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「死神のタナトーシス」#21
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妹を無事に部屋まで運び終えると、リビングに戻った僕は破魔矢さんにコーラとポテチを出した。
湿布は両親のストックだったけど、今度は妹の毎日のアニメ鑑賞中用のストックだった。
僕たちは、いつも妹と僕がそうしているようにL字型のソファーに並んで座った。さすがにデンと横になることはしなかった。背もたれに身を委ねるだけにした。破魔矢さんは背筋をピンと伸ばし就活の面接かな? と思うほど美しい姿勢だった。そんなに緊張しなくてもいいのにと思ったけれど、逆の立場なら僕もそうしていただろう。
よほど喉が乾いていたのか、コップに注がれたコーラを破魔矢さんは一気に飲み干した。ゲップが出るよ? と思っていたら、本当にそうになったらしく、口元を手で慌てて隠していた。次からはちゃんとミルクティーを用意しておこうと思った。次があればの話だったけど。
破魔矢さんとはメッセージや通話でいろんなことを話してきたけど、本人を目の前にすると何を話したらいいか、まるでわからなかった。
僕は記憶力だけは自信があったから、彼女とのやりとりは全部頭の中に入っていて、まだしてない話やしたい話がたくさんあったはずだった。
それなのに、頭が真っ白になってしまっていた。僕も実はなかなかの人見知りなのだ。
「いつもここでわたしに連絡くれたりしてるの?」
僕よりもはるかに人見知りの破魔矢さんに気を遣わせてしまった。
そういえば、いつも隣で妹がアニメを観てると話したことがあった。
「うん、いつもここで寝転んで、メッセージを送ってる」
「寝転んでみて」
僕は言われた通りにした。
「麻衣ちゃんは、こんな感じ?」
破魔矢さんはテレビに向かって前のめりになった。
「もっと前のめりかも。あいつ、たまに人間とは思えない動きするから」
なにそれ、と破魔矢さんは笑って、
「麻衣ちゃんって、かわいいだけじゃなくて、おもしろい子なんだね」
細く長いきれいな指をした手をポテチに伸ばした。
「田中くんのことが大好きなんだね。わたしも田中くんみたいなお兄さんがほしかったな」
と。
「あんないい子が、どうしてタナトーシスが必要だったのかわからないけれど、ちゃんと生きててくれて嬉しいな」
とも。社用車の中で僕と瀬名さんがしていた話のことを気にしてるのだろう。
「死んだことになっちゃっても、名前が変わっちゃってても、大好きなお兄さんのそばにずっといられるなんて、麻衣ちゃんは本当に幸せだと思う」
僕もまだ、妹にあの日何が起きたのかよくわかっていなかった。
いつもと違う幼い髪型と服装でどこかに出かけたこと。
台風が来ているというのに海に行き、波にさらわれたが一命を取り留めたこと。
搬送された病院にかけつけた僕や両親の前で涙を流し、僕にタナトーシスの依頼を懇願したこと。
その理由を妹はわからないと言い張り、決して教えてはくれないこと。
わかっているのはそれくらいだった。
ただ、あの日を境に妹に大きな変化が起きていた。それが大きく関係しているような気がしていた。
かつて魔女と呼ばれた猟奇犯罪者の少女がいた。
十年前、当時十三歳だった少女は、近所に住むまだ幼い子どもばかりを狙って言葉巧みに連れ出すと、廃屋となった民家で実験と称して生きたまま手足を切断し臓器を取り出した。
胴体をケーキに見立て、切断した手足や取り出した臓器を使って生クリームのようにデコレーションし、苺の代わりに生首を載せる。少女はそれをバースデーケーキと呼び、生ものとして子どもたちの家に配送した。
少女が魔女と呼ばれたのは、その残酷な殺害の手口だけが理由ではなかった。
少女はたった二三個の言葉や数字を口にするだけで、小さな子どもたちを恐怖の海の底に沈めたからだ。ひとたび少女の声でそれを聞かされると、この世界の何もかもが怖くなり、今生きていることにすら恐怖を覚えるようになる。恐怖症と名のつくあらゆる病を発症し、普通に生きることが困難になってしまう。
