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射手の統領151 誤解と和解
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射手の統領
Zu-Y
№151 誤解と和解
「待たれよ。」
ここはシノベの表座敷。
重臣たちを人払いしてもらい、俺とシノベどの、そしてシノブどのの3人で、次ノ宮殿下から言付かった極秘事項、すなわち御代替わりに関わる話をシノベどのに告げた。
そして、御代替わりの一連の儀式における、前半の供奉の先陣をシノベどのに引き受けてもらい、話が終わって俺は席を立とうとしたのだが、シノベどのから待ったを掛けられたのだ。
俺は座り直し、
「何か?」とシノベどのに用件を尋ねた。
「話はそれだけでござるか?」
「いかにも。」この返答に、シノブどのが俯いた。ん?どうかしたのか?心なしかしょ気ているように見えるが…?一方、シノベどのはムッとした。
「アタルどの、そなた、これなるシノブがユノベ付き部隊のまとめ役を引き継いだ直後に、私への取次ぎを頼んだそうだな。」
「確かにそうだが…。」
「その折に、エノベとオミョシ西家の婚約に触れたとか?」シノベどのも分家ではなく、西家と言った。先程、言外に匂わせた俺の意向を察したようだな。
「いかにも。」
「さらにはシノブの真名も聞いたそうだな。」
「ああ、聞いた。」
「真名を告げると言うのは、忍の者にとっては特別だ。」
「そうなのか?それは知らなんだ。」正直、名前ぐらいで大袈裟な。と思った。内緒だけどな。
「私への取次ぎを頼み、エノベの婚約に話を振り、シノブに真名まで聞いた。あまつさえ、今日は迎えに出たシノブに『見惚れた。』などと思わせぶりなことを言ったそうではないか。これはシノブを所望し、わがシノベと婚姻同盟を結びたいと言うことではないのか?なぜその話を出さぬ?」はぁぁぁ?何それ。なんでそこまで一気に話が飛躍するんだよ?
まぁでも、よくよく考えれば、シノブどのは超美人だし、忍の技で鍛えた身軽な体は俺好みの小振りなスレンダー。しかもエノベと婚姻同盟が結べるのであれば、一石二鳥だ。シノベどのからこの話を振って来ると言うことは、先方も本音のところは乗り気と見て間違いあるまい。
ひと息置いて、間を作った。ここは勝負どころだな。
「その話は後日改めてと考えていた。」俺はとっさに取り繕った。
「それはなぜだ。」ちょっと待て、今、考えるから…。
「その理由はいくつかあるが…。」ここで一旦話を切って時間を稼ぐ。俺がシノベどのを凝視すると、シノベどのは睨み返して来た。互いに視線を逸らさず、沈黙のときが流れる。
「その理由とやらを申してみよ。」シノベどのが焦れて催促して来た。
よし、考えがまとまった。
「ひとつは、本日は次ノ宮殿下の内々の意向を伝えに参った公の訪問。そこで私的な婚姻同盟の話を切り出すは、次ノ宮殿下に畏れ多いと考えた次第。」
「む。」この話を切り出したシノベどのが言葉を詰まらせた。
俺の言い分は、見方を変えれば、シノベどのに対し、『この話題を出すお前は、次ノ宮殿下に対して不敬だぞ。』と言った様なものだ。よし、先制攻撃が効いた。まずは一本取ったな。
「次に、当のシノブどのとこの話をまだ正式にはしていない。俺はシノブどのが欲しい。しかし政略とは言え、本人が望まぬ婚姻はシノブどのを不幸にする。シノブどのが不幸になれば、婚姻同盟に亀裂が入るやもしれず、同盟の長続きは望めまい。さすれば、ユノベとシノベの関係に触りが出るは必定。現在、ユノベとシノベはいい友好関係にあり、頼りにしているシノベとの関係にヒビが入るのは、ユノベとしては望まぬ。シノベどの、そこのところ、いかがであろう?」と話を振った。
