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side ルイ
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今日も仕事が忙しい。
敬愛する前々アルカサル侯爵様に引き立てられ、平民の平々凡々の両親から産まれた私が、侯爵家に仕えて幾星霜。
こんなに仕事で煮詰まる日々が来ようとは、思いませんでした。
前々アルカサル侯爵様が亡くなり、年の離れた兄のように慕っていた前侯爵様が事故で呆気なくこの世を去り、ひとり残された坊ちゃま。
まだ幼い現アルカサル侯爵様を支え、日々、領地経営や貴族社会でのやりとり、坊ちゃまの教育、家政全てに奮闘してきましたが……、限界です。
仕事はできます。
坊ちゃま……、コホン。現アルカサル侯爵様も立派に勤めていらっしゃいます。
ただ……人手不足で新しく商業ギルドを通して雇い入れた使用人が……使えない。
なぜこんな簡単なことができないのですか!
経営業務の下働きも同様……なぜ、こんな簡単な書類を処理するのに、時間がかかっているのですか!
どいつもこいつも使えないぃぃぃぃ。
片っ端から不採用にしていたら、募集しても人が集まらなくなった。
イライラする気持ちをなんとか抑えて、今度は冒険者ギルドに依頼を出す。
商業ギルドと違い、所詮冒険者なのだからと能力を過信せず、些末な仕事をこなしてもらえばいいと……、そこまで妥協してもダメだった。
長く屋敷に勤めてくれる庭師は腰を痛めているので、手伝いが必要だった。
料理人が何人か幼い当主に不安を感じ辞めてしまったため、料理長自らが下拵えまでする始末。
だから、ちょっと手伝って欲しかった。
メイドは足りているが、従者は前侯爵様と同じ事故に遭い、まだ補充ができてない。
だから、力仕事や窓掃除など頼んだだけだ。
それなのに、どいつもこいつも「こんなつまらん仕事は契約違反だ」と宣って辞めていく。
ふーっ。
もう、このままでもいいか。
坊ちゃまには、立派な侯爵家当主になるために、剣術の稽古、家庭教師との勉強、マナー、ダンスとこなさなければならないカリキュラムが目白押しなのに、書類仕事も担ってもらっている。
情けない話、坊ちゃまが一番優秀だった……、まだ子供なのに。
いつのまにか、私と坊ちゃまは阿吽の呼吸で仕事ができるようになってしまった。
そうなると、増々ギルドからの紹介で来る奴らの無能ぶりにイライラする毎日。
しも、一日と持たずに辞めていくのだっ!
そんなときに、冒険者ギルドから斡旋されたひとりの冒険者。
まだ幼さが残る彼は、珍し気に屋敷を見回したあと、文句も言わずに庭師の手伝いと料理長の手伝いを終えた。
二人からの評価もすこぶる高い。
メイドからも「いやらしい目で見てくることもなく、素直な少年ですぅ」と人気が高い。
期待は最早すること自体が難しいが、それでも書類仕事をさせてみた。
驚いた!
その計算の速さに! 処理の正確さに!
途中、ブツブツと独り言を言って、右手の指を空中でワキワキと動かしているのが気持ち悪かったが……。
戻ってきた書類を見て愕然とした。
彼が指摘した計算ミス……、それは横領の証拠ともなる改竄の後だった。
結果、坊ちゃまが継いでから、少しずつ領地経営が悪くなっていた原因を取り除くことができた。
彼は、楽しそうに庭いじりを手伝い、美味しそうに料理長と剥いた果物を食べ、緊張した面持ちで応接間のソファに体を沈め、坊ちゃまに遜ることなく親戚の兄のように慕わしく接する。
表情もコロコロと変わり、ついつい和んでしまう。
彼といると、肩の力が抜け、自然体でいられる。
それは、前々アルカサル侯爵様や前侯爵様と一緒に居た頃のように、委ねられていた頃のように。
坊ちゃまからも「最近のルイは、機嫌がいいな」と見抜かれてしまった。
あれから、彼が何気なく私に告げた言葉どおりに、人員を配置してみた。
庭師のところには、ギルドではなく孤児院から子供を引き取ることにした。
若い頃に子供を亡くしていた庭師は大層喜び、孫のように可愛がっている。
料理長には、街で暮らす家族を引き取り、屋敷で一緒に住むようにしてもらった。
奥さんと母親と子供と一族総出で、仕事をしてもらえるようになった。
従者や護衛は、王都のタウンハウスにいる前侯爵様のご兄弟に頼んで、引退した者を寄こしてもらった。
彼が、数がいれば仕事の時間が短縮できて無理なく働けるから、引退した者でも引き受けてもらえると、助言してくれたからだ。
これなら、一から教えることもなく、反対に私や坊ちゃま、屋敷の者がいろいろと彼らから教えてもらうこともできる。
彼の存在だけで、こうも物事が好転するなんて……。
坊ちゃまの許しも得て、彼を高待遇で雇用することもできたし。
これで、彼の笑顔を側で見守ることができる……。
うん? いやいや、私は彼の能力を評価したのであって……。
やましい気持ちは……。
あぁぁ、ピクニックと子供のようにはしゃぐ彼がかわいい。
口いっぱいにサンドイッチを頬張り、リスのような彼が愛らしい。
小さな虫に怯え、坊ちゃまと一緒に草花を摘んで編む彼が愛おしい。
笑って……、笑って……。
彼が笑っていると、私まで笑える気がする。
ああ、ずっと……私の隣で笑っていてほしい……。
敬愛する前々アルカサル侯爵様に引き立てられ、平民の平々凡々の両親から産まれた私が、侯爵家に仕えて幾星霜。
こんなに仕事で煮詰まる日々が来ようとは、思いませんでした。
前々アルカサル侯爵様が亡くなり、年の離れた兄のように慕っていた前侯爵様が事故で呆気なくこの世を去り、ひとり残された坊ちゃま。
まだ幼い現アルカサル侯爵様を支え、日々、領地経営や貴族社会でのやりとり、坊ちゃまの教育、家政全てに奮闘してきましたが……、限界です。
仕事はできます。
坊ちゃま……、コホン。現アルカサル侯爵様も立派に勤めていらっしゃいます。
ただ……人手不足で新しく商業ギルドを通して雇い入れた使用人が……使えない。
なぜこんな簡単なことができないのですか!
