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#28(#07b3)
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「冗談ですよ?」
加藤さんは小悪魔のような顔をして笑い、結局僕が住むアパートまでついてきた。
「別についてきても構わないけど、妹の居場所なんて知らないよ。加藤さんから聞いて、出所してたことを今日初めて知ったくらいなんだから」
それは本当のことだった。医療少年院に何度も手紙を送ったが、妹から返事が来たことはなかった。弁護士が僕の養父母に出所日くらいは伝えたかもしれないが、ふたりからも僕に連絡は来ていない。僕には妹が本当に出所したのかどうかすらわからないのだ。
ただのネットの噂ではなく事実だとしたら、養父母はどうしただろうか。母と姉はもうこの世にはいない。父はどこにいるのか、生きているのかすらわからない。妹の保護者にあたるのは、僕の養父母だけだ。しぶしぶ迎えに行ったのかもしれないが、ふたりが妹と暮らしているなんてことは考えられないことだった。衣食住のこともあり、すべて保護司に任せるわけにもいかないだろうから、目の届く範囲の場所に住まわせているのだろうか。
「先輩はそうかもしれませんが、メイさんの方から訪ねてくるんじゃないですか?」
僕が送った手紙には確かに住所を記してはいた。だが、妹が僕を訪ねてくるときは、僕を殺しにやってくるとき以外には考えられなかった。
「絶対にメイさんは来ます。それまでは毎日でも先輩のところに通わせてもらいますからね」
どうしたら加藤さんは諦めてくれるのだろう。弁護士か養父母に妹の居場所を聞けばいいのだろうか。
僕を殺したい妹と、妹を殺したい加藤さんを引き合わせるわけにはいかなかった。僕が加藤さんを殺してしまいかねない。
僕の母校はA学院大学だが、同じ徒歩圏内にはN外国語大学やN学芸大学がある。そのため、僕が住むアパートの周辺には学生向けのアパートやマンションはいくらでもあったが、彼女を騙し切る自信は僕にはなかった。僕がついた嘘で無関係の人々に迷惑をかけることだけはどうしても避けたかった。
僕は無駄な抵抗をすることを諦め、素直に加藤さんを部屋に上げることにした。
大学前のバス停から僕のアパートまでは歩いて五分もかからない。
横断歩道を渡った先にあるコンビニで、僕たちは買い物をしてから家に帰ることにした。女の子とふたりでコンビニに入るのは、妹の逮捕以来十年ぶりのことだった。
僕の実家は車がなければ移動が不便なほど田舎で、最寄りのコンビニまで徒歩一時間弱かかった。週刊少年漫画雑誌を買いたくて自転車でコンビニに行こうとすると、妹は必ずついてくると言った。荷台に座らせ二人乗りで出かけるのが僕たちの毎週月曜の恒例行事だった。
買い物カゴに次々とお菓子やジュースを入れていく加藤さんは、妹と同じも服を着ているからか、妹にとてもよく似ているように見えた。特に後ろ姿は妹そのもので、思わず口から妹の名前が零れてしまった。加藤さんには聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしているのかはわからなかった。
僕はこれまで彼女の喪服姿や髪を下ろしたところしか見たことがなかった。だから気付かなかったのだが、長い黒髪は妹がしていたツインテールを再現するためのものだったようだ。大学生らしい大人びたメイクを落とし、中学生がするようなメイクをした加藤さんの姿は、本当に妹が目の前にいるようだった。
妹は身内の贔屓目なしに所謂美少女というやつだった。小学校の修学旅行で東京に行ったときには様々な芸能事務所の人たちからスカウトされ、何枚も名刺をもらって帰ってくるという、芸能人のデビューのきっかけのようなエピソードを持っていた。
犯罪者を神格化し信奉する犯罪予備軍は少なくないが、神格化される犯罪者は犯罪の規模と猟奇さ、それから動機の不明確さが求められるように思う。
スクランブル交差点で無差別通り魔殺人をしても、動機が死刑になりたかったからでは神格化はされない。放火によって何十人もの命を奪っても、勘違いと思い込みによる逆恨みでは信奉者が生まれることは決してない。ネットの玩具にされるのが関の山だろう。
妹は小学生の頃から学業・スポーツ共に優秀なだけでなく、美術や音楽の才能もあり、生徒会で副会長を務めたりもしていた。スクールカーストのトップに常にいながら、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力も持っていた。
きっと妹と同じ学校に通う男子たちの中には、初恋の相手が僕の妹だったという者も少なくなかったことだろう。
そんな僕の自慢の妹は、近所に住む幼い子どもたちを何人も殺した猟奇犯罪者だった。
犯罪の規模と猟奇さ、動機の不明瞭さに加え、さらに年齢や見た目が神格化の条件になるのだろう。僕の妹は、十三歳の中学生で美少女だったからこそ、神格化され加藤さんのような信奉者が生まれたのだ。
大学生に対して使う言葉かどうかは甚だ疑問だが、加藤さんも美少女だった。だが、僕の妹を超えたいと言う彼女が考える犯罪ではおそらく神にはなれない。彼女がしようとしていることは、八百万いる神の一柱を殺すことに過ぎずオリジナリティが欠けていた。