「うむ、確かにシノベとしても、ユノベとは今後も良好な関係を維持して行きたいと思っている。」よし、ユノベどのは俺に追随した。これでまた一本取ったな。主導権は握った。ここで、一気に押し切ってやる。
「それと、これが一番大事なのだが、俺は方々の勢力と婚姻同盟を結んでいる。このため嫁が7人もいる。俺の希望通り、シノブどのを迎えることになるならば、シノブどのには、嫁たちと軋轢を生じず、嫁たちの輪の中にすんなり入ってもらいたい。そのためには、事前に嫁たちとの顔合わせが必要だ。」
「主様、それでしたら私は、皆様とすでに顔見知りでござりまするが?」
「え?いつの間に?」
「ご存知なかったのでござりまするか?私は、ユノベ様付き部隊の一員として、トリトから、影の護衛のひとりに加わってござりまする。皆様の警護で、他のくノ一たちとともに、大浴場にもお供致しましてござりまする。」
「まじで?聞いてないよー。」やばっ、余りの驚きに、外交口調が崩壊してしまった。汗
シノブどのの予想外な返答に、優勢だったやり取りが、一気に振出しに戻ってしまった。
『しっかりせよ。』『狼狽えるな。』『大したことでないぞ。』『シャキッとせよ。』『立て直さぬか。』『ここが勝負どころぞ。』
ライたちがこぞって、念話で発破を掛けて来た。汗
「シノブどの、改めてそなたのご意向を尋ねたいゆえ、この後、俺たちの湯宿に来てくれ。
シノベどの、この話は後日改めて。それでよろしいか?」
「うむ。相分かった。引き留めて失礼した。」
「なんの。ではまた後日。」なんとかその場を取り繕った。
「シノブ、アタルどのをお送りせよ。」
「はい。」
シノベ館から湯宿への帰り、シノブどのがぴったりついて来た。距離が近い。いい感じだ。
「なぁ、シノブどの。今日は、急展開だったけどさ、俺はシノベとの婚姻同盟を前から考えてはいたんだ。でもな、シノブどのにすでに言い交した相手がいるのなら、それを引き裂く訳には行かない。」
「おりませぬ。私は修行一筋だったゆえ、色恋などに割く時間はござりませんでした。」
「そうか、ではユノベからシノベへ婚姻同盟を申し込んでも差し支えないか?」
この問い掛けにシノブどのは、大きく深呼吸してからきっぱりと、
「ござりませぬ。」と言った。
「うちの嫁たちとはいつから懇意なの?」口調をタメ口に変えて、ついでに手を繋いでみたりする。シノブどのは一瞬ギョッとしたが、俺の手を振りほどきはしなかった。手の繋ぎ方はノーマル。まだ、恋人繋ぎではない。
「私がユノベ様付き部隊に加わったのは、トリト遠征からでござりまする。初任務でござりました。皆様が入られたトリトの宿屋に、私たちユノベ様付き部隊も入りまして…、その、お楽しみにされていた混浴を不意にしてしまいました。あの折は、申し訳ござりませんでした。」
「あ、そんなこと、あったなぁ。あのときからか。宿屋の主人が詫びつつも、全然すまなそうな顔をしてなかったんだよなぁ。」
「皆様と親しくなったのは、トリトの次に泊まったアワクでござりまする。私たちくノ一が、護衛を兼ねて一緒に大浴場にいましたところ、男湯から主様が声を掛けて来たのでござりまする。覚えておられましょうや?」
「そんなこともあったかな。」とは言ったけど、完璧に覚えている。
女湯には嫁たちしかいないと思って、男湯からそっちに行ってもいいかと聞いたのである。他の客がいるからダメ、恥を搔かすな、と怒られたのだった。
「あの折に、皆様から謝られまして、それを機に皆様と私たちくノ一が仲良くなったのでござりまする。主様のお陰でござりまする。」俺のお陰…なのかな?
