上 下
47 / 123

空想お仕事シリーズ2「死神のタナトーシス」#01

しおりを挟む
葬儀場の棺の中で眠るのが僕は好きだった。
なんて言ったら、中二病だって笑われるかな。僕ももう今年で二五だし。バンパイアかよって言われちゃうかな。不謹慎だって怒られちゃうかも。最近は失言ひとつで何もかも失う時代だから、僕も気をつけなくちゃとは思ってるんだけど、別に遊びで棺に入ってるわけじゃないからまあいいか。
季節は秋になっていたけど、まだまだ暑い日が続いていた。僕は夏生まれだけど、暑いは苦手だ。冬が好きだった。暑い季節には死ぬのだけは嫌だなぁって、この仕事を始めてから夏が来る度に思う。
棺の中は涼しいから好きだった。敷き詰められたドライアイスがひんやりと心地よく、僕を眠りに誘おうとする。時々そのまま永遠の眠りに誘われてしまいそうになるけど、今のところその誘惑には負けたことがなかった。ていうか、負けたら死ぬからね。それくらき棺の中はキンキンに冷えている。

この仕事の難点は、寝たら死んでしまうことと、体のどこかが痒いときに痒い場所を掻けないことだ。通夜や葬儀の最中に棺桶の中からガタゴトと音がしたら怖いだろう?でもどうしても痒いんだ。あれは本当に困ってしまう。
今まさに、僕は顔が痒くて困っている。
棺の外の様子は見れないし、時間もわからない。親族が誰かひとりは寝ずの番をしたりするから、真夜中になっても掻くことができない。

棺の中で眠るとき、僕の顔にはいつも特殊メイクが施されている。カツラをかぶっているときもあるし、体型を変えているときもある。そのメイクやカツラの下がとにかく痒い。肉襦袢を着なきゃいけないときなんかは最悪だ。
え?僕は一体何の仕事をしてるのかって?

僕の仕事は、依頼人になりすまし、その死を擬装することだ。

この世の中には、自分の死を擬装したい人が少なからずいる。死んだことにして、名前や顔を変え、ホームレスから戸籍を買い、人生をやり直したいと考える人がいる。
僕はそんな人達の代わりに通夜や葬儀の間だけ棺に入る。
僕の仕事はタナトーシスと呼ばれていた。死神のタナトスではなく、タナトーシスだ。

僕は今日も誰かの代わりに死んだふりをする。

棺の中で死んだふりをしていた僕は、霊柩車で火葬場に運ばれると、火がかけられる直前に棺の底に細工された仕掛けを使って抜け出す。
どこの火葬場にも大体タナトーシスのために用意された抜け穴があって、僕はその抜け穴の途中にある更衣室のような場所で特殊メイクを落としカツラを外し、死装束から普段着に着替えて火葬場の外に出る。
僕が今見上げている火葬場の長い煙突から出ている煙ももちろん偽物だ。

「愛妻家で子煩悩な元レイプ犯のパパだっけ」
僕が何日もかけて死を擬装したのは、そういう男だった。
不良時代にこの国の犯罪史に残るような集団少年犯罪事件を起こしながら、少年院を出た後は父親の会社で後継者として育てられ、つい先日まで副社長をしていた男だ。
パワハラで部下たちから恨みを買われ、十三か所も刺されて死んだことになっていた。
「素直に死んでてくれた方が世の中のためになったと思うんだけどなぁ」
実際には、生命活動の危機を察した最新のスマートウォッチに搭載されたAIが救急車を呼び、保険適用外の最新医療によって九死に一生を得ていた。
今後はドバイで悠々自適に暮らすつもりらしい。自家用ヘリでドバイの夜景を見るのが夢だと聞いていた。金持ちが考えることはよくわからない。

参列者たちがこれから拾う骨は、においまで再現されたよくできた作り物だ。
あのにおい、僕は嫌いだ。大切な人が死んだときのことを思い出してしまうから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

処理中です...