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第30話 ランスの竜騎士 ①

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 ドラゴンがその四本の脚を地につけると、竜騎士はその背中から飛び降りた。
 たったそれだけのことであったが、その華麗とも言える所作にレンジには見とれた。

 そして、もうひとりその背に乗っていた美しくも儚げな女性の手をとり、地面へとエスコートした。

 それは、レンジが生まれたリバーステラの極東の島国で、欧米に行ったことがある女性が、日本の男性に欠けているとよく言う大変紳士的な仕草だった。
 彼の場合は、ただ紳士的なだけではなく、その女性をまるで大切な宝物のように扱うような、そんな風に見えた。

 宝物と言っても、もちろん宝石や絵画のようなものではなく、その女性が彼にとってかけがえのない存在であるのだろう、という意味だ。
 レンジにはそう見えた。

 レンジは、この世界に来るまでは、ステラに出会うまでは、テレビなどでそんな話を見聞きするたびに、国民性が違うのだから仕方がないことなのに何を言っているんだろうと思っていた。
 そんな風に思うのなら、日本にいつまでも住んで、たらたらと不平不満を言わず、そういう男たちがたくさんいる国に移住すればいいと。
 国民性を変えるということは、国を変えるということだ。
 そんなことは100年単位の時間をかけなければ難しい。
 他国に移住し、その国に帰化するだけで望む世界が手に入り、それで幸せになれるのなら、さっさとそうすべきだと思っていた。
 自分から動かなければ世界など変わらないのだから。

 しかし、レンジは恋というものを知ってしまった。
 ステラの横顔をちらりと見て、自分も見習わなければ、と思った。

 大切にすると言っても、時の精霊がピノアを溺愛し甘やかすようにではなく、目の前の紳士のように。
 きっとステラはすごく恥ずかしがると思うから、時の精霊のように彼女を溺愛して甘やかしてみたいという気持ちもあったけれど。おそらくそれは自分も、いや自分の方が恥ずかしくてたまらないだろう。


 ステラは、空から飛来してくるドラゴンにまたがる紳士を見て「ランスの竜騎士」と呼んだが、その騎士は鎧や兜、盾などを身につけてはおらず、槍や剣などといった武器も何一つ持ってはいなかった。

 同行していた女性もまた同じで、おそらくはふたりとも良い家柄の生まれなのだろう、仕立てのいい洋服を着ていた。
 ふたりとも、年はおそらくレンジたちより5つほど上だろう。


「君が、異世界からの来訪者?」

 彼はレンジにそう尋ねた。

「で、そちらのお嬢さんたちがエウロペの巫女さんたちかな?
 あれ? でも、来訪者につく巫女はひとりじゃなかったっけ?」

 ま、いっか、と彼は笑って、

「ぼくは、ランスの竜騎士ニーズヘッグ・ファフニール」

 と、名乗った。そして、

「彼女はぼくの婚約者、アルマ・ステュム・パーリデ」

 隣にいた女性を紹介し、アルマという名らしいその女性は、レンジたちに会釈をした。
 ふたりとも、やはり着ている服だけでなく、その所作から育ちの良さがわかった。

「そして、彼がぼくの相棒のケツァルコアトル」

 彼はドラゴンのこともレンジたちに紹介してくれた。


 レンジは竜騎士という存在をテレビゲームでしか知らなかった。
 彼が遊んだことのあるゲームの中の竜騎士は、ドラゴンにはまたがっておらず、ジャンプという技で自ら空高く舞い上がり、次のターンに落下してきて敵に攻撃をする、そんな騎士だった。竜騎士がジャンプしている間によく戦闘が終わっていた。
 それから、かっこいいし、基本的にはいい奴なのだけれど、嫉妬や劣等感といった負の心を敵の親玉につけこまれて操られ、何度も主人公を裏切る、そんなイメージしかなかった。

 だから、竜騎士は本当に竜にまたがるんだな、とレンジは思った。

 きっと目の前の竜騎士にとって、そのドラゴンはただの乗り物ではなく、ベクトルは違えどアルマという女性と同じくらいに大切な存在なのだろう。

 レンジも彼を見習って、自分の名前とステラとピノアを紹介した。

 そして、

「どうしてぼくたちが、リバーステラからの来訪者と巫女だとわかったんですか?」

 と、聞いた。


「オロバスちゃんが『いい感じの乗り物が今こっちに向かってて、もうすぐ来る』って言ってたけど、それってそこのケツアゴなんとかってドラゴンのことで、」

「ケツァルコアトルだ」

 ドラゴンは、ピノアの言葉を遮り、ぎろりと彼女をにらみつけた。

「うん、覚えた。ケツアゴトルトルだね」

 ドラゴンは諦めたようにため息をつき、

「ドラゴンである我をつかまえて、『いい感じの乗り物』などとほざいたそのオロバスというのは何者だ?」

 と、殺意すら感じるほどの怒りを隠そうともせず、ピノアを問い詰めた。


「ドラゴンなのに知らないの? オロバスちゃんのこと。時の精霊だよ」

「……時の精霊か……ならばしかたないな……」

 諦めるの早いな、とレンジは思った。

「時の精霊に認められた汝が、我をケツアゴトルトルと呼ぶというなら、我はそれを甘んじて受け入れよう……」

 このドラゴン、プライドとかないのかな、と思った。

 しかしよく見ると、歯を食いしばっているだけでなく、レンジの拳よりも大きな目にうっすらと涙をためていたので、相当悔しいんだろうなと思った。


「オロバスちゃんが、ケツアゴちゃんたちがもうすぐここに来るって言ってたってことは、ニーズヘッグさんやアルマさんは、わたしたちがここにいることを知っててケツアゴちゃんに乗ってきたってことだよね?」

 ケツァルコアトルはわなわなと震えていた。
 ケツアゴなんとかからケツアゴトルトルになり、さらにケツアゴちゃんと呼ばれたのだ。2回も。
 それだけではなく、ピノアはニーズヘッグやアルマの名前をちゃんと覚えていたから、わざと間違えていると気づいたのだろう。

 アルマという名らしいきれいな女性は、そんなケツアゴ……ケツァルコアトルを慰めるように、その頭を優しく撫でていた。

 ケツァルコアトルは、トカゲに似た長い顔と大きな口を持っており、よく見ると本当にケツアゴだった。

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