「そうだったのか。」
「特に私は、ユノベ様付き部隊のくノ一では、最年少と言うこともござりますれば、皆様にはよくして頂いておりました。また私も、年下のサーちゃんとウーちゃんは、妹みたいに思うてござりまする。」
「サーちゃんとウーちゃんって、サキョウとウキョウ?」
「はい。おふたりは私のことをシーちゃんと呼びまするが、それがほかの皆様にも広がりましてござりまする。」マジかよ。そこまで親しくなってたのか…。
湯宿の特別室に着くと、嫁たちは今日の営業を終えており、早速、湯に浸かっていた。
シノブどのをそのままにして、俺が風呂に加わる訳にも行かず、お茶などを出しつつ、居間で待っていると、キョウちゃんズが最初に風呂から出て来た。
「アタル兄、なんで入って来ぃへんの?」
「あ、お客さんかいな…、ってシーちゃんやないの!」
「ほんまや、シーちゃん、いらっしゃーい。」とサキョウとウキョウが両手を振って、シノブどのも両手を振り返す。あ、これって仲のいい女子たちでよくやるやつじゃん。
「ここマザやし、シーちゃんがいてはるのも当たり前やなー。」
「サーちゃん、ウーちゃん、おじゃましてるでござる。」
「なぁ、シーちゃん、アタル兄に口説かれへんかった?」
「え?」返答に窮するシノブどの。しかし待て。そっちが勝手に妄想したんだろうがっ!まぁ、俺もそれに乗ったけどよ。
「あー、このリアクション!アタル兄、シーちゃんのこと、口説いたやろ?」
「ああ、シノベと婚姻同盟を結ぶ。今日、シノブどのには、皆に挨拶しに来てもらったんだ。」
「うわっ。シレっと吐きよった。でもシーちゃんなら大歓迎やんかー。」
「せやなー。嬉しいでー。これでうちら、竿姉妹やなー。」
と言って、両横からシノブどのに抱き付くキョウちゃんズ。シノブどのもニコニコしながらハグで返している。あー、あの真ん中に挟まりてぇ。
ん?待てよ。今、ウキョウの奴、どさくさに紛れて飛んでもないことを口走ってなかったか?竿姉妹とか…。厳密に言うと、まだ違うけどな。でもじきにそうなる。苦笑
その後、他の嫁たちも風呂から上がって来たので事情を話した。もちろん皆、大賛成だった。とてもいい嫁たちである。
湯宿に頼んで、急遽ひとり分の夕餉を追加してもらい、その日の晩は9人で楽しく談笑したのだった。そして俺とシノブどのも大分打ち解けた。
「なぁ、シノブどの。『主様』と呼ぶのはやめてくれないか?アタルでいい。その代わり俺もシノブと呼ばせてもらう。」
「分かりましてござりまする。」
「その口調も改めてくれよ。」
「分かったでござる。」ござるは抜けないのな。笑
その夜、シノブはシノベ館に帰って行ったが、当然俺は送って行った。もちろん、忍の者であるシノブは闇に紛れるのはお手の物で、普通の若い女子と違って危険はない。
「しかし、男は、愛しい女性を送るものだ。」と強く主張した。
俺が、『愛しい』と言う単語をさり気なく交えたことで、シノブは赤くなってもじもじし、サヤ姉とサジ姉は「また始まったよ。」と言った顔でジト眼を向けて来て、マイペースのホサキは「男はそうでなくてはな。」と感心し、キョウちゃんズは「「ひゅー、ひゅー。」」と煽り、アキナは「やりますわね。」と冷静に、タヅナは「あらぁ。うふふぅ。」とほんわかしたひと言を放ったのだった。
嫁たちの反応は、いつも通りだ。笑
で、シノベ館に送るときは、当然恋人繋ぎである。シノブも、頭を肩に持たせ掛けて来ている。いい雰囲気じゃん。しかし、シノブの御父上であるシノベのお頭に正式な許可をもらうまでは、軽はずみなことはしない。今宵は我慢して別れた。
その分、今宵はホサキを攻め立ててやるっ。
湯宿に帰って、星空の露天風呂を堪能してから、むふふ部屋にホサキを連れ込んで、たっぷり味わったのだった。
翌日、朝餉を摂った後、俺は流邏石でテンバのユノベ館に飛んだ。
3人の叔父貴たちに会うためだ。
で、最近造った密談用の隠し部屋に、3人の叔父貴たちと一緒にいる。
