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#44(#07b19)
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「この子より若くてかわいい女の子を見つけたら、この体もすぐに捨てる。お兄ちゃんの体も、あと何年か過ぎたら若くてかっこいい男の子の体をわたしが見繕ってあげる。わたしは魔女だから。魔女はずっと若いまま生き続けるの。お兄ちゃんもだよ。魔女を妻に迎える王様がお兄ちゃんなの。王様と魔女はふたりで千年でも二千年でも一万年でも生き続けて、ずっとずっと幸せに暮らすの」
肉体の交換を繰り返し何千年も生きる人間がいれば、端から見れば確かにそれは魔女だろう。
だが、体を捨てると言っても妹は別の体に憑依できるわけではない。妹は捨てる体と共に死を迎えることになる。
オリジナルの死を知らないバックアップが雪さんの体で目覚めたように、今の妹の死を知らない次の妹が別の体で目覚めるだけだ。最新の妹は死を知らずに生き、型落ちの妹は肉体と共に滅びる。バックアップを作ることは決して生き続けることではないということを、妹はちゃんと理解しているのだろうか。
妹のオリジナルは僕の目の前で死んだ。彼女は雪さんの体にバックアップを用意していたが、その死の間際になってようやく死は決して救済などではないことに気付き、自分がこれから死ぬことを恐怖し涙した。
人格や記憶の移行自体は、実は十五年ほど前に「この世界では」すでに確立されていた。
通話中の携帯電話が発する電磁波を利用し、多重人格者の別人格をデジタルデータに変換し転送するプログラムを作ったハッカーがいたらしい。シノバズというハッカーネームを持つ日本人という噂だが、真偽は不明だ。
そのプログラムは、当初はガラケー用のアプリとして作られたため、当時の携帯電話やSDカード容量では、別人格はせいぜいひとりかふたり分を転送するだけで精一杯だった。そのため、さらにパソコンに転送し管理しなければいけなかった。別人格たちにはCGで作られた体と生活するためのバーチャル空間を与えられたという。
これにより、本来不可能であった主人格と別人格の対話が可能となり、モニター越しではあるが家族として生きることが可能となった。
別人格が産まれる原因となった虐待などの記憶を別の場所に移すプログラムも同時に開発されており、投薬に頼らない画期的な治療法として多くの医療機関がこれを採用した。
現在は大容量のスマートフォンやmicroSDカードが普及しているため、パソコンを必要としないアプリが発表されているという。
そのハッカーは間違いなく天才だった。
だが、多重人格の友人のためにその技術を開発したという経緯があり、あくまで治療としての技術にこだわったため、技術的には可能であったものの作らなかったプログラムがあった。
他人の脳に主人格や別人格や記憶を転送するプログラムだ。
僕の妹もまた天才だった。
自らの脳の演算機能だけで、全く異なるアプローチからコンピュータを一切使うことなく、その技術を生み出してしまった。
なぜそんなものを作ったかと問われれば妹は作れたから作ったと答えるだろう。それが人道的であるかとか正しい行いかそうではないかとか善か悪かといったことは妹には興味がないからだ。
一体どちらが天才なのかは、人類のこれまでの歴史に登場した偉大な発明家の人生を知ればわかる。妹だ。
妹は自分のオリジナルについて僕に訊くことはなかった。彼女にとっては自分こそがオリジナルという認識なのだろう。だからオリジナルが今どこにいて何をしているか、生きているのか死んでいるかさえ興味がないのだ。やがて妹もオリジナルと同じ道を辿るのだろう。次の妹も、その次の妹も。
僕に出来ることは、妹が新たなバックアップを作る前に殺すか、妹と共に魔女と王として気が遠くなるほどの時間を過ごすかのどちらかだった。
そして僕は魔女と共に生きる王になることを選んだ。
肉体の交換を繰り返し何千年も生きる人間がいれば、端から見れば確かにそれは魔女だろう。
だが、体を捨てると言っても妹は別の体に憑依できるわけではない。妹は捨てる体と共に死を迎えることになる。
オリジナルの死を知らないバックアップが雪さんの体で目覚めたように、今の妹の死を知らない次の妹が別の体で目覚めるだけだ。最新の妹は死を知らずに生き、型落ちの妹は肉体と共に滅びる。バックアップを作ることは決して生き続けることではないということを、妹はちゃんと理解しているのだろうか。
妹のオリジナルは僕の目の前で死んだ。彼女は雪さんの体にバックアップを用意していたが、その死の間際になってようやく死は決して救済などではないことに気付き、自分がこれから死ぬことを恐怖し涙した。
人格や記憶の移行自体は、実は十五年ほど前に「この世界では」すでに確立されていた。
通話中の携帯電話が発する電磁波を利用し、多重人格者の別人格をデジタルデータに変換し転送するプログラムを作ったハッカーがいたらしい。シノバズというハッカーネームを持つ日本人という噂だが、真偽は不明だ。
そのプログラムは、当初はガラケー用のアプリとして作られたため、当時の携帯電話やSDカード容量では、別人格はせいぜいひとりかふたり分を転送するだけで精一杯だった。そのため、さらにパソコンに転送し管理しなければいけなかった。別人格たちにはCGで作られた体と生活するためのバーチャル空間を与えられたという。
これにより、本来不可能であった主人格と別人格の対話が可能となり、モニター越しではあるが家族として生きることが可能となった。
別人格が産まれる原因となった虐待などの記憶を別の場所に移すプログラムも同時に開発されており、投薬に頼らない画期的な治療法として多くの医療機関がこれを採用した。
現在は大容量のスマートフォンやmicroSDカードが普及しているため、パソコンを必要としないアプリが発表されているという。
そのハッカーは間違いなく天才だった。
だが、多重人格の友人のためにその技術を開発したという経緯があり、あくまで治療としての技術にこだわったため、技術的には可能であったものの作らなかったプログラムがあった。
他人の脳に主人格や別人格や記憶を転送するプログラムだ。
僕の妹もまた天才だった。
自らの脳の演算機能だけで、全く異なるアプローチからコンピュータを一切使うことなく、その技術を生み出してしまった。
なぜそんなものを作ったかと問われれば妹は作れたから作ったと答えるだろう。それが人道的であるかとか正しい行いかそうではないかとか善か悪かといったことは妹には興味がないからだ。
一体どちらが天才なのかは、人類のこれまでの歴史に登場した偉大な発明家の人生を知ればわかる。妹だ。
妹は自分のオリジナルについて僕に訊くことはなかった。彼女にとっては自分こそがオリジナルという認識なのだろう。だからオリジナルが今どこにいて何をしているか、生きているのか死んでいるかさえ興味がないのだ。やがて妹もオリジナルと同じ道を辿るのだろう。次の妹も、その次の妹も。
僕に出来ることは、妹が新たなバックアップを作る前に殺すか、妹と共に魔女と王として気が遠くなるほどの時間を過ごすかのどちらかだった。
そして僕は魔女と共に生きる王になることを選んだ。
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