加藤さんは小悪魔のような顔をして笑い、結局僕が住むアパートまでついてきた。
「別についてきても構わないけど、妹の居場所なんて知らないよ。加藤さんから聞いて、出所してたことを今日初めて知ったくらいなんだから」
それは本当のことだった。医療少年院に何度も手紙を送ったが、妹から返事が来たことはなかった。弁護士が僕の養父母に出所日くらいは伝えたかもしれないが、ふたりからも僕に連絡は来ていない。僕には妹が本当に出所したのかどうかすらわからないのだ。
ただのネットの噂ではなく事実だとしたら、養父母はどうしただろうか。母と姉はもうこの世にはいない。父はどこにいるのか、生きているのかすらわからない。妹の保護者にあたるのは、僕の養父母だけだ。しぶしぶ迎えに行ったのかもしれないが、ふたりが妹と暮らしているなんてことは考えられないことだった。衣食住のこともあり、すべて保護司に任せるわけにもいかないだろうから、目の届く範囲の場所に住まわせているのだろうか。
「先輩はそうかもしれませんが、メイさんの方から訪ねてくるんじゃないですか?」
僕が送った手紙には確かに住所を記してはいた。だが、妹が僕を訪ねてくるときは、僕を殺しにやってくるとき以外には考えられなかった。
「絶対にメイさんは来ます。それまでは毎日でも先輩のところに通わせてもらいますからね」
どうしたら加藤さんは諦めてくれるのだろう。弁護士か養父母に妹の居場所を聞けばいいのだろうか。
僕を殺したい妹と、妹を殺したい加藤さんを引き合わせるわけにはいかなかった。僕が加藤さんを殺してしまいかねない。
僕の母校はA学院大学だが、同じ徒歩圏内にはN外国語大学やN学芸大学がある。そのため、僕が住むアパートの周辺には学生向けのアパートやマンションはいくらでもあったが、彼女を騙し切る自信は僕にはなかった。僕がついた嘘で無関係の人々に迷惑をかけることだけはどうしても避けたかった。
僕は無駄な抵抗をすることを諦め、素直に加藤さんを部屋に上げることにした。
大学前のバス停から僕のアパートまでは歩いて五分もかからない。
横断歩道を渡った先にあるコンビニで、僕たちは買い物をしてから家に帰ることにした。女の子とふたりでコンビニに入るのは、妹の逮捕以来十年ぶりのことだった。
僕の実家は車がなければ移動が不便なほど田舎で、最寄りのコンビニまで徒歩一時間弱かかった。週刊少年漫画雑誌を買いたくて自転車でコンビニに行こうとすると、妹は必ずついてくると言った。荷台に座らせ二人乗りで出かけるのが僕たちの毎週月曜の恒例行事だった。
買い物カゴに次々とお菓子やジュースを入れていく加藤さんは、妹と同じも服を着ているからか、妹にとてもよく似ているように見えた。特に後ろ姿は妹そのもので、思わず口から妹の名前が零れてしまった。加藤さんには聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしているのかはわからなかった。
僕はこれまで彼女の喪服姿や髪を下ろしたところしか見たことがなかった。だから気付かなかったのだが、長い黒髪は妹がしていたツインテールを再現するためのものだったようだ。大学生らしい大人びたメイクを落とし、中学生がするようなメイクをした加藤さんの姿は、本当に妹が目の前にいるようだった。
妹は身内の贔屓目なしに所謂美少女というやつだった。小学校の修学旅行で東京に行ったときには様々な芸能事務所の人たちからスカウトされ、何枚も名刺をもらって帰ってくるという、芸能人のデビューのきっかけのようなエピソードを持っていた。
犯罪者を神格化し信奉する犯罪予備軍は少なくないが、神格化される犯罪者は犯罪の規模と猟奇さ、それから動機の不明確さが求められるように思う。
スクランブル交差点で無差別通り魔殺人をしても、動機が死刑になりたかったからでは神格化はされない。放火によって何十人もの命を奪っても、勘違いと思い込みによる逆恨みでは信奉者が生まれることは決してない。ネットの玩具にされるのが関の山だろう。
妹は小学生の頃から学業・スポーツ共に優秀なだけでなく、美術や音楽の才能もあり、生徒会で副会長を務めたりもしていた。スクールカーストのトップに常にいながら、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力も持っていた。
きっと妹と同じ学校に通う男子たちの中には、初恋の相手が僕の妹だったという者も少なくなかったことだろう。
そんな僕の自慢の妹は、近所に住む幼い子どもたちを何人も殺した猟奇犯罪者だった。
犯罪の規模と猟奇さ、動機の不明瞭さに加え、さらに年齢や見た目が神格化の条件になるのだろう。僕の妹は、十三歳の中学生で美少女だったからこそ、神格化され加藤さんのような信奉者が生まれたのだ。
大学生に対して使う言葉かどうかは甚だ疑問だが、加藤さんも美少女だった。だが、僕の妹を超えたいと言う彼女が考える犯罪ではおそらく神にはなれない。彼女がしようとしていることは、八百万いる神の一柱を殺すことに過ぎずオリジナリティが欠けていた。
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