オミョシ西家で、シエンが重宝して使っていた密談専用の隠し部屋が気に入り、真似してユノベ館にも造らせたのだ。
「アタルよ、マザでは次ノ宮殿下のお使いをしっかり果たしたのか?」二の叔父貴が聞いて来た。
「もちろん。シノベどのは『名誉なこと。』と喜んでたよ。」
今上帝陛下から帝太子殿下への御代替わりの儀式一切の取り仕切りを、帝太子殿下から任された次ノ宮殿下は、御代替わりの一連の儀式における四職のひとつ、先陣にシノベのお頭を抜擢した。その内意の伝達に、俺をシノベ本拠のあるマザまで遣わしたのだ。
表向きは内意の伝達の使いであるが、実のところ殿下は、朝廷の意を受けて、荒ぶる神の七神龍を鎮めるために、和の国中を飛び回った俺たちへの休暇のご褒美を下さったのだ。マザは湯治の温泉街だから、ゆるりと温泉に浸かって来い。と言う粋な計らいだ。
しかしほんとに、和の国中を飛び回ったよな。
西和のトリトで橙土龍シンを攻略し、商都に戻ったら、朝廷から北の果ての二の島へ藍凍龍レイ攻略の指名依頼。ちなみに朝廷からの指名依頼は、断ったら冒険者ランクを下げられるから実質上は命令だけどな。
二の島から東都に帰還したら間髪入れずに、再び朝廷からの指名依頼。西の果ての三の島へ紅蓮龍エン攻略だ。その帰りに、南の四の島での紫嵐龍ノワの攻略依頼。これはガヒューギルドからの依頼だったけど。
で、テンバのユノベ本拠に帰還したら、今回のマザへのお使いである。
「では、このまましばらくマザで湯治ができるのだな。どうだ?マザの湯は。いい湯か?」と、三の叔父貴。
「うん、いい湯だよ。俺の好きな白濁硫黄泉だしね。実は臨時収入があったからさ、ちょっと奮発して特別室にしたんだよ。そのお陰で、他の客とは会わずに気兼ねなく、のんびりさせてもらってるんだ。」
俺はガノラッパ一家との抗争で、詫び金として、大金貨10枚=白金貨1枚をせしめたことを話した。
「アタルよ、相変わらず容赦ないな。」と呆れる末の叔父貴。3人の叔父貴たちは半ば引きつっている。笑
「で、今日の本題なんだけどさ、シノベと婚姻同盟を結ぼうと思うんだけど、どうかな?」
俺は、ユノベ付きシノベ衆のまとめ役に就任したばかりのシノブが、シノベのお頭の一の姫であったこと。
今回の俺のシノベ訪問が、婚姻同盟の申し込みと早合点したシノブが、シノベのお頭にそういう方向で話を持って行っていたこと。
シノベのお頭がユノベとの婚姻同盟については満更でもない様子であること。
を語った。
「シノベとの婚姻同盟は願ってもないがな…。」ん?二の叔父貴、歯切れが悪くね?
「二の叔父貴、何か懸念でも?」
「アタル、これで8人目であろ?嫁たちは揉めたりせんのか?」と三の叔父貴が、二の叔父貴の懸念を代弁した。
「ああ、それは大丈夫だよ。シノブは、すでに他の嫁たちと懇意でさ…。」
シノブがトリト遠征から影の護衛として、嫁たちと大浴場に一緒に入っていて、すでに嫁たちとは、親密になっていることを告げた。
「おお、それなら大丈夫だの。」
「まぁ、なんだかんだ言って、サヤ姉とサジ姉のツートップの下、嫁たちは皆、まとまってるしね。」
そして、同盟諸家であるトノベ、ヤクシ、タテベ、キノベ、オミョシ西家と、提携相手である山髙屋に、シノベを同盟に加えてよいか打診するために、流邏石を駆使して、トコザ、トマツ、コスカ、ミーブ、東都と東を回り、最後に西のアーカを回って、マザに戻ったのは、夕刻であった。
もちろん諸家の返事は『諾。』エノベからも、オミョシ西家経由で承諾を取り付けた。
これで、ユノベ・トノベ・ヤクシの3家同盟に始まった武家同盟は、ユノベ・タテベ同盟、ユノベ・キノベ同盟、ユノベ・山髙屋提携、ユノベ・オミョシ西家同盟、オミョシ西家・エノベ同盟、ユノベ・シノベ同盟と、8武家1商家の大連合になる。
しかもこの大連合は、次ノ宮殿下を窓口にして、帝家の支持までをも取り付けている。それもそのはず、俺、トウラク、シルド、シエンが、次ノ宮殿下の腹心なのだ。
