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#38(#07b13)

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僕は雪さんのための作業を小一時間ほどで終わらせると、彼女たちと入れ替わりに夕祐くんという名前らしい彼女たちの従兄弟の部屋を出た。
すでに僕の研究所は完成し、あとは夜子さんに昼子さんを呼び出させれば、すぐにでも作品作りを始められる状態が出来ていた。
あまりにも簡単に事が進みすぎていて、僕は実のところ少し拍子抜けしてしまっていた。
雪さんが新人YouTuberの粉雪姫としてゲーム実況の配信を試し始め、そのすぐ後ろで画面に映らないように夜子さんが見守る様子を、僕は別の部屋にあったベッドに横になりながらスマホで眺めていた。
いくら始めたばかりとはいえ、お世辞にも面白いとは言い難い内容の配信だった。二世代も前のゲーム機でただただ古いドラクエをプレイしているだけだった。配信の内容以外のところで人気を獲得するしかないだろう。
雪さんは、夜子さんや昼子さんもだが、童顔でオタク受けしそうな顔や声をしていた。僕の妹や加藤さん、それから大塚さんも系統としては同じだった。だから、露出高めの服を着るかアニメやゲームのコスプレか、セーラー服やメイド服を着るなどすれば、人気が出ることがもしかしたらあるかもしれない。雪さんどころか、同じ顔と声を持つふたりの姉を含めデジタルタトゥーになることは確実だけれど、配信で食べていくというのならそれくらいするべきだろう。彼女がこれから身を置くのは再生数が何よりも優先される世界だからだ。利用規約に違反しない範囲で出来ることはすべてやるべきだ。
あまりにつまらなかったし暇で仕方がなかったから、僕は使う予定のなかった防音シートをその部屋の壁に並べて貼り始めていた。貼りながら、その部屋を僕と夜子さんが今後夜を共にする部屋にしようと思った。考えてみれば、雪さんの実況部屋がいくら防音対策されていても、彼女がトイレなどの理由で部屋から出てしまったら、彼女は僕たちの関係に一瞬で気づいてしまうからだ。
防音シートは四八枚入りのセットだったが意外に安かった。流行り(?)の中国産ネット通販アプリで買ったからということもあり、防音性能については全く信用していなかった。
アプリを入れただけでスマホから個人情報を抜かれるとか、安かろう悪かろうを見事に体現した粗悪品が送られてくるとか、Nintendo Switchを買ったらNintendoのロゴが入った電気スイッチカバーが送られてきたとか、リビング用のソファーを注文したら、美少女フィギュアにぴったりのサイズのものが送られてきたとか、とにかく話題に事欠かないアプリだ。

「訊いていいことなのかどうかわからないんだけど、雪さんはどうしてあんなに男性恐怖症になっちゃったの?」
その夜、僕は夜子さんを抱いた後、ふと疑問に思って彼女に訊ねた。
「わたしを抱いた後に、雪の話?」
夜子さんは一瞬不機嫌そうな顔をし、僕はしまったとすぐに思ったが、別に彼女は特に怒ったりはしていなかった。
真剣な表情で、それがわからないの、と彼女は僕に言った。
雪さんは十歳くらいの頃から男性恐怖症をはじめ、先端恐怖症に集合体恐怖症など、恐怖症と名のつくものは大抵当てはまるようになったのだという。
「それって、この世の中の大体のものが怖いってことなのかな」
とても行きづらいだろうと思った。
「よくわからないけど、何かに怯えてる時、あの子が必ず口にする言葉があるの」

ーー非常階段、承認、マシンガン、龍のアギト、39、摩天楼、深淵、ヨモツヘグリ、極寒、ペルセポネ、59、正則行列、冷血、防波堤、レキシ、20、黒の匣、向日葵、ピノア、21、オルフィレウス、安全柵、アリステラ。

夜子さんは僕の耳元で、二三の言葉や数字を囁いた。
「え、何それ、こわい」
それは誰かを洗脳する言葉のようでもあり、どこかへ行くための合言葉のようでもあった。
彼女は僕をただ抱きしめ、
「非常階段、承認、マシンガン、龍のアギト、39、摩天楼、深淵、ヨモツヘグリ、極寒、ペルセポネ、59、正則行列、冷血、防波堤、レキシ、20、黒の匣、向日葵、ピノア、21、オルフィレウス、安全柵、アリステラ」
もう一度、僕に同じ二三の言葉や数字を聞かせた。
「弘幸さんもきっと覚えてるはずだよ。十年前に聞いたことがあると思う」
彼女の言う通りだった。

それはかつて僕の妹が、実験場でこどもたちに聞かせたものだった。不思議と耳に残るその言葉や数字は、二、三度聞いただけで聞かされた者もすぐに暗唱できるようになる。
だが、警察や検事、裁判の関係者と加害者家族しか知らないはずの言葉を、どうして彼女は知っているのだろうか。
「夏目メイさんが、あの子を殺そうとしたときに囁いた言葉だよ」
妹には、ひとりだけ殺せなかった女の子がいたことを僕は思い出した。実験場に連れていこうとしたが、その子を探しに来たふたりの姉が声をかけ、難を逃れた。その女の子が雪さんだったということだろう。
小島三姉妹はあの頃僕や妹の家の近所に住んでいたのだ。


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