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自称異世界のドワーフのストーカーは、県警の留置場から弁護士を通じて嘲ル者を依頼してきたらしい。
被害者を本当にエルフだと信じ込んでいようが、本当はアルビノであることを知っていようが、依頼人がしたことは紛れもなく人殺しだった。人殺しが自分が殺した相手の死を笑うようわざわざ留置場から弁護士を通じて依頼してくるなんて、僕は初めて経験する仕事だった。
いくら仕事とはいえ、とても女性の死を笑う気にはならなかった。仕事と割りきり笑おうとはしてみたが、うまく笑えなかった。
現場には僕以外にふたり嘲ル者がいると聞いていた。だからそのふたりに僕は仕事を丸投げすることにした。だが、そのふたりの笑い声も聞こえなかった。きっと僕と同じで笑えなかったのだ。弁護士から本社にクレームが行くかもしれない。クーリングオフされ、歩合制の僕たちに給料は支払われないかもしれない。だけどそれでも良かった。
僕がそんなことを考えていると、ふたりの女性の甲高い笑い声が葬儀場に響いた。ふたりともピンクの衣装を着て写真をやたらと撮りたがる芸人夫婦の妻の方の笑い方によく似ていた。僕と違い、感情に流されず仕事を全うする彼女たちは紛れもなくプロの嘲ル者だった。僕も見習わなければならない。
その現場での仕事についてはそんなところだ。
やはり書き記すべきではなかったかもしれない。大事なのは、その現場に来ていた僕以外のふたりのスタッフについてだったからだ。
葬儀が終わった後、僕はその葬儀場で辞めたはずの小島さんにそっくりの人物を見かけた。
似ているというレベルではなく、全く同じ顔をしていた。
辞めたはずの小島さんが現場にいるはずがなかった。彼女はわざわざ退職代行業者を使ってまで会社をやめたのだ。会社の人間と顔を合わせたり電話で声を聞いたりするのを避けるためだ。
世の中のすべての通夜や葬儀に嘲ル者がいるわけではないし、むしろ嘲ル者がいるケースの方が稀だが、やめた会社の人間と出会う可能性のある場所に顔を出すものだろうか。たまたま、亡くなった女性の親戚か知り合いだったのだろうか。そんな偶然があるだろうか。僕はひどく混乱した。
彼女は双子だったのかもしれないと思い、ちらちらと不審者のように見ていると、もうひとり同じ顔をした女の子が隣に座り、ふたりはひそひそと話を始めた。
彼女と同じ顔を持つ人物が同じ現場に同時に二人存在していた。
ひそひそと話していた二人のうちのひとりが僕を見つけ、驚いた顔をした。
もうひとりに教え、ふたりは席を立つと、僕の方に向かって歩いてきた。
「「佐野さん、お久しぶりです」」
ふたりは声を揃えて話しかけてきた。小島さんと同じ声だった。
「「その節は妹がご迷惑をおかけしました」」
ふたりが言う妹とは小島さんのことだろう。そうとしか考えられなかった。
「わたしは小島夜子といいます」
「わたしは小島昼子です」
「「わたしたち、一卵性の三つ子なんです」」
二人とも僕と同じように嘲ル者であることを示す小さな刺繍が施された喪服を着ていた。僕以外にふたりこの現場にいるというスタッフは彼女たちのことだった。
夜子と名乗った女の子は、
「実は妹の雪は初日でギブアップしてしまいまして、二日目にお世話になったのはわたしなんです」
と、僕に衝撃の事実を告げ、
「じゃあ、三日目は……」
「三日目はわたしです」
昼子と名乗った女の子が予想通りの答えをくれた。
二人の妹の雪さんは、初日の仕事を終えて帰宅すると、早々にギブアップを宣言したらしかった。無理もない話だった。指導係の僕とまともなコミュニケーションも取れず、仕事である死者を笑うこともできず、挙げ句の果てに死者の妻が発狂し、娘の女子高生が自分の首を切って自殺する瞬間を見たのだ。あの現場は、初日に経験するにはあまりに凄惨すぎた。
アプリを使ってうまく人の死を笑う方法を訊いてきたのは夜子さんだったという。一日ずつ代わりに仕事をするだけのつもりだったが、拘束時間に対する日給の良さを知り、フリーターだった彼女たちはふたりとも嘲ル者と掛け持ちをすることにしたのだという。
三日連続で顔を合わせたあの仕事で、僕は二日目と三日目の小島さんを一日目とは別人のように感じていた。僕のアドバイスのおかげで成長してくれたのだと考えていたが、よくよく考えればおかしな話だった。極度の男性恐怖症まで治っていたからだ。
「妹がやめたのは佐野さんが原因ではないことは一応お伝えしておこうと思いまして」
ふたりの区別がつかないが、たぶん夜子さんがそう言い、
「でも、お菓子でうちの妹を手懐けようとしたのはどうかと思いますよ?」
昼子さんは言った。
「「女の子を舐めすぎです」」
社長である先輩からの助言だったとは、口が裂けても言えなかった。だから僕は素直にふたりに謝罪することにした。
夜子さんと昼子さんとはそれから何度か現場が一緒になったが、秋が終わり冬を迎える頃には現場で会うことがなくなった。
たまたま同じ現場にならないだけなのか、辞めてしまったのかはわからない。スタッフの入れ替りが元々激しい仕事だ。ふたりが辞めてしまったとしてもよくあることだった。