つまり、オミョシ西家との関係が拗れているオミョシ東家は、完全に孤立している訳である。
なお、オミョシ西家を継いで間もないシエンが、この大連合を利用して、オミョシ東家を臣従させるのは、もう少し後のこと。
東都では、山髙屋東都総本店で社長と面会した後、帝居にも寄って、次ノ宮殿下にシノベのお頭が、大喜びで先陣の任を引き受けたことと、これが縁でシノベと婚姻同盟を結ぶことになりそうなことをお伝えした。
「アタル、お前なぁ…。」次ノ宮殿下は、半ば呆れておられた。苦笑
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/12/4
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
Zu-Y
№151 誤解と和解
「待たれよ。」
ここはシノベの表座敷。
重臣たちを人払いしてもらい、俺とシノベどの、そしてシノブどのの3人で、次ノ宮殿下から言付かった極秘事項、すなわち御代替わりに関わる話をシノベどのに告げた。
そして、御代替わりの一連の儀式における、前半の供奉の先陣をシノベどのに引き受けてもらい、話が終わって俺は席を立とうとしたのだが、シノベどのから待ったを掛けられたのだ。
俺は座り直し、
「何か?」とシノベどのに用件を尋ねた。
「話はそれだけでござるか?」
「いかにも。」この返答に、シノブどのが俯いた。ん?どうかしたのか?心なしかしょ気ているように見えるが…?一方、シノベどのはムッとした。
「アタルどの、そなた、これなるシノブがユノベ付き部隊のまとめ役を引き継いだ直後に、私への取次ぎを頼んだそうだな。」
「確かにそうだが…。」
「その折に、エノベとオミョシ西家の婚約に触れたとか?」シノベどのも分家ではなく、西家と言った。先程、言外に匂わせた俺の意向を察したようだな。
「いかにも。」
「さらにはシノブの真名も聞いたそうだな。」
「ああ、聞いた。」
「真名を告げると言うのは、忍の者にとっては特別だ。」
「そうなのか?それは知らなんだ。」正直、名前ぐらいで大袈裟な。と思った。内緒だけどな。
「私への取次ぎを頼み、エノベの婚約に話を振り、シノブに真名まで聞いた。あまつさえ、今日は迎えに出たシノブに『見惚れた。』などと思わせぶりなことを言ったそうではないか。これはシノブを所望し、わがシノベと婚姻同盟を結びたいと言うことではないのか?なぜその話を出さぬ?」はぁぁぁ?何それ。なんでそこまで一気に話が飛躍するんだよ?
まぁでも、よくよく考えれば、シノブどのは超美人だし、忍の技で鍛えた身軽な体は俺好みの小振りなスレンダー。しかもエノベと婚姻同盟が結べるのであれば、一石二鳥だ。シノベどのからこの話を振って来ると言うことは、先方も本音のところは乗り気と見て間違いあるまい。
ひと息置いて、間を作った。ここは勝負どころだな。
「その話は後日改めてと考えていた。」俺はとっさに取り繕った。
「それはなぜだ。」ちょっと待て、今、考えるから…。
「その理由はいくつかあるが…。」ここで一旦話を切って時間を稼ぐ。俺がシノベどのを凝視すると、シノベどのは睨み返して来た。互いに視線を逸らさず、沈黙のときが流れる。
「その理由とやらを申してみよ。」シノベどのが焦れて催促して来た。
よし、考えがまとまった。
「ひとつは、本日は次ノ宮殿下の内々の意向を伝えに参った公の訪問。そこで私的な婚姻同盟の話を切り出すは、次ノ宮殿下に畏れ多いと考えた次第。」
「む。」この話を切り出したシノベどのが言葉を詰まらせた。
俺の言い分は、見方を変えれば、シノベどのに対し、『この話題を出すお前は、次ノ宮殿下に対して不敬だぞ。』と言った様なものだ。よし、先制攻撃が効いた。まずは一本取ったな。
