51 / 123
「死神のタナトーシス」#05
しおりを挟む
新興の葬儀会社であるKITセレモニーは、特別プランであるタナトーシスこそ超弩級に高額で数千万円から億かかるが、それ以外の通常プランは格安をウリにしており、競合他社の半額程度で葬儀をあげることができた。
しかし、起業した年の冬に運悪くカーズウィルスによる世界規模のパンデミックが起きてしまった。
カーズは、感染致死率100パーセント、ステルス性の非常に高いウィルスであり、医療機関のどんな検査でも発症するまで感染を知ることができなかった。その上、一度発症すれば、体中の穴という穴から血を噴き出して死に至り、その飛沫は半径数十メートルにまで及ぶ。
その様子を例えた「人間噴水」という言葉は流行語大賞にノミネートもされた。
とても恐ろしいウィルスだった。
現在の感染者はごく僅かだが、ウィルスはさらに進化を続けていた。アルファやベータから始まった進化の段階を示すギリシア文字は、この春にはとうとうオメガになり、夏にはカオス1と呼ばれるようになっていた。カオス1株は一度発症すれば、人体の内側と外側が裏返ってしまう。血液や体液だけでなく内臓や筋肉、骨までも周囲に撒き散らすことになる。さらに進化することがあれば、カオス2と呼ばれるようになるらしかった。
パンデミックのため家族葬が増えるようになり、KITセレモニーは当初の予想ほどその安さが世間には浸透しなかった。
パンデミックはこの国の様々なものを、かつて仕分け人と呼ばれた政治家よりも的確に仕分けしてみせた。
非常事態宣言によって不要不急の外出を避けるようになった時、この社会に本当に必要な商売とそうではない商売がはっきりと浮き彫りになった。非常事態宣言下でも営業自粛の対象にならなかった商売さえあれば、人は最低限の生活が出来てしまう。それ以外に当たる大半の商売は、生活に潤いを与える程度のものでしかないことが証明されてしまった。僕が学生時代にアルバイトをしていた飲食店やゲームセンターなどはその最たる例だろう。軒並み潰れてしまっていた。
職場の飲み会や対面での打ち合わせや会議など、それまで社会の常識とされていたものが必ずしもそうではなかったことも証明された。
葬儀もそのひとつだ。パンデミック収束後も家族葬で済ませればいいという考え方が、この国の人たちにはしっかりと根づいてしまった。映画もそうだった。わざわざ映画館に足を運ばなくとも、半年後には家のテレビやスマホの画面でサブスクで楽しめることがわかってしまった。映画館はいまや、スクリーンや音響にこだわりがある人だけが足を運ぶ場所になっていた。
KITセレモニーはこの三年間タナトーシスのほぼ一本槍で勝負していた。通常プランの葬儀が全くないわけではなく毎日何件かはあったが、猫の手も借りたいほど忙しくなったことは一度もなかった。暇すぎて関連企業であるOWSに人員を派遣しているくらいだった。
会社にふたりしかいないタナトーシスである僕と破魔矢さんは、本来なら通常プランの葬儀でもスタッフとして仕事をするはずだった。最初の九ヶ月ほどは実際そうしていた。
だけど今の僕は月のほとんどが休みになっており、忘れた頃にタナトーシスの依頼が来て駆り出されるという生活が続いている。破魔矢さんもたぶんそうだろう。
僕の予定は当分の間フリーになっていた。次にいつタナトーシスをすることになるか全くわからなかった。明日かもしれないし、明後日かもしれない。来週になるかもしれないし、来月や再来月になるかもしれなかった。
破魔矢さんへのお礼は何がいいだろうか。
そんなことを考えながら、僕はリビングのソファーに寝転がり、スマホでテロリスというアプリをやっていた。考える時間だけはありがたいことに山ほどあった。
しかし、起業した年の冬に運悪くカーズウィルスによる世界規模のパンデミックが起きてしまった。
