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#30(#07b5)

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妹は冷凍庫から大好物だったパピコを取り出し、慣れた手つきで二つに割ると一つを僕に向け、あの頃と変わらない笑顔で「食べる?」と訊いた。その顔は猟奇犯罪者のものにはとても見えなかった。同じ笑顔だからこそ、妹が反省も後悔も更正もしていないことが僕にはすぐにわかった。
僕は「あぁ」としか言葉が出てこず、手を伸ばしてパピコを受け取った。
「医療少年院では食べさせてもらえなかったから、ずっと我慢してたんだ。出所したらすぐに食べたかったけど、食べるならお兄ちゃんといっしょじゃなきゃやだなって」
妹はパピコを口に加えたまま、鞄から封筒を取り出した。
「だから来ちゃった」
僕が医療少年院にいた妹に出した手紙だ。僕の住所を見て訪ねてきたということだろう。封は切られていなかった。僕の手紙など読む価値もないということだろうか。いや、この妹なら読まずとも手紙の内容くらい分かるのかもしれない。
「早く食べないと溶けちゃうよ。いらないなら、わたしが食べるけど」
妹は決して笑顔を絶やすことはなかったが、語気が少しずつ強くなっていた。不機嫌な理由はわかっていた。加藤さんだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがわたしのこと大好きだったのは知ってるけど、そこにいる、わたしによく似た女、誰?」
加藤さんは部屋のドアの前でずっと恍惚とした表情を浮かべたままだった。こんな絵画を美術の授業の教科書か資料集で見たことがあった。加藤さんは今、目の前に神や天使、聖母が舞い降りた敬虔な信者そのものだった。
「なーんだ、ネットに腐るほどいるっていう、わたしの信奉者の子?わたしのことよく知りもしないくせに、勝手に神格化して、わたしみたいになりたいとか思ってるんでしょ?でもどうやったらわたしみたいになれるかわからないから、とりあえず服やメイクを真似したんだ?馬鹿みたい」
妹の声が聞こえているのかいないのか、加藤さんはまるで彼女だけ時間が止まってしまったかのように、ずっと固まったままだった。
「お兄ちゃんの彼女……じゃないよね? お兄ちゃんは昔からずっとわたししか見てなかったもんね」
妹は鞄をひっくり返し、僕が送り続けた何十何百という手紙をテーブルにぶちまけた。
「ちょっと見た目が私に似てるからって、ちょっとわたしがそばにいなかったからって、そんな偽物、お兄ちゃんが選ぶわけないよね?」
僕の手の中でパピコが溶けはじめていた。
「その女、殺してもいいよね?それとも、お兄ちゃんが殺す?」
いいよ、どっちでも、と妹は言った。
「前みたいに、ふたりでしてたことだけど、全部わたしがやったことにしてあげるし」
また離ればなれになっちゃうのは寂しいけど、妹はそう言い、僕にカッターナイフを差し出した。

僕は嘲ル者の仕事を始めるずっと前から人の死を笑い続けてきた。
最初に笑ったのは小学校に入ったばかりの時だ。
実家の隣にカズタカという子どもが住んでいた。僕より二つか三つ年上で、泳ぐのが得意な子どもだった。小学校の夏休みのプール解放で、毎日のように泳げない僕を一緒に行こうと誘いにきては、プールに入った途端、僕の足の届かない場所に無理矢理連れていき、僕が溺れるのを見て楽しむような、どこの学校にもいるクソガキだった。僕が少し泳げるようになると、今度は力ずくで僕を溺れさせようとした。
妹が小学生になる頃には、僕は随分と泳ぎがうまくなっていた。運動神経の良い妹はぼくと同じかそれ以上泳げた。
僕たちは高学年になっても馬鹿丸出しで相変わらず家にやってきたカズタカの誘いを断り、その日はプールには行かないふりをした。
専業主婦だった母と中学生の姉がふたりでスーパーに買い物に出掛けるように仕向けると、僕たちは自転車をニ人乗りして学校に向かい、監視員を務める教師たちにも気付かれないよう二人ともゴーグルをつけてプールに入った。妹はスクール水着の中にフェイスタオルを忍ばせていた。
カズタカの居場所を確認すると、僕たちはプールの底の方まで潜って、彼に近づいていった。僕が両手で彼の両足を引っ張り、妹はプールの水をたっぷり含んだフェイスタオルで鼻と口を塞ぎ、彼を溺れさせた。その後は交代で息継ぎのために顔を水面に出しては、十五分以上かけて彼が蘇生不可能になるまで鼻と口を塞ぎ続けた。
カズタカの死体が浮かび上がり、教師たちや生徒たちが騒然とする中、僕たちはひっそりとプールを出て、素早く着替えて家に帰った。
「やったね、お兄ちゃん」
「やったな、メイ」
僕たちは人を殺した帰り道に、成功の喜びを噛み締めながら、カズタカの死を笑った。



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