「次に、当のシノブどのとこの話をまだ正式にはしていない。俺はシノブどのが欲しい。しかし政略とは言え、本人が望まぬ婚姻はシノブどのを不幸にする。シノブどのが不幸になれば、婚姻同盟に亀裂が入るやもしれず、同盟の長続きは望めまい。さすれば、ユノベとシノベの関係に触りが出るは必定。現在、ユノベとシノベはいい友好関係にあり、頼りにしているシノベとの関係にヒビが入るのは、ユノベとしては望まぬ。シノベどの、そこのところ、いかがであろう?」と話を振った。
「うむ、確かにシノベとしても、ユノベとは今後も良好な関係を維持して行きたいと思っている。」よし、ユノベどのは俺に追随した。これでまた一本取ったな。主導権は握った。ここで、一気に押し切ってやる。
「それと、これが一番大事なのだが、俺は方々の勢力と婚姻同盟を結んでいる。このため嫁が7人もいる。俺の希望通り、シノブどのを迎えることになるならば、シノブどのには、嫁たちと軋轢を生じず、嫁たちの輪の中にすんなり入ってもらいたい。そのためには、事前に嫁たちとの顔合わせが必要だ。」
「主様、それでしたら私は、皆様とすでに顔見知りでござりまするが?」
「え?いつの間に?」
「ご存知なかったのでござりまするか?私は、ユノベ様付き部隊の一員として、トリトから、影の護衛のひとりに加わってござりまする。皆様の警護で、他のくノ一たちとともに、大浴場にもお供致しましてござりまする。」
「まじで?聞いてないよー。」やばっ、余りの驚きに、外交口調が崩壊してしまった。汗
シノブどのの予想外な返答に、優勢だったやり取りが、一気に振出しに戻ってしまった。
『しっかりせよ。』『狼狽えるな。』『大したことでないぞ。』『シャキッとせよ。』『立て直さぬか。』『ここが勝負どころぞ。』
ライたちがこぞって、念話で発破を掛けて来た。汗
「シノブどの、改めてそなたのご意向を尋ねたいゆえ、この後、俺たちの湯宿に来てくれ。
シノベどの、この話は後日改めて。それでよろしいか?」
「うむ。相分かった。引き留めて失礼した。」
「なんの。ではまた後日。」なんとかその場を取り繕った。
「シノブ、アタルどのをお送りせよ。」
「はい。」
シノベ館から湯宿への帰り、シノブどのがぴったりついて来た。距離が近い。いい感じだ。
「なぁ、シノブどの。今日は、急展開だったけどさ、俺はシノベとの婚姻同盟を前から考えてはいたんだ。でもな、シノブどのにすでに言い交した相手がいるのなら、それを引き裂く訳には行かない。」
「おりませぬ。私は修行一筋だったゆえ、色恋などに割く時間はござりませんでした。」
「そうか、ではユノベからシノベへ婚姻同盟を申し込んでも差し支えないか?」
この問い掛けにシノブどのは、大きく深呼吸してからきっぱりと、
「ござりませぬ。」と言った。
「うちの嫁たちとはいつから懇意なの?」口調をタメ口に変えて、ついでに手を繋いでみたりする。シノブどのは一瞬ギョッとしたが、俺の手を振りほどきはしなかった。手の繋ぎ方はノーマル。まだ、恋人繋ぎではない。
「私がユノベ様付き部隊に加わったのは、トリト遠征からでござりまする。初任務でござりました。皆様が入られたトリトの宿屋に、私たちユノベ様付き部隊も入りまして…、その、お楽しみにされていた混浴を不意にしてしまいました。あの折は、申し訳ござりませんでした。」
「あ、そんなこと、あったなぁ。あのときからか。宿屋の主人が詫びつつも、全然すまなそうな顔をしてなかったんだよなぁ。」
「皆様と親しくなったのは、トリトの次に泊まったアワクでござりまする。私たちくノ一が、護衛を兼ねて一緒に大浴場にいましたところ、男湯から主様が声を掛けて来たのでござりまする。覚えておられましょうや?」
「そんなこともあったかな。」とは言ったけど、完璧に覚えている。
女湯には嫁たちしかいないと思って、男湯からそっちに行ってもいいかと聞いたのである。他の客がいるからダメ、恥を搔かすな、と怒られたのだった。
「あの折に、皆様から謝られまして、それを機に皆様と私たちくノ一が仲良くなったのでござりまする。主様のお陰でござりまする。」俺のお陰…なのかな?
