月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-21話 零宝山の攻防2

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 ディフィニクス前将軍が率いる軍の軍営内では、所々で訓練が行われていた。
 隊列を組んではかけ声とともに槍を振るう。そのまま反転させてから、もう一度斬りつけて歩法とともに槍を突く。
 もう一つの場所では、細い丸太を尖らせて連ねた物を何重にも置いて、匍匐前進ほふくぜんしんで移動する訓練が行われている。
 兵士が丸太を通過するたびに「遅い!」「姿勢が高すぎるぞ!」と訓練を見守る将軍職の兵士たちの怒声が飛び交っていた。訓練を受ける兵士たちは、必死に丸太の下を潜り抜けていった。

 さらに別の場所では、剣術の訓練や格闘術の訓練が行われていた。
 そんななか、ルーセントとフェリシアはモーリス隊の一員として集団戦闘の訓練を受けていた。
 そのなかには、特別にティアとパックスも混ざっている。これは少数で多勢を相手にするための戦闘訓練で、その数十対五十での訓練。
 見学しているディフィニクスが場の騒がしさに消されぬように、大声でルーセントらに声をかける。

「いいか、単純計算で一人頭五人だ! 乱戦の最中には魔法は使うなよ! 味方に誤射しかねないからな」

 いろいろと条件をつけていく前将軍は、最後にふたつほど条件をつけ加える。

「それと、少数組は刀剣類を使え! 多数組は槍と刀剣で一セットずつ行う! 前後左右を常に気にかけろ。離れた場所にいる敵が数秒後も眺めていると思うなよ!」

 ルーセントたちが緊張した面持ちで木製の刀や剣を構えた。
 先頭に立つモーリスが指示を出す。

「始まったら龍陣体形を取れ。お互いの距離感に気をつけろ。一人で突出しすぎるなよ。無理だと思えばさがって相手と距離を取れ。相手の行動を予測して止まらず動き続けろ。とにかく、前ばかりを気にしすぎてうしろの敵をおろそかにするな」

 モーリスの言葉を最後に、全員が戦闘体勢を整えて開始の合図を待つ。
 そこに、ディフィニクスの声が響いた。

「いいか! 戦場は死にに行く場所だ。生きたいと思うやつから死神に首を刈られるぞ! 情けも容赦もするな、始め!」

 ディフィニクスの合図で両軍が駆け出す。
 モーリスの部隊は瞬時に龍陣体形に変わったところで、先頭が敵とぶつかった。
 先頭が戦っている間に多数組の残りは、少数組を囲むように移動する。
 ルーセントは、中央のひし形体形の右翼を担当していた。
 パックスは左翼を担当、ティアはひし形の最後尾を担当している兵士のうしろにいた。
 最後尾の兵士とルーセントが見える位置、そこがティアの任された場所だった。フェリシアはティアの反対側、同じように兵士とパックスが見える位置を任されていた。

 すでに始まっている戦闘は、多数組が小手調べと言わんばかりに、ルーセントらが作るひし形体形をハの字で挟む味方の四人の兵士に攻撃を仕掛けていた。
 ルーセントは、押し込まれ始めている味方を助けに行きたがったが、すでに敵兵士に囲まれていたため動けずにいた。
 チラチラと視線を送るルーセントに、隙を見せたら一瞬で襲いかかるであろう歴戦の軍人たちの顔が愉快にゆがむ。
 前線の味方の一人が倒されたところでモーリスが動いた。最強の軍隊を担う一角、部隊のひとつを指揮する虎武将軍のモーリスが瞬時に二人を倒す。

「守ってるだけじゃ相手は倒れないぞ! 相手の虚をつけ、乗じろ! 死を惜しむな! 動けるうちはただのかすり傷だ! 死んでも武器を振れ! ここにはこれしきで逃げだすクソ虫に用はない! 下水に帰ってクソでも食ってろ!」

 モーリスが一人、二人と相手を倒しながら怒鳴り散らした。圧倒的な不利の状態で始まった訓練に怖じけずいていた兵士たちが、その口の悪い鼓舞に答えて士気が増す。
 気を入れ直したルーセントが二人を同時に相手にする。
 槍を持つ敵の二人は、ルーセントに向かって脇の下に挟んだ槍をひねりながら小刻みに突きを出した。
 ルーセントは受け払って間合いをつぶしつつも近づこうとするが、二人から交互に出される突きに弾くのが精一杯だった。実践経験が豊富の兵士を相手に、苦慮する顔が少年の苛立ちを表していた。
 なおも続く攻撃、右へ左へ、上へ下へと短く弾き返すルーセントは、止まらない攻撃に耐えられずに一度大きく下がった。
 数回深呼吸を繰り返すと、ルーセントはバーチェルに言われたことを思い出していた。

「……これは剣士であろうと変わらない。兵の道とは、よく戦うのみ、これだけだ。戦争目的を達するには戦うことが第一だ。よく戦うものだけが常に勝つことができる。その昔、味方に十倍する敵陣に疾風のごとく馬を乗り入れた武将がいた。その者の選択は麾下きかの諸将全員に否定されたが“不意を襲えばこそ、寡を以って衆にも勝てる。一軍の勝利だけを心がけよ”と言って見事に勝つことができた。これこそがよく戦った者が勝ち得る成果なのだ。いったん決したのなら疑い迷ってはならぬ。勇往邁進にして戦意に燃え立つ者の上に勝利は輝く。それを忘れるな――」

