月影の砂

鷹岩 良帝

文字の大きさ
上 下
69 / 134
3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-7話 借刀殺人2

しおりを挟む
 店主と娘に剣を向けたまま、不敵な笑みを浮かべたひょろっとした若者は、楽しそうに目の前の二人をもてあそぶ。

「そうだなあ、お前の腕一本で我慢してやるよ。左か? それとも右が良いか?」

 若者は剣をゆっくり動かし、店主の右腕に剣の腹を押し付けるように二回ほどたたくと、娘が身体を潜り込ませ剣を払う。

「お、お止めください。お代は結構ですから」
「はぁ? そんなもん当たり前だろうが。迷惑料をどうするんだって言ってんだよ!」
「そんな! 私たちは何も……、ただ食事代金を頂こうとしただけです」

 若者と娘のやり取りに騒然となる野次馬たち。
 露店の連なる通りには、ヒソヒソと声を潜めて喋る話し声が聞こえてきた。

「ひでぇな、好き勝手に食いもん食っといて金払えって言ったらあれかよ」
「あいつ、県令の息子のフィグリオだろ? 親も親なら子も子だな」
「まったくだ、あんな奴を放置するなんて国王様は何をしてるんだ」
「よせ、聞かれたらただじゃすまないぞ」

 群がる野次馬たちは、いたるところでフィグリオの批判めいた会話をささやいている。耳を傾け、目をつむっていたフィグリオがゆっくりと目を開く。

「おい! お前ら聞こえてるぞ。文句あるなら堂々と目の前に出てきたらどうだ? あ?」

 群衆に剣を向け、威嚇するフィグリオに誰もが口を閉ざし辺りに静けさが漂う。
 フィグリオが野次馬たちを小バカにしたように鼻で笑うと、再び娘の方へ視線を向ける。その先には、店主をかばう娘の短いスカートから、スラリと伸びる白い足があった。フィグリオがその足を見て、舌を舐めずり下卑げびた笑みを浮かべた。

「お前、よく見たらなかなかいい身体してるな、決めた。迷惑料はお前で我慢してやるよ」
「い、嫌です!」
「そ、それだけはお許しください、フィグリオ様。金ならお支払します。娘だけはどうか、どうかお許しください」

 店主は娘を自分のうしろへ隠すと、フィグリオにすがり付き懇願した。
 一部始終を見ていたルーセントは我慢の限界を迎え、力一杯に握りしめていた右手を開き、魔法の発動体勢に入った。しかし、隣にいた護衛役の兵士に腕を掴まれ止められてしまった。

「待て、ルーセント。今は任務の最中だぞ、お前の役目はなんだ?」
「でも……」
「勅命が最優先だ、控えろ」

 兵士の言葉にルーセントは下を向き、下唇を噛んで再び拳を握り締めた。
 他の仲間も納得できない、と言った表情で兵士をにらみ付けるが、変わることのない状況に殺気を漂わせつつも耐えていた。
 その様子を見た兵士は軽く息を吐いた。

「あのな、役目を守れとは言ったが、見捨てるとは言ってないぞ。お前たちには俺らが飾りにでも見えるのか? 役目を果たせよ商人見習い。おい、行くぞ」

 兵士はもう一人の護衛役に声をかけると左手で剣の鞘を掴み、騒ぎの元へと向かっていった。

「お願いします。娘だけはどうかお許しください」
「うるせぇな、邪魔だ! お前らさっさと女を連れて来い!」

 フィグリオはすがり付く店主を蹴り飛ばすと、護衛の二人に指示を出した。フィグリオの護衛が娘に近付き腕をつかんだ瞬間、兵士が剣を引き抜き、それぞれが護衛の首へと押し当てる。

「いい加減にしろ! 自分が何をしてるのか分かっているのか?」
「はっ! 冒険者ごときが偉そうに説教垂れてんじゃねぇ! 俺を誰だと思ってるんだ!」
「聞いてたよ、県令の息子だろ? ただの下端じゃねぇか。偉ぶるなら、せいぜいお前自身が九卿きゅうけいにでもなってから偉ぶれよ、恥ずかしい野郎だな」

 周りにいる野次馬たちから笑いが巻き起こる。バカにされたフィグリオの顔は、怒りでどんどん赤くなっていった。

「うるせぇ! 貴様らも覚悟しておけ! こいつらの後は貴様らだからな!」我慢の限界を迎えたフィグリオが大声で叫ぶ。
「おいおい、そういうのは俺らを倒したあとに言ったらどうだ?」

 怒れる青年に動じることもなく、なおも小バカにした表情を浮かべたままの兵士。その兵士が、剣を突き付ける護衛からフィグリオに視線を変えた瞬間、護衛は兵士の剣を払い腹をめがけて蹴りを出した。
 兵士は後退しつつも蹴りをまともに受けて下がった。もう一人の兵士も隙を付かれ、間合いを取るために後退する。