「そうだったのか。」
「特に私は、ユノベ様付き部隊のくノ一では、最年少と言うこともござりますれば、皆様にはよくして頂いておりました。また私も、年下のサーちゃんとウーちゃんは、妹みたいに思うてござりまする。」
「サーちゃんとウーちゃんって、サキョウとウキョウ?」
「はい。おふたりは私のことをシーちゃんと呼びまするが、それがほかの皆様にも広がりましてござりまする。」マジかよ。そこまで親しくなってたのか…。
湯宿の特別室に着くと、嫁たちは今日の営業を終えており、早速、湯に浸かっていた。
シノブどのをそのままにして、俺が風呂に加わる訳にも行かず、お茶などを出しつつ、居間で待っていると、キョウちゃんズが最初に風呂から出て来た。
「アタル兄、なんで入って来ぃへんの?」
「あ、お客さんかいな…、ってシーちゃんやないの!」
「ほんまや、シーちゃん、いらっしゃーい。」とサキョウとウキョウが両手を振って、シノブどのも両手を振り返す。あ、これって仲のいい女子たちでよくやるやつじゃん。
「ここマザやし、シーちゃんがいてはるのも当たり前やなー。」
「サーちゃん、ウーちゃん、おじゃましてるでござる。」
「なぁ、シーちゃん、アタル兄に口説かれへんかった?」
「え?」返答に窮するシノブどの。しかし待て。そっちが勝手に妄想したんだろうがっ!まぁ、俺もそれに乗ったけどよ。
「あー、このリアクション!アタル兄、シーちゃんのこと、口説いたやろ?」
「ああ、シノベと婚姻同盟を結ぶ。今日、シノブどのには、皆に挨拶しに来てもらったんだ。」
「うわっ。シレっと吐きよった。でもシーちゃんなら大歓迎やんかー。」
「せやなー。嬉しいでー。これでうちら、竿姉妹やなー。」
と言って、両横からシノブどのに抱き付くキョウちゃんズ。シノブどのもニコニコしながらハグで返している。あー、あの真ん中に挟まりてぇ。
ん?待てよ。今、ウキョウの奴、どさくさに紛れて飛んでもないことを口走ってなかったか?竿姉妹とか…。厳密に言うと、まだ違うけどな。でもじきにそうなる。苦笑
その後、他の嫁たちも風呂から上がって来たので事情を話した。もちろん皆、大賛成だった。とてもいい嫁たちである。
湯宿に頼んで、急遽ひとり分の夕餉を追加してもらい、その日の晩は9人で楽しく談笑したのだった。そして俺とシノブどのも大分打ち解けた。
「なぁ、シノブどの。『主様』と呼ぶのはやめてくれないか?アタルでいい。その代わり俺もシノブと呼ばせてもらう。」
「分かりましてござりまする。」
「その口調も改めてくれよ。」
「分かったでござる。」ござるは抜けないのな。笑
その夜、シノブはシノベ館に帰って行ったが、当然俺は送って行った。もちろん、忍の者であるシノブは闇に紛れるのはお手の物で、普通の若い女子と違って危険はない。
「しかし、男は、愛しい女性を送るものだ。」と強く主張した。
俺が、『愛しい』と言う単語をさり気なく交えたことで、シノブは赤くなってもじもじし、サヤ姉とサジ姉は「また始まったよ。」と言った顔でジト眼を向けて来て、マイペースのホサキは「男はそうでなくてはな。」と感心し、キョウちゃんズは「「ひゅー、ひゅー。」」と煽り、アキナは「やりますわね。」と冷静に、タヅナは「あらぁ。うふふぅ。」とほんわかしたひと言を放ったのだった。
嫁たちの反応は、いつも通りだ。笑
で、シノベ館に送るときは、当然恋人繋ぎである。シノブも、頭を肩に持たせ掛けて来ている。いい雰囲気じゃん。しかし、シノブの御父上であるシノベのお頭に正式な許可をもらうまでは、軽はずみなことはしない。今宵は我慢して別れた。
その分、今宵はホサキを攻め立ててやるっ。
湯宿に帰って、星空の露天風呂を堪能してから、むふふ部屋にホサキを連れ込んで、たっぷり味わったのだった。
翌日、朝餉を摂った後、俺は流邏石でテンバのユノベ館に飛んだ。
3人の叔父貴たちに会うためだ。
で、最近造った密談用の隠し部屋に、3人の叔父貴たちと一緒にいる。
オミョシ西家で、シエンが重宝して使っていた密談専用の隠し部屋が気に入り、真似してユノベ館にも造らせたのだ。
「アタルよ、マザでは次ノ宮殿下のお使いをしっかり果たしたのか?」二の叔父貴が聞いて来た。
「もちろん。シノベどのは『名誉なこと。』と喜んでたよ。」
今上帝陛下から帝太子殿下への御代替わりの儀式一切の取り仕切りを、帝太子殿下から任された次ノ宮殿下は、御代替わりの一連の儀式における四職のひとつ、先陣にシノベのお頭を抜擢した。その内意の伝達に、俺をシノベ本拠のあるマザまで遣わしたのだ。
