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「死神のタナトーシス」#05

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新興の葬儀会社であるKITセレモニーは、特別プランであるタナトーシスこそ超弩級に高額で数千万円から億かかるが、それ以外の通常プランは格安をウリにしており、競合他社の半額程度で葬儀をあげることができた。
しかし、起業した年の冬に運悪くカーズウィルスによる世界規模のパンデミックが起きてしまった。

カーズは、感染致死率100パーセント、ステルス性の非常に高いウィルスであり、医療機関のどんな検査でも発症するまで感染を知ることができなかった。その上、一度発症すれば、体中の穴という穴から血を噴き出して死に至り、その飛沫は半径数十メートルにまで及ぶ。
その様子を例えた「人間噴水」という言葉は流行語大賞にノミネートもされた。
とても恐ろしいウィルスだった。
現在の感染者はごく僅かだが、ウィルスはさらに進化を続けていた。アルファやベータから始まった進化の段階を示すギリシア文字は、この春にはとうとうオメガになり、夏にはカオス1と呼ばれるようになっていた。カオス1株は一度発症すれば、人体の内側と外側が裏返ってしまう。血液や体液だけでなく内臓や筋肉、骨までも周囲に撒き散らすことになる。さらに進化することがあれば、カオス2と呼ばれるようになるらしかった。

パンデミックのため家族葬が増えるようになり、KITセレモニーは当初の予想ほどその安さが世間には浸透しなかった。
パンデミックはこの国の様々なものを、かつて仕分け人と呼ばれた政治家よりも的確に仕分けしてみせた。
非常事態宣言によって不要不急の外出を避けるようになった時、この社会に本当に必要な商売とそうではない商売がはっきりと浮き彫りになった。非常事態宣言下でも営業自粛の対象にならなかった商売さえあれば、人は最低限の生活が出来てしまう。それ以外に当たる大半の商売は、生活に潤いを与える程度のものでしかないことが証明されてしまった。僕が学生時代にアルバイトをしていた飲食店やゲームセンターなどはその最たる例だろう。軒並み潰れてしまっていた。
職場の飲み会や対面での打ち合わせや会議など、それまで社会の常識とされていたものが必ずしもそうではなかったことも証明された。
葬儀もそのひとつだ。パンデミック収束後も家族葬で済ませればいいという考え方が、この国の人たちにはしっかりと根づいてしまった。映画もそうだった。わざわざ映画館に足を運ばなくとも、半年後には家のテレビやスマホの画面でサブスクで楽しめることがわかってしまった。映画館はいまや、スクリーンや音響にこだわりがある人だけが足を運ぶ場所になっていた。

KITセレモニーはこの三年間タナトーシスのほぼ一本槍で勝負していた。通常プランの葬儀が全くないわけではなく毎日何件かはあったが、猫の手も借りたいほど忙しくなったことは一度もなかった。暇すぎて関連企業であるOWSに人員を派遣しているくらいだった。
会社にふたりしかいないタナトーシスである僕と破魔矢さんは、本来なら通常プランの葬儀でもスタッフとして仕事をするはずだった。最初の九ヶ月ほどは実際そうしていた。
だけど今の僕は月のほとんどが休みになっており、忘れた頃にタナトーシスの依頼が来て駆り出されるという生活が続いている。破魔矢さんもたぶんそうだろう。
僕の予定は当分の間フリーになっていた。次にいつタナトーシスをすることになるか全くわからなかった。明日かもしれないし、明後日かもしれない。来週になるかもしれないし、来月や再来月になるかもしれなかった。

破魔矢さんへのお礼は何がいいだろうか。
そんなことを考えながら、僕はリビングのソファーに寝転がり、スマホでテロリスというアプリをやっていた。考える時間だけはありがたいことに山ほどあった。



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