「へぇ、バカ息子にくっついてるだけじゃなさそうだな。少しは楽しめそうか?」
「てめぇ、調子に乗るなよ」

 兵士の挑発に苛立ちを表す護衛の男は、剣を抜くと兵士に切っ先を向けた。そこへ「さっさと殺せ!」と、怒鳴るフィグリオの声が露店街に響いた。
 フィグリオの怒声が合図となり、兵士と護衛の戦いが始まった。
 兵士が一度だけ周囲を見回し、野次馬も多く剣で戦うには狭い空間を嫌がり、己の剣を露店の壁に立て掛けると右腕を前に出した。『来い』と指を折り曲げ護衛を誘う。
 表情を一瞬だけニヤリと崩した護衛も、兵士の挑発を受け、剣で石畳を砕いて地面に突き刺すと素手で構えた。
 護衛は兵士に向かって走り出すと、勢いを止めることなく右足を軸に左に回転する。そして腹部めがけて左足で回し蹴りを放った。
 兵士は左足を下げ、半身の姿勢を取ると右手で蹴りを受けとめる。そして、そのまま大きく右に一歩移動すると、その勢いを殺すことなく、軸足を右から左に変えてしゃがみ込んだ。左手を地面に着けると右足で相手の足を払う。
 しかしあと少しのところで、飛び上がった護衛に避けられてしまった。それでも、すぐに立ち上がった兵士が間髪を入れずに右、左と何度か殴りかかる。受ける敵の護衛は、左右の腕で受け止めつづけた。
 今度は敵が反撃に転じる。
 顔へ、腹部へと何度も左右の拳が兵士に襲いかかる。
 その度に兵士は受けとめ払っていった。そして、首を狙う上段蹴りを上半身を折り曲げ交わす。ひととおりの護衛の攻撃をしのぐと、今度は兵士が少し後ろへ下がり回し蹴りを放った。
 カウンターにも近い攻撃に、敵の護衛は反応しきれず、蹴りを腕ごと脇腹に受けると数歩よろけた。
 隙を見逃さない歴戦の兵士は、よろける相手に右手で殴りかかる。
 護衛は左足を前に出し、下から振り上げるようなそぶりで自身の右腕を相手の腕の外側に当てて受け流す。そのまま自分の腕を反転させ、兵士の腕をつかんだ。さらには、そのまま腕をひねり関節を取ろうと動かした。
 兵士は驚き一瞬だけ動きを止めたが、すばやく左、右とステップを踏み、そのまま縦に左回転するように飛び上がり、相手の頭めがけて蹴りを入れた。
 兵士の想定外の攻撃に、護衛は何とか左腕で防ぐも、兵士はそこを土台にして体勢を変えると、落下する途中でもう片方の足で相手の胸の上部を蹴り、吹き飛ばした。
 兵士が着地すると立て掛けた自身の剣を手に取り、護衛の喉に突きつけ決着がついた。

「終わりだ。おとなしくしてろ」
「クソが!」

 剣を突きつけられ身動きができなくなった護衛は、悔しそうに悪態をつくと右手で地面を殴り、観念したように脱力した。
 もう一人の兵士も相手を投げ飛ばし、腕を取って関節を決めると、相手を地面に押さえ付けていた。
 フィグリオは、仕事を果たせないふがいない護衛に苛立ちを隠せず、さらに顔を赤くしていた。
 そこに兵士が見下したような顔でフィグリオに振り向く。

「で、お前はこいつらより強いのか?」
「ぐっ、貴様……」

 いつまでも怒りで顔を赤く染めるフィグリオの進退が極まったその時、群衆の後方から人をかき分けて集団が現れた。

「お前たち! こんなところで何を騒いでいる!」

 軽鎧を身に付け武官を引き連れた男は、辺りを見回し状況を理解すると、にこやかな笑みを崩さずフィグリオに一礼する。

「これはフィグリオ様。今日はどういたしましたか? 何やら騒ぎに巻き込まれたと聞きましたが」
「おお、コルプシオではないか、ちょうど良いところへ来てくれたな。実はこいつらが因縁をつけて絡んできて困っていたのだ」
「でたらめ抜かしやがって。おい、お前は県尉けんいだろ。治安を守るお前らが、なんでこんな無法者をのさばらせているんだ! さっさと捕まえろ!」

 フィグリオの言葉に苛立つ兵士は、犯罪者を捕まえ治安を守る県尉府の長、コルプシオに向かって荒げた声を上げる。
 しかしコルプシオは兵士の言葉に聞く耳を持たず、フィグリオにうなずくように頭をさげて、憎たらしい顔を兵士に向けた。

「黙れ! 冒険者の戯言など、いちいち聞いていられるか! フィグリオ様、おケガはございませんか? すぐにあのならず者を捕らえましょう」
「お前……、まさかそいつとグルか? 治安を守るはずの県尉が恥を知れ!」
「なんとでも言え、文句があるなら県尉府で聞いてやる。早くその二人を捕らえよ! 抵抗するなら反逆罪で切り捨てても構わん」

 武官たちが兵士二人を取り囲むと、そのうちの一人が空を仰ぎ「クソが」と一言つぶやいた。退路をふさがれると武器を放棄し、おとなしく捕縛され県尉府へと連行されていった。

「それではフィグリオ様、お手数ですが一緒にお越しいただけますか? 事情を詳しくお聞きしたいので」
「ああ、構わんよ」

 フィグリオは勝ち誇った表情で兵士二人を見下すと、県尉とともに去っていった。

「どうしよう、ルーセント。連れていかれちゃった! 早く助けて上げないと」

 焦りを見せるフェリシアが、ルーセントの腕をつかみ助けに行こうと意見を求める。
 ルーセントは少し考え込むと、仲間の方に顔を向けた。

「うん、取り合えず将……、ディアスさんに報告に行こう。何とかできるかも」
「でも、どこにいるんだろう?」
「交代時間が近いから宿にいるかも、一度宿に戻ってみよう」

 ルーセントたちは人の波をかき分け、将軍に助けを乞うため、急いで宿に戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...