表向きは内意の伝達の使いであるが、実のところ殿下は、朝廷の意を受けて、荒ぶる神の七神龍を鎮めるために、和の国中を飛び回った俺たちへの休暇のご褒美を下さったのだ。マザは湯治の温泉街だから、ゆるりと温泉に浸かって来い。と言う粋な計らいだ。
しかしほんとに、和の国中を飛び回ったよな。
西和のトリトで橙土龍シンを攻略し、商都に戻ったら、朝廷から北の果ての二の島へ藍凍龍レイ攻略の指名依頼。ちなみに朝廷からの指名依頼は、断ったら冒険者ランクを下げられるから実質上は命令だけどな。
二の島から東都に帰還したら間髪入れずに、再び朝廷からの指名依頼。西の果ての三の島へ紅蓮龍エン攻略だ。その帰りに、南の四の島での紫嵐龍ノワの攻略依頼。これはガヒューギルドからの依頼だったけど。
で、テンバのユノベ本拠に帰還したら、今回のマザへのお使いである。
「では、このまましばらくマザで湯治ができるのだな。どうだ?マザの湯は。いい湯か?」と、三の叔父貴。
「うん、いい湯だよ。俺の好きな白濁硫黄泉だしね。実は臨時収入があったからさ、ちょっと奮発して特別室にしたんだよ。そのお陰で、他の客とは会わずに気兼ねなく、のんびりさせてもらってるんだ。」
俺はガノラッパ一家との抗争で、詫び金として、大金貨10枚=白金貨1枚をせしめたことを話した。
「アタルよ、相変わらず容赦ないな。」と呆れる末の叔父貴。3人の叔父貴たちは半ば引きつっている。笑
「で、今日の本題なんだけどさ、シノベと婚姻同盟を結ぼうと思うんだけど、どうかな?」
俺は、ユノベ付きシノベ衆のまとめ役に就任したばかりのシノブが、シノベのお頭の一の姫であったこと。
今回の俺のシノベ訪問が、婚姻同盟の申し込みと早合点したシノブが、シノベのお頭にそういう方向で話を持って行っていたこと。
シノベのお頭がユノベとの婚姻同盟については満更でもない様子であること。
を語った。
「シノベとの婚姻同盟は願ってもないがな…。」ん?二の叔父貴、歯切れが悪くね?
「二の叔父貴、何か懸念でも?」
「アタル、これで8人目であろ?嫁たちは揉めたりせんのか?」と三の叔父貴が、二の叔父貴の懸念を代弁した。
「ああ、それは大丈夫だよ。シノブは、すでに他の嫁たちと懇意でさ…。」
シノブがトリト遠征から影の護衛として、嫁たちと大浴場に一緒に入っていて、すでに嫁たちとは、親密になっていることを告げた。
「おお、それなら大丈夫だの。」
「まぁ、なんだかんだ言って、サヤ姉とサジ姉のツートップの下、嫁たちは皆、まとまってるしね。」
そして、同盟諸家であるトノベ、ヤクシ、タテベ、キノベ、オミョシ西家と、提携相手である山髙屋に、シノベを同盟に加えてよいか打診するために、流邏石を駆使して、トコザ、トマツ、コスカ、ミーブ、東都と東を回り、最後に西のアーカを回って、マザに戻ったのは、夕刻であった。
もちろん諸家の返事は『諾。』エノベからも、オミョシ西家経由で承諾を取り付けた。
これで、ユノベ・トノベ・ヤクシの3家同盟に始まった武家同盟は、ユノベ・タテベ同盟、ユノベ・キノベ同盟、ユノベ・山髙屋提携、ユノベ・オミョシ西家同盟、オミョシ西家・エノベ同盟、ユノベ・シノベ同盟と、8武家1商家の大連合になる。
しかもこの大連合は、次ノ宮殿下を窓口にして、帝家の支持までをも取り付けている。それもそのはず、俺、トウラク、シルド、シエンが、次ノ宮殿下の腹心なのだ。
つまり、オミョシ西家との関係が拗れているオミョシ東家は、完全に孤立している訳である。
なお、オミョシ西家を継いで間もないシエンが、この大連合を利用して、オミョシ東家を臣従させるのは、もう少し後のこと。
東都では、山髙屋東都総本店で社長と面会した後、帝居にも寄って、次ノ宮殿下にシノベのお頭が、大喜びで先陣の任を引き受けたことと、これが縁でシノベと婚姻同盟を結ぶことになりそうなことをお伝えした。
「アタル、お前なぁ…。」次ノ宮殿下は、半ば呆れておられた。苦笑
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/12/4
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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