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勇者の先を常に往く者

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生まれ育った城下町から仲間達と旅に出て5年余り、僕たちはついに魔王の城にたどり着いた。
城の魔物たちは、おそらく魔王軍の中でも選りすぐりの精鋭たちばかりなのだろう。
戦いは一戦一戦がまさに死闘と呼ぶに相応しく、玉座の間の大きな扉の前にたどり着く頃には、僕たちは魔王を目の前にして体力も魔力もほとんど失い、満身創痍になっていた。

「勇者様、少し休みましょう。このままでは全滅です」

そう言ったのは、意外なことに武闘家だった。
武器に頼らず己れの身体を全身凶器に鍛え上げた男は、魔法を使うことこそできなかったが、力も体力も素早さもそのすべてが規格外だった。
僕たちの中で彼だけはまだ体力に余裕があるように見えた。
だからこそなのかもしれない。リーダーであり勇者である僕や、いつも状況判断にすぐれた魔法使いよりも、今は彼が一番状況を冷静に見ていた。

「確かに、このままでは全滅ですね。一度近くの街に戻って体勢を立て直しますか?」

僧侶の言葉に首を振ったのも武闘家だった。
僕は彼に、なぜだい? と尋ねた。

「どうやらこの城には、ネクロマンサーがかなり隠れているようですから」

彼は体術だけでなく、人体にある丹田やチャクラ、あるいは気、そういった生きる者の身体に備わる力の扱いに長けていた。
僕たちにはわからなかったが、彼にだけは禁忌の黒魔術を使う者たちの気配がわかるようだった。
彼曰く、ネクロマンサーからは生者の気配と死霊や悪霊の気配の両方がするからわかるのだという。

「つまり、私たちが必死に倒してきた魔物たちが、この帰り道には生ける屍にされ、兵として『再利用』されていると?」

魔法使いが問い、武闘家は頷いた。
僧侶は顔をしかめていた。神に遣える身である彼女には、たとえ魔物同士のことであっても、死者の尊厳を踏みにじるような行為は受け入れることができないのだろう。

退路は塞がれ、脱出魔法や転移魔法の類いを使うこともできないようだった。魔王は僕たちを逃がす気はないということだ。

「確かにこのまま魔王に立ち向かっても無駄死にするだけだ。今は体を休めよう」

僕たちは魔王の間を前にして、交代で仮眠を取ることにした。
魔物だらけの場所であったが、聖水を使って床に破魔の魔方陣を描き、その内側で体を休めることは、別に今回がはじめてのことではなかった。
魔方陣の中にいる限り、僕たちは魔方陣の外の魔物たちに認識されることはない。
僕もそうだが、僧侶と魔法使いは特に体力だけではなく魔力も回復してもらわなければならない。ふたりには先に休んでもらうことにし、念のため僕と武闘家は後で仮眠を取ることにした。
魔方陣の中では床に腰を下ろしているだけでも、仮眠ほどではないが体力や魔力が徐々に回復していく。そのため、ふたりが目覚めるころには僕たちは回復を終えている可能性もあった。

「勇者様、実は少し気になっていることがあるんですが……」

ふたりが完全に眠りに落ちた頃、武闘家が僕に言った。
僕は、やはり彼も気づいていたか、と思った。

「僕たち以外につい最近、この城を訪れた人間がいる、という話だよね」

城の中には、歴戦の戦士らしき男のまだ新しい死体があったのだ。死後数日といったところだった。
それだけではなく、商人や義賊、旅芸人と思われる死体もあった。場所はバラバラだったが、どの死体もやはり新しかった。
彼らは僕たちのように4人でパーティを組み行動を共にしていたに違いなかった。
それに、彼らの武器や防具は、伝説の武具と呼ばれているものではなかったものの、どれも一級品や一点物ばかりだった。それは彼らが一流の冒険者だという証拠だった。