妹はその魔女の信奉者だった。はずだった。
だけど、今は違っていた。
湿布は両親のストックだったけど、今度は妹の毎日のアニメ鑑賞中用のストックだった。
僕たちは、いつも妹と僕がそうしているようにL字型のソファーに並んで座った。さすがにデンと横になることはしなかった。背もたれに身を委ねるだけにした。破魔矢さんは背筋をピンと伸ばし就活の面接かな? と思うほど美しい姿勢だった。そんなに緊張しなくてもいいのにと思ったけれど、逆の立場なら僕もそうしていただろう。
よほど喉が乾いていたのか、コップに注がれたコーラを破魔矢さんは一気に飲み干した。ゲップが出るよ? と思っていたら、本当にそうになったらしく、口元を手で慌てて隠していた。次からはちゃんとミルクティーを用意しておこうと思った。次があればの話だったけど。
破魔矢さんとはメッセージや通話でいろんなことを話してきたけど、本人を目の前にすると何を話したらいいか、まるでわからなかった。
僕は記憶力だけは自信があったから、彼女とのやりとりは全部頭の中に入っていて、まだしてない話やしたい話がたくさんあったはずだった。
それなのに、頭が真っ白になってしまっていた。僕も実はなかなかの人見知りなのだ。
「いつもここでわたしに連絡くれたりしてるの?」
僕よりもはるかに人見知りの破魔矢さんに気を遣わせてしまった。
そういえば、いつも隣で妹がアニメを観てると話したことがあった。
「うん、いつもここで寝転んで、メッセージを送ってる」
「寝転んでみて」
僕は言われた通りにした。
「麻衣ちゃんは、こんな感じ?」
破魔矢さんはテレビに向かって前のめりになった。
「もっと前のめりかも。あいつ、たまに人間とは思えない動きするから」
なにそれ、と破魔矢さんは笑って、
「麻衣ちゃんって、かわいいだけじゃなくて、おもしろい子なんだね」
細く長いきれいな指をした手をポテチに伸ばした。
「田中くんのことが大好きなんだね。わたしも田中くんみたいなお兄さんがほしかったな」
と。
「あんないい子が、どうしてタナトーシスが必要だったのかわからないけれど、ちゃんと生きててくれて嬉しいな」
とも。社用車の中で僕と瀬名さんがしていた話のことを気にしてるのだろう。
「死んだことになっちゃっても、名前が変わっちゃってても、大好きなお兄さんのそばにずっといられるなんて、麻衣ちゃんは本当に幸せだと思う」
僕もまだ、妹にあの日何が起きたのかよくわかっていなかった。
いつもと違う幼い髪型と服装でどこかに出かけたこと。
台風が来ているというのに海に行き、波にさらわれたが一命を取り留めたこと。
搬送された病院にかけつけた僕や両親の前で涙を流し、僕にタナトーシスの依頼を懇願したこと。
その理由を妹はわからないと言い張り、決して教えてはくれないこと。
わかっているのはそれくらいだった。
ただ、あの日を境に妹に大きな変化が起きていた。それが大きく関係しているような気がしていた。
かつて魔女と呼ばれた猟奇犯罪者の少女がいた。
十年前、当時十三歳だった少女は、近所に住むまだ幼い子どもばかりを狙って言葉巧みに連れ出すと、廃屋となった民家で実験と称して生きたまま手足を切断し臓器を取り出した。
胴体をケーキに見立て、切断した手足や取り出した臓器を使って生クリームのようにデコレーションし、苺の代わりに生首を載せる。少女はそれをバースデーケーキと呼び、生ものとして子どもたちの家に配送した。
少女が魔女と呼ばれたのは、その残酷な殺害の手口だけが理由ではなかった。
少女はたった二三個の言葉や数字を口にするだけで、小さな子どもたちを恐怖の海の底に沈めたからだ。ひとたび少女の声でそれを聞かされると、この世界の何もかもが怖くなり、今生きていることにすら恐怖を覚えるようになる。恐怖症と名のつくあらゆる病を発症し、普通に生きることが困難になってしまう。
妹はその魔女の信奉者だった。はずだった。
だけど、今は違っていた。
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