 ルーセントが大きく息をはいた。
 父親の話した武将が相手取ったのは十倍の敵、自分の周囲には八人ほどいる。だけど目の前には二人しかいない、と落ち着き払った態度で二人に木刀を向けた。
 急に雰囲気の変わった銀髪の訓練生の態度に、たじろぐ多数組の二人は気圧されたように後ずさった。

「いい面構えだ」バーチェルの話に出てきた武将、その張本人であるディフィニクスがつぶやいた。

 ルーセントの放つ威圧感に耐えきれなくなった一人が槍を突き出す。
 もう一人も遅れて追従する。
 駆け出すルーセントは最初の一撃を弾くと、返す刀で二人目の槍も弾いた。
 止まらないルーセントは、二人目の槍を弾くと同時に一人目の槍をつかんで一気に間合いを詰めた。両手で握り直した木刀の柄で相手の喉元を突く。
 攻撃を受けた相手は、うめき声とともに体勢を崩して後退した。
 その瞬間、二人目が槍を水平に振り抜いてルーセントを穂先で打とうとした。
 しかし、ルーセントはあせることなくすぐに一歩下がると同時に木刀を持ち直して槍を受け止める。そしてそのまま腕を反転させると、間合いを詰めつつ木刀を振りかぶって相手を打ち付けた。
 首と肩の境目辺りを打たれた相手は、短く発した苦痛の声とともに崩れ落ちる。
 そこに、ルーセントに喉を突かれて体勢を崩していたもう一人の兵士が、銀髪の頭を狙い槍を振り下ろした。
 相手を視界に捉えていたルーセントは、顔色をひとつも変えることなく対処をする。木刀を横に頭上で受け止めると、そのまま槍を下に滑らすように動かす。
 ルーセントの流れるような一連の動作に、相手の兵士はうまく反応できずに腕を打たれて槍を落とす。次の瞬間には、胴を打たれて倒れていた。
 勢いに乗ったルーセントが三人目、四人目を倒したところでモーリスの注意が飛んだ。

「ルーセント! 前に出すぎだ、周りを見ろ!」

 初めての集団戦に、目の前の敵に集中しすぎていたルーセントは、すでに孤立していて三方向を囲まれていた。
 ほぼ同時に繰り出される突きに、ルーセントは苦悶くもんの表情を浮かべる。それでもなんとか、迫り来る三つの穂先を捌き続けていた。
 しかし後がなくなるルーセント、追いつめる三人の顔には笑みが浮かぶ。その三人が互いに見合うと、トドメとばかりに攻撃を繰り出した。
 ルーセントがなんとか一撃目を払いのけると二撃目で体勢を崩してしまった。そして、三撃目にはついに左腕に攻撃を受けてしまう。

「終わりだ! 訓練生」

 一人がルーセントの腹部を狙って槍を水平に薙ぎ払う。
 ルーセントが崩れた体勢のままその顔が苦痛にゆがむ。なんとかして木刀で受け止めようとしたとき、槍を持つ三人のうしろを小さな影が踊った。

「うしろにも要注意ですよ!」

 聞き慣れた声とともに、振り抜かれた木製の短刀が一人目の首を打ち抜き倒れた。
 突然現れた小さな敵に兵士は驚きたじろぐ。
 二人目がティアに足をかけられて倒されると、短刀が首に突き立てられる。
 兵士の口から「参った」と負けを認めた。
 最後の一人がティアを狙い槍を突き出すが、ティアは両手に持つ短刀の一本を投擲して相手の動きを止める。
 そこに、こっそりと近付いていたルーセントが木刀を振るって最後の一人を倒した。
 少し落ち着きが出てきた状態で、ルーセントが左腕を曲げたり伸ばしたりを繰り返した。そして、腕の具合を確かめると額の汗を拭う。
 そのまま周囲を警戒しつつもティアに礼を述べた。

「助かったよ、ティア」
「ふっふっふ、任せてください。それより腕は大丈夫ですか?」
「うん、ほとんどは肩のアーマーに当たったから」
「良かったです。あと少しだから頑張りましょう」

 二人は途切れることのない多数組に、牽制けんせいと警戒を混ぜつつ後退していった。
 二人が元の位置に戻ると、モーリスから全員に指示が飛んだ。

「これ以上は隊形が維持できない。V字を二重にした形を取るぞ! フェリシアは左翼に、ティアは右翼、ルーセントは中央に入れ。後方を任せる」

 気が付けば多数組の人数は半分程度に、少数組はパックスと他の仲間もやられて六人にまで減っていた。
 少数組は追い詰められつつも、一進一退の攻防を繰り返す。
 ルーセントが二人を倒してフェリシアの方に視線を移すと、一人の兵士に追い込まれ崩れかけていた。

「フェリシア下がって、俺が相手する! 中央を頼む!」

 ルーセントがフェリシアに声をかけるとすぐに駆け寄る。

「くっ! 分かった、ごめん」

 ルーセントはフェリシアの返事を聞くとほぼ同時に、倒した敵役の槍を蹴りあげて柄をつかむと、フェリシアが相手をしていた兵士に向かって投擲した。
 兵士が飛んでくる槍を払うのに気を取られている隙に、うまく入れ替わったルーセントと兵士が対峙する。
 話しかけてくるのは兵士の方だった。

「お前、なかなかやるみたいだな。どうだ? 一騎打ちといかないか?」
「分かりました」

 ルーセントが左右を確認すると、相手の強さを考えて一対一の方が楽だと悟って提案を受ける。
 ルーセントが返事を返すと、いつの間にか訓練を終えて見に来ていた兵士たちの歓声が辺りを包み込んでいた。
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