「勇者様も気づいてらっしゃったんですね。
ですが、俺たちより先にこの城に人間が来ていたなんて、おかしくありませんか?」

その通りだった。
僕たちは、人間の中で初めて魔王の城に訪れた冒険者のはずだったからだ。

魔王の城はいくら一流の冒険者であっても、簡単にたどり着ける場所ではなかった。
その周囲にはドーム状のバリアが張られており、試したわけではないがそのバリアは人間が指先で触れるだけで全身が簡単に消し炭になるほど強力なものらしかった。精霊の使いを名乗る案内人からそう聞いていた。
そのバリアを形成しているのは、魔王軍の8つの軍団の団長格の身体に埋め込まれた魔結石。
魔結石は魔王の身体から産み出された石で、それを埋め込まれた者の心臓と一体化し、強力な力を与えるという。
8人の、いや8匹か? 軍団長の命を奪うことでしか魔結石は破壊できず、すべてを破壊しなければバリアを解くことはできない。
僕たちは最後の魔結石を破壊し、バリアが解かれた直後にこの城に侵入した。

だから、僕たちより前に、それもつい最近、この城に侵入することなど、どう考えても不可能なのだ。
穴を掘り、地下道のようなものを作って侵入したのではないかとも考えた。
だが、僕たちの旅をこれまで導いてきた精霊の使いは、バリアはドーム状に見えるが実際は球体であり、大地の下にも続いていると言っていた。
つまり、地下からの侵入も不可能ということだった。
彼らがバリアを一時的にでも無効化できるほどの力を持っていたならば、僕たちよりもはるかに強大な、桁違いの力を持っていたということになる。そんな彼らが城の中の魔物たちに敗れるなんてことは考えられなかった。

「よくよく考えたら、この旅は最初からいろいろとおかしかった気がするよ」

僕の言葉に武闘家は大きく頷いた。

「国を出る時の、いざないの門の鍵のことですね」

考えていたことは僕も武闘家も同じだった。

僕たちの生まれ育った国は、100年以上も他国との国交が完全に途絶えた島国だった。
精霊の加護を受けた自然豊かな国で、他国との貿易に頼らずとも自給自足が十分可能な土地だった。
平原や森や山に魔物たちはおらず、魔物は精霊の力によってすべてある場所に封印されていた。
その島国から僕たちの魔王討伐の旅は始まった。

だが、隣国がある大陸に渡りたくても、海を渡る手段であるはずの船も港すら、国にはなかった。近海で漁業をする漁師たちの小舟はあったが、海を渡れるような船は国王ですら持っていなかった。
大陸に渡るためには、建国以前のはるか古代の時代から存在し続けるという、天を貫くような高い塔をひたすら登らなければならなかった。魔物たちはそこに閉じ込められていた。
その最上階にあったのが、先ほど武闘家が口にした、いざないの門だ。
僕たちは門をくぐり、大陸に存在する別の門へと出る必要があった。
門を開くための鍵は、鍵と聞いて連想する形ではなく、占い師が使うカードによく似た形をしていた。
その鍵は世界にひとつしかないらしく、鍵を持つ勇者だけが仲間と共に門をくぐることができるとされていた。

国の宝物庫に眠る、神話の時代から語り継がれる国宝のひとつだった。僕は国王からそれを託された。
だが、僕たちがその門をくぐった先の大国の城下町で聞いた話では、僕たちより先に大陸に渡った者たちがすでにいたようだった。
泳いで渡るのも、小舟で渡るのも不可能な距離の海を、その者たちはどう移動したのか。ずっと疑問に思っていた。
僕たちより先に、鍵以外の何らかの手段で門を開け、大陸に渡ったとしか考えられなかった。

世界で唯一の飛行手段であるはずの乗り物を僕たちが手にした時も、空から降りなければたどり着けないような場所にすら、必ず僕たちより前にたどり着いていた者たちがいた。
僕たちはその者たちに直接会ったことはなかったが、そんなことがこの旅では何度もあった。
きっとその者たちこそ、この城で僕たちが見た死体だったのだ。

