上 下
84 / 229

84.反対/走り去る

しおりを挟む
「な、なんなのですか、お姉様は……王子であるアクサン様が口説いてきたのに断る……? どうして、」

「私には愛する婚約者がいるのです。ただそれだけですよ」

「アキエーサ……!」

真顔で「愛する婚約者がいる」と言ってテールの顔を見るアキエーサ。そんなアキエーサの仕草が嬉しくてテールは人目をはばからずにアキエーサを抱きしめた。その姿を多くの貴族が微笑ましく見守る。

ただ一人を除いては。

「そ、そんな……伯爵令息程度の男が、そんなにいいというのですか……!? 今のお姉様は伯父様の養女になって侯爵令嬢になったのでしょう……もっと身分の高い男を狙おうとは思わないのですか!? アクサン様ほどではないにしろお姉さまの立場なら、」

ワカマリナは信じられないものを見るような目でしかアキエーサを見れなくなっていた。かける言葉も震えるほど、アキエーサとテールの関係が理解できないでいたのだ。それでも理不尽であろう話を続けようとしたが、ここで待ったの声がかけられる。

「もう止めろ小娘」

「!? お、伯父様……!」

「ああ、そうだ。一応、俺のことは覚えてるんだな。それは良かった。あまりにも聞くに堪えんことばかり聞かされるからここいらでやめてもらおうか」

「は? え?」

それはルカスの声だった。ルカスは、あまりにもワカマリナの言動が理不尽すぎてもう聞く必要もないと思い、自分がこの会話を終わらせようと口を挟んできたのだ。

「お前には一生理解できんのだろうが、アキエーサにとって婚約する相手はもうテール以外にはあり得んのだ。お前さんは知らんだろうが二人は幼馴染でな、テールはずっとアキエーサに片思いをしていたんだ。そんなテールの思いをアキエーサは受け入れて今に至るんだ。その深い関係は地位や名誉や富がどうこうとか関係ない。……細かいことは省略して分かりやすく言えばそうだな、ワカマリナ、お前とは正反対ってことだよ」

「は、反対……?」

正反対と言われても、もちろんワカマリナは理解できない。それでもルカスは一方的に言葉を続ける。

「そうだ。人の金で遊んでばかりで誰のためにもならないお前と、商会を立ち上げて自分で金を稼いで多くの人々のためになれるアキエーサ。生き方がこれだけ正反対なんだ。好きになる男も反対に決まってるだろう?」

「そ、そんなの……」

「まだ分からないか。まあしょうがないな。婚約者がいるのに他の女にばかり目移りしがちな王子なんぞが婚約者であるお前の馬鹿さ加減を考えると、俺がいくら言っても理解できんか」

「な、何ですって……っ!?」

「それに、こうしている間にもアクサン王子は他の女に夢中になるかもしれないな。いいのかな? こんなところで油を売っていて?」

「…………っ!?」

ルカスに馬鹿にされたということだけは理解したワカマリナは、その怒りをルカスに向けようとしたが、アクサンのことを言われて不安になって口を閉ざした。しまいには、辺りを見回してアクサンを探し始める。ここに居るはずのないアクサンを。

「そ、そうでしたわ……! お姉様以外の女にもアクサン様が誑かされては困りますわ!」

そして、それで言ってその場から走り出して去っていってしまった。しかも、アクサンが去っていった方向とは反対の方向に。

更に、去っていくワカマリナの姿が、アキエーサたちを含め、多くの貴族に笑われていることも気付かずに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます

柚木ゆず
恋愛
 ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。  わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?  当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。  でも。  今は、捨てられてよかったと思っています。  だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。

わたしを追い出した人達が、今更何の御用ですか?

柚木ゆず
恋愛
 ランファーズ子爵令嬢、エミリー。彼女は我が儘な妹マリオンとマリオンを溺愛する両親の理不尽な怒りを買い、お屋敷から追い出されてしまいました。  自分の思い通りになってマリオンは喜び、両親はそんなマリオンを見て嬉しそうにしていましたが――。  マリオン達は、まだ知りません。  それから僅か1か月後に、エミリーの追放を激しく後悔する羽目になることを。お屋敷に戻って来て欲しいと、エミリーに懇願しないといけなくなってしまうことを――。

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。

りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。 伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。 それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。 でも知りませんよ。 私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

親からの寵愛を受けて育った妹は、私の婚約者が欲しいみたいですよ?

久遠りも
恋愛
妹は、私と違って親に溺愛されて育った。 そのせいで、妹は我儘で...何でも私のものを取るようになった。 私は大人になり、妹とは縁を切って、婚約者と幸せに暮らしていた。 だが、久しぶりに会った妹が、次は私の婚約者が欲しい!と言い出して...? ※誤字脱字等あればご指摘ください。 ※ゆるゆる設定です。

私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右
恋愛
 クレアの婚約者であるルインは、彼女の妹と不自然なほどに仲が良かった。  疑いを持ったクレアが彼の部屋を訪れると、二人の逢瀬の現場を目撃する。だが彼は「平民の血を引く貴様のことが嫌いだった!」と居直った上に、婚約の破棄を宣言する。  絶望するクレアに、救いの手を差し伸べたのは、ギルフォード公爵だった。彼はクレアを溺愛しており、不義理を働いたルインを許せないと報復を誓う。  一方のルインは、後に彼女が王族だと知る。妹を捨ててでも、なんとか復縁しようと縋るが、後悔してももう遅い。クレアはその要求を冷たく跳ねのけるのだった。  本物語は平民の子だと誤解されて婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛され、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である

婚約破棄、爵位剥奪、国外追放されましたのでちょっと仕返しします

あおい
恋愛
婚約破棄からの爵位剥奪に国外追放! 初代当主は本物の天使! 天使の加護を受けてる私のおかげでこの国は安泰だったのに、その私と一族を追い出すとは何事ですか!? 身に覚えのない理由で婚約破棄に爵位剥奪に国外追放してきた第2王子に天使の加護でちょっと仕返しをしましょう!

妹の方がいいと婚約破棄を受けた私は、辺境伯と婚約しました

天宮有
恋愛
 婚約者レヴォク様に「お前の妹の方がいい」と言われ、伯爵令嬢の私シーラは婚約破棄を受けてしまう。  事態に備えて様々な魔法を覚えていただけなのに、妹ソフィーは私が危険だとレヴォク様に伝えた。  それを理由に婚約破棄したレヴォク様は、ソフィーを新しい婚約者にする。  そして私は、辺境伯のゼロア様と婚約することになっていた。  私は危険で有名な辺境に行くことで――ゼロア様の力になることができていた。

処理中です...