絡が取れなくなってしまっていた。
会社も９月いっぱいでやめてしまっていて、当面は社長である鬼頭さんが代打としてタナトーシスを行うと連絡があった。
「わたしがやってあげてもいいよって言ってるって社長さんに伝えていいよ」
妹はそう言ったが、僕はそれを鬼頭さんに伝えることはしなかった。

僕は一度だけ西日野神社に足を運んだ。亜美に一目でいいから会いたかったからだ。会って謝りたかったからだった。
どこにでもある小さな神社に見えたが、オルフィレウスの自動輪を連想させる歯車の装飾があちこちに見られるのが特徴的だった。
境内には、黄泉の国へと続く坂、黄泉比良坂があり、その入り口は大きな岩で封印され誰も立ち入れないようになっていた。
亜美によく似た、お姉さんらしき巫女さんを見かけたが、亜美の姿は見当たらなかった。お姉さんに彼女のことを訊ねてみようかとも考えた。だけど、僕にはその資格はない気がした。

境内の石碑やパンフレットによれば、西日野神社の御神体は、黒き匣と呼ばれるものだった。その匣は、触れた者に知恵を授けるとされていた。
今は立方体の形をしているが、伝承によれば様々な時代、様々な国の人々に知恵を与えながら、人から人へと渡り、時代によってその形を何度も変えてきたという。剣や槍の形をしていたこともあれば、人の形をしていたこともあるらしい。形状を記憶する液体金属で、ヒヒイロカネと呼ばれる神話の金属そのものであり、それ自体が永久機関だとされていた。
光をほぼ完全に吸収し、ブラックホールと同じくらい黒く見えるという。あまりに黒いため、立方体だが平面にしか見えないそうだ。
８年程前に似たような新物質の塗料が海外の会社で開発されていたが、西日野神社の御神体は数年前に行われた炭素年代測定の結果、１０万年以上前から存在することが判明しているそうだった。ルービックキューブほどの大きさの中に、地球全体の必要電力の約百年分のエネルギーを持っているとも書かれていた。

１０月に僕は何件かタナトーシスの依頼を受けた。

昨年末に週刊誌に載った真偽不明の記事がきっかけで、芸能活動を休止し裁判に専念すると発表していたレジェンド芸人は、顔と名前を変え、一からやり直そうと考えていた。
さすがに還暦からは無理があると思ったが、還暦の筋肉モリモリマッチョマンが新人ピン芸人として彗星のごとく現れ、筋肉芸ではなくゴリゴリに洗練されたコントを披露するのであれば、それはそれで見てみたい気もした。
彼のタナトーシスは、とにかく肉襦袢の下が痒かった。

夏にSNSでの失言がきっかけで仕事をすべて失い、億を超えるCMの違約金を払わなければいけなくなったYouTuber芸人も同じ理由だった。

半世紀に渡り前々々社長や前々社長による所属タレントに対する数百件の性加害があったことを認めた芸能事務所の前社長は、まだ中学生の一人息子と共に死を偽装し一般人として生きていこうとしていた。

会社ぐるみでの不正請求が明るみになり、それが会社全体の社風や上層部からの指示によるものだということが判明した某中古車販売・買取会社の諸悪の根元であった副社長もやってきたが、彼は残念ながらタナトスの案件となった。