「僕たちはもしかしたら、精霊の使いに騙されていたのかもしれないな」

それ以外に、常に僕たちの先を往く者が存在する理由が見つからなかった。

20年前、国王の前に精霊の使いを名乗る者が現れた。
精霊の使いは、魔王の地上侵略を予言し、その日城下町のはずれで生まれたばかりの赤ん坊の僕が、唯一魔王に対抗可能な勇者であることを告げた。
僕は幼少期から勇者としての英才教育を受けることになった。

一番最初に習ったのが、僕が先ほど床に書いた破魔の魔方陣だ。
国で一番の騎士からは剣術を、国で一番の魔法使いからは魔法を教わった。
他国のロイヤルファミリーと食事をする機会があるかもしれないからと、城の講師たちから様々な国の言葉や礼節、テーブルマナーなども教わった。
あらゆる教育は、破魔の魔方陣の中で行われた。

15歳になった日、いつものようにテーブルマナーを教わっていると、精霊の使いが僕を迎えにやってきた。
僕はその時はじめて国王との謁見を許され、魔王討伐の任を受けた。

「国王も、精霊の使いに騙されていたかもしれないと?」

「いや、国王もぐるだったんだろう。
他の国の人々も、みんな僕たちを騙していたんだと思う」

そうとしか考えられなかった。

「どういうことです?」

「勇者は僕ひとりではなく、あの国には他にもうひとりいたんだよ。
精霊の使いに導かれていたのは僕たちだけじゃなかった。門の鍵もひとつじゃなかったんだ。
だから、僕たちの旅には常に先を往く者がいた」

そう考えれば、すべて説明がつく。

「門の鍵については確かにそうかもしれません。ですが、他の件はどうです?」

確かに、この城のバリアの説明がついていなかった。

「魔結石の現物を僕たちは見ていない。魔王軍の八つの軍団の長を倒しただけだ。
もし、彼らと魔結石に何の関係もなかったとしたら……
そもそも魔結石は本当に存在するのか?
バリアを解く方法は別にあって、僕たちはいつの間にか条件を満たしていただけじゃないのか?」

あるいは、精霊の使いが僕たちの預かり知らぬところでバリアを操作していたのかも知れなかった。

飛行手段も、世界で唯一のものと言っても、船が空を飛ぶような大がかりで目立つものではなかった。
これも飛竜石という石ころをひとつ、竜人族の末裔から渡されただけだ。
彼も国王のように精霊の使いとぐるだったとしたら。飛竜石はいくつも存在していたのかもしれない。

僕たちは、精霊の使いが言うことを、一度も疑ったことはなかった。
だが、精霊の使いがすべて本当のことを言っている証拠など、今考えたらどこにもなかった。

「すべて嘘だったらどうします?」

武闘家は僕の心を読んだかのように、にやりと笑いながらそう言って笑った。
彼がそんな顔を僕に向けるのは初めてのことだった。

「君は彼じゃないな。精霊の使いか。いつから身体を乗っ取っていた?」

「この身体の持ち主が、あなたと会話している途中からですよ」

彼の目の色が変わっていた。
比喩ではなく本当に黒目が燃え上がるように赤くなり、その目を見ただけで、僕の身体はまるで石化したかのように動かなくなった。
僧侶や魔法使いの名を呼ぼうとした。だが、声は出せなかった。

「そのふたりなら、既に永遠の眠りについていますよ」

そのときだった。
僕は、僕たちの後からやってきたであろう、別の4人組の姿を見た。
彼らは二頭の馬が引く馬車ごとこの城に乗り込んでいた。馬車の中にも仲間がいるのだろう。
僕らに気づくことなく、一直線に魔王の間に向かって走っていく。

破魔の魔方陣の中にいる限り、僕たちは魔方陣の外から認識されることはない。
魔物からも、人間からも。

僕の先を常に往く者がいただけではなかった。
僕の後ろを常に往く者もいたのだ。
僕たちは後続の勇者様御一行のための、魔王城の露払いに過ぎなかったのだ。

この先にいる魔王は、本当に悪なのか。
僕たちをここまで導き、そして、武闘家の身体を乗っ取った者は、本当に精霊の使いだったのか。

僕がその答えを知ることは出来そうもなかった。



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