経営業務の下働きも同様……なぜ、こんな簡単な書類を処理するのに、時間がかかっているのですか!
どいつもこいつも使えないぃぃぃぃ。
片っ端から不採用にしていたら、募集しても人が集まらなくなった。
イライラする気持ちをなんとか抑えて、今度は冒険者ギルドに依頼を出す。
商業ギルドと違い、所詮冒険者なのだからと能力を過信せず、些末な仕事をこなしてもらえばいいと……、そこまで妥協してもダメだった。
長く屋敷に勤めてくれる庭師は腰を痛めているので、手伝いが必要だった。
料理人が何人か幼い当主に不安を感じ辞めてしまったため、料理長自らが下拵えまでする始末。
だから、ちょっと手伝って欲しかった。
メイドは足りているが、従者は前侯爵様と同じ事故に遭い、まだ補充ができてない。
だから、力仕事や窓掃除など頼んだだけだ。
それなのに、どいつもこいつも「こんなつまらん仕事は契約違反だ」と宣って辞めていく。
ふーっ。
もう、このままでもいいか。
坊ちゃまには、立派な侯爵家当主になるために、剣術の稽古、家庭教師との勉強、マナー、ダンスとこなさなければならないカリキュラムが目白押しなのに、書類仕事も担ってもらっている。
情けない話、坊ちゃまが一番優秀だった……、まだ子供なのに。
いつのまにか、私と坊ちゃまは阿吽の呼吸で仕事ができるようになってしまった。
そうなると、増々ギルドからの紹介で来る奴らの無能ぶりにイライラする毎日。
しも、一日と持たずに辞めていくのだっ!
そんなときに、冒険者ギルドから斡旋されたひとりの冒険者。
まだ幼さが残る彼は、珍し気に屋敷を見回したあと、文句も言わずに庭師の手伝いと料理長の手伝いを終えた。
二人からの評価もすこぶる高い。
メイドからも「いやらしい目で見てくることもなく、素直な少年ですぅ」と人気が高い。
期待は最早すること自体が難しいが、それでも書類仕事をさせてみた。
驚いた!
その計算の速さに! 処理の正確さに!
途中、ブツブツと独り言を言って、右手の指を空中でワキワキと動かしているのが気持ち悪かったが……。
戻ってきた書類を見て愕然とした。
彼が指摘した計算ミス……、それは横領の証拠ともなる改竄の後だった。
結果、坊ちゃまが継いでから、少しずつ領地経営が悪くなっていた原因を取り除くことができた。
彼は、楽しそうに庭いじりを手伝い、美味しそうに料理長と剥いた果物を食べ、緊張した面持ちで応接間のソファに体を沈め、坊ちゃまに遜ることなく親戚の兄のように慕わしく接する。
表情もコロコロと変わり、ついつい和んでしまう。
彼といると、肩の力が抜け、自然体でいられる。
それは、前々アルカサル侯爵様や前侯爵様と一緒に居た頃のように、委ねられていた頃のように。
坊ちゃまからも「最近のルイは、機嫌がいいな」と見抜かれてしまった。
あれから、彼が何気なく私に告げた言葉どおりに、人員を配置してみた。
庭師のところには、ギルドではなく孤児院から子供を引き取ることにした。
若い頃に子供を亡くしていた庭師は大層喜び、孫のように可愛がっている。
料理長には、街で暮らす家族を引き取り、屋敷で一緒に住むようにしてもらった。
奥さんと母親と子供と一族総出で、仕事をしてもらえるようになった。
従者や護衛は、王都のタウンハウスにいる前侯爵様のご兄弟に頼んで、引退した者を寄こしてもらった。
彼が、数がいれば仕事の時間が短縮できて無理なく働けるから、引退した者でも引き受けてもらえると、助言してくれたからだ。
これなら、一から教えることもなく、反対に私や坊ちゃま、屋敷の者がいろいろと彼らから教えてもらうこともできる。
彼の存在だけで、こうも物事が好転するなんて……。
坊ちゃまの許しも得て、彼を高待遇で雇用することもできたし。
これで、彼の笑顔を側で見守ることができる……。
うん? いやいや、私は彼の能力を評価したのであって……。
やましい気持ちは……。
あぁぁ、ピクニックと子供のようにはしゃぐ彼がかわいい。
口いっぱいにサンドイッチを頬張り、リスのような彼が愛らしい。
小さな虫に怯え、坊ちゃまと一緒に草花を摘んで編む彼が愛おしい。
笑って……、笑って……。
彼が笑っていると、私まで笑える気がする。
ああ、ずっと……私の隣で笑っていてほしい……。
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