被害者を本当にエルフだと信じ込んでいようが、本当はアルビノであることを知っていようが、依頼人がしたことは紛れもなく人殺しだった。人殺しが自分が殺した相手の死を笑うようわざわざ留置場から弁護士を通じて依頼してくるなんて、僕は初めて経験する仕事だった。
いくら仕事とはいえ、とても女性の死を笑う気にはならなかった。仕事と割りきり笑おうとはしてみたが、うまく笑えなかった。
現場には僕以外にふたり嘲ル者がいると聞いていた。だからそのふたりに僕は仕事を丸投げすることにした。だが、そのふたりの笑い声も聞こえなかった。きっと僕と同じで笑えなかったのだ。弁護士から本社にクレームが行くかもしれない。クーリングオフされ、歩合制の僕たちに給料は支払われないかもしれない。だけどそれでも良かった。
僕がそんなことを考えていると、ふたりの女性の甲高い笑い声が葬儀場に響いた。ふたりともピンクの衣装を着て写真をやたらと撮りたがる芸人夫婦の妻の方の笑い方によく似ていた。僕と違い、感情に流されず仕事を全うする彼女たちは紛れもなくプロの嘲ル者だった。僕も見習わなければならない。
その現場での仕事についてはそんなところだ。
やはり書き記すべきではなかったかもしれない。大事なのは、その現場に来ていた僕以外のふたりのスタッフについてだったからだ。
葬儀が終わった後、僕はその葬儀場で辞めたはずの小島さんにそっくりの人物を見かけた。
似ているというレベルではなく、全く同じ顔をしていた。
辞めたはずの小島さんが現場にいるはずがなかった。彼女はわざわざ退職代行業者を使ってまで会社をやめたのだ。会社の人間と顔を合わせたり電話で声を聞いたりするのを避けるためだ。
世の中のすべての通夜や葬儀に嘲ル者がいるわけではないし、むしろ嘲ル者がいるケースの方が稀だが、やめた会社の人間と出会う可能性のある場所に顔を出すものだろうか。たまたま、亡くなった女性の親戚か知り合いだったのだろうか。そんな偶然があるだろうか。僕はひどく混乱した。
彼女は双子だったのかもしれないと思い、ちらちらと不審者のように見ていると、もうひとり同じ顔をした女の子が隣に座り、ふたりはひそひそと話を始めた。
彼女と同じ顔を持つ人物が同じ現場に同時に二人存在していた。
ひそひそと話していた二人のうちのひとりが僕を見つけ、驚いた顔をした。
もうひとりに教え、ふたりは席を立つと、僕の方に向かって歩いてきた。
「「佐野さん、お久しぶりです」」
ふたりは声を揃えて話しかけてきた。小島さんと同じ声だった。
「「その節は妹がご迷惑をおかけしました」」
ふたりが言う妹とは小島さんのことだろう。そうとしか考えられなかった。
「わたしは小島夜子といいます」
「わたしは小島昼子です」
「「わたしたち、一卵性の三つ子なんです」」
二人とも僕と同じように嘲ル者であることを示す小さな刺繍が施された喪服を着ていた。僕以外にふたりこの現場にいるというスタッフは彼女たちのことだった。
夜子と名乗った女の子は、
「実は妹の雪は初日でギブアップしてしまいまして、二日目にお世話になったのはわたしなんです」
と、僕に衝撃の事実を告げ、
「じゃあ、三日目は……」
「三日目はわたしです」
昼子と名乗った女の子が予想通りの答えをくれた。
二人の妹の雪さんは、初日の仕事を終えて帰宅すると、早々にギブアップを宣言したらしかった。無理もない話だった。指導係の僕とまともなコミュニケーションも取れず、仕事である死者を笑うこともできず、挙げ句の果てに死者の妻が発狂し、娘の女子高生が自分の首を切って自殺する瞬間を見たのだ。あの現場は、初日に経験するにはあまりに凄惨すぎた。
アプリを使ってうまく人の死を笑う方法を訊いてきたのは夜子さんだったという。一日ずつ代わりに仕事をするだけのつもりだったが、拘束時間に対する日給の良さを知り、フリーターだった彼女たちはふたりとも嘲ル者と掛け持ちをすることにしたのだという。
三日連続で顔を合わせたあの仕事で、僕は二日目と三日目の小島さんを一日目とは別人のように感じていた。僕のアドバイスのおかげで成長してくれたのだと考えていたが、よくよく考えればおかしな話だった。極度の男性恐怖症まで治っていたからだ。
「妹がやめたのは佐野さんが原因ではないことは一応お伝えしておこうと思いまして」
ふたりの区別がつかないが、たぶん夜子さんがそう言い、
「でも、お菓子でうちの妹を手懐けようとしたのはどうかと思いますよ?」
昼子さんは言った。
「「女の子を舐めすぎです」」
社長である先輩からの助言だったとは、口が裂けても言えなかった。だから僕は素直にふたりに謝罪することにした。
夜子さんと昼子さんとはそれから何度か現場が一緒になったが、秋が終わり冬を迎える頃には現場で会うことがなくなった。
たまたま同じ現場にならないだけなのか、辞めてしまったのかはわからない。スタッフの入れ替りが元々激しい仕事だ。ふたりが辞めてしまったとしてもよくあることだった。
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