カーズは、感染致死率100パーセント、ステルス性の非常に高いウィルスであり、医療機関のどんな検査でも発症するまで感染を知ることができなかった。その上、一度発症すれば、体中の穴という穴から血を噴き出して死に至り、その飛沫は半径数十メートルにまで及ぶ。
その様子を例えた「人間噴水」という言葉は流行語大賞にノミネートもされた。
とても恐ろしいウィルスだった。
現在の感染者はごく僅かだが、ウィルスはさらに進化を続けていた。アルファやベータから始まった進化の段階を示すギリシア文字は、この春にはとうとうオメガになり、夏にはカオス1と呼ばれるようになっていた。カオス1株は一度発症すれば、人体の内側と外側が裏返ってしまう。血液や体液だけでなく内臓や筋肉、骨までも周囲に撒き散らすことになる。さらに進化することがあれば、カオス2と呼ばれるようになるらしかった。
パンデミックのため家族葬が増えるようになり、KITセレモニーは当初の予想ほどその安さが世間には浸透しなかった。
パンデミックはこの国の様々なものを、かつて仕分け人と呼ばれた政治家よりも的確に仕分けしてみせた。
非常事態宣言によって不要不急の外出を避けるようになった時、この社会に本当に必要な商売とそうではない商売がはっきりと浮き彫りになった。非常事態宣言下でも営業自粛の対象にならなかった商売さえあれば、人は最低限の生活が出来てしまう。それ以外に当たる大半の商売は、生活に潤いを与える程度のものでしかないことが証明されてしまった。僕が学生時代にアルバイトをしていた飲食店やゲームセンターなどはその最たる例だろう。軒並み潰れてしまっていた。
職場の飲み会や対面での打ち合わせや会議など、それまで社会の常識とされていたものが必ずしもそうではなかったことも証明された。
葬儀もそのひとつだ。パンデミック収束後も家族葬で済ませればいいという考え方が、この国の人たちにはしっかりと根づいてしまった。映画もそうだった。わざわざ映画館に足を運ばなくとも、半年後には家のテレビやスマホの画面でサブスクで楽しめることがわかってしまった。映画館はいまや、スクリーンや音響にこだわりがある人だけが足を運ぶ場所になっていた。
KITセレモニーはこの三年間タナトーシスのほぼ一本槍で勝負していた。通常プランの葬儀が全くないわけではなく毎日何件かはあったが、猫の手も借りたいほど忙しくなったことは一度もなかった。暇すぎて関連企業であるOWSに人員を派遣しているくらいだった。
会社にふたりしかいないタナトーシスである僕と破魔矢さんは、本来なら通常プランの葬儀でもスタッフとして仕事をするはずだった。最初の九ヶ月ほどは実際そうしていた。
だけど今の僕は月のほとんどが休みになっており、忘れた頃にタナトーシスの依頼が来て駆り出されるという生活が続いている。破魔矢さんもたぶんそうだろう。
僕の予定は当分の間フリーになっていた。次にいつタナトーシスをすることになるか全くわからなかった。明日かもしれないし、明後日かもしれない。来週になるかもしれないし、来月や再来月になるかもしれなかった。
破魔矢さんへのお礼は何がいいだろうか。
そんなことを考えながら、僕はリビングのソファーに寝転がり、スマホでテロリスというアプリをやっていた。考える時間だけはありがたいことに山ほどあった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
神様に愛されてる巫女のわたしはずっと悪神に恋してる。 ー 隠れ子と鬼と神隠しの巫女 ー
雨野 美哉(あめの みかな)
キャラ文芸
M県Y市にある西日野神社の巫女、西日野珠莉は、烏鷺慈雨由良波斯射大神という神の寵愛を受けていた。
そんな彼女の前に、初恋の相手であるウロジューユ・ラハ・スィーイという少年が現れ、巫女と神、そして悪神の、手に汗握り血で血を洗う三角関係が始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる