射手の統領

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射手の統領113 タッテーノの出湯の宿屋

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射手の統領
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№113 タッテーノの出湯の宿屋

 朝餉を摂ってすぐヤナガーの町を発ち、北斗号で南南東に進んでいる。馬たちは今日もご機嫌でグイグイと北斗号を引っ張っている。
 気候はすっかり寒さが緩んで春めいて来ている。ところどころに生えている桜の木も三分咲き、四分咲きと言ったところだろうか。桜が咲くといかにも春と言う感じである。

 花は桜木、と言うように、桜の花はその美しさに加え、一気に咲いてさっと散る潔さ、一年でほんの数日花を咲かすだけの儚さで、俺の心を鷲掴みにする。いや、俺だけじゃあるまい。およそ和の民で、桜を嫌いな奴はまずいないだろう。
 太陽の下では、その清楚な美しさに見惚れるが、夜桜のぞっとする妖艶さには吸い込まれそうになる。そしてこの淡い独特の香りもいい。

 桜を愛でながらの道中は、緩やかに時が過ぎて行くように感じる。桜を見ながらのこの日の行程は、ヤナガーを出て、海を馬手側に見ながら海岸線を南下、ガナッスの港町を通過して海岸線に沿って少しだけ南東に行った後、海岸線を離れて東へ。そしてしばらく行ったところのターマナの原野で野営だ。

 北斗号の轅から馬たちを解放し、メイン車両とサブ車両をL字に配置して、L字の中で火を焚く。メイン車両の火を焚いた側の壁を押し開けて、野営配置が完了。
 早速、鍋を火に掛けて、野菜や肉類をぶつ切りにしてガンガンぶち込む。しばらくするといい匂いが漂って来て、ハタカで仕入れた柚子胡椒を薬味に食う。美味である。北斗号のまわりには、二重に鈴の警戒柵を張った。
 そして、夜間はふたりひと組で交代制の見張りだ。とは言え、見張も何も辺りは真っ暗なのだが。その分やたらと星空がきれいだった。

 その晩、魔物や野盗の襲撃はなく、無事にやり過ごした。

 翌朝、朝餉を摂って出発し、東へ進む。山峡の道を抜けると平野が広がり、馬手側にはクマモンの港町がある。クマモンはかなり大きな港町で、クマモン中心部とクマモン港はそこそこ離れており、規模的には宰府に匹敵する。三の島中央西岸の中心だ。クマモンでは、紅蓮龍の影響で、やや気温が高くなっていた。
 今回はそのままクマモンを素通りして、東向きの進路の真正面にでんと構えるアゾの活火山へと一直線だ。クマモンの町を東から西へ流れるシロの河を馬手側に見ながら北河岸を東へ進むと、昼餉を摂った後には山道となり、シロの河を谷底に見るようになる。
 この辺りまで来ると、紅蓮龍の影響でかなり暑い。まるで真夏のようだ。北斗号の車両内部には、寒冷石を使って冷房を入れている。メイン車両の御者台からの入口横にある気力石装填台に寒冷石をセットしたのだ。
 この暑さで、うちの元気な馬たちも、少々バテ気味である。

 やがて東から西に流れるシロの河に北から南に流れて来たクロの河が、直行するようにぶつかって合流する。ここでクロの河の上流に向かって、進路は北に変わり、クロの河を馬手側の谷底を見ながら下へ進む。アゾの活火山は馬手側になった。
 そしてこの辺りまで来ると、紅蓮龍の影響で非常に暑い。まるで真夏だ。もちろん寒冷石を使って、メイン車両内は涼しいのだがな。

 この辺りの橋は、紅蓮龍によって落とされている。針路を北に転じてすぐに、大きな橋の横を通過した。これがタッテーノ大橋、またの名をアゾの大橋だな。この橋が落とされたせいで、谷底に下りてのクロの川を渡って、今度は谷底から上がらなければいけない。谷底から上がってようやくアゾの活火山の麓なのだから、タッテーノ大橋が落とされたせいで、アゾの活火山に行くのはひと苦労だ。

 その後、クロの河を馬手側に見ながらクロの河に沿って北上すると、意外とすぐに、タッテーノの出湯の宿屋に着いた。ここはタッテーノの村の中心からは外れているので、馬車停めや厩もある。
 ここまでよく北斗号を曳いてくれた馬たちだが、この暑さのせいで流石にバテていた。しかし、厩にはミスト装備があり、ミストを浴びつつ大きな扇風機の風を受けて、馬たちはとても喜んでいた。後はたっぷり飼葉を食わせて休ませればいい。

 この宿屋は大人の隠れ家と言うコンセプトで、客室はすべてひと棟ひと棟の別の建物になっており、平屋で庵のようだ。黒い柱と屋根に、白い漆喰の壁のコントラストが、見事に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、まさに大人の隠れ家。渋い!
 そのうち大きいひと棟を取った。驚いたことにすべての棟に露天風呂があり、フロントや食事処のあるメイン棟には大浴場もあった。余程、湯の湧出量が多いと見える。なお、泉質は赤湯のにごり湯で、源泉掛け流しだ。何という贅沢な。
 部屋に入って早速、部屋付きの露天風呂に皆で入る。8人だとちょっと…いやかなりきつい。苦笑

 風呂から出て、団扇で扇いでいる。
 風呂上がりもあるのだが、紅蓮龍の影響で、気温が異常に高いのだ。まるで真夏の陽気である。
 もちろん露天風呂は屋外だからこそ、紅蓮龍の影響によるこの暑気なのであるが、当然、部屋に入れば寒冷石による空調が効いている。ではなぜ部屋に入らないか?
 そんなの眼の前が百花繚乱だからに決まってるじゃないか。
 正確には14花だがな。小振りな双丘の頂にそれぞれ咲く一輪ずつの花。7組の双丘の頂には、一輪咲の、桃色花、桜色花、ベージュ花、紅色花、栗色花が各2輪、薄い赤茶色花が4輪。
 花鳥風月とは風流を代表する4つの自然風景だが、これを愛でる心が風流の心だ。花はその花鳥風月の一番最初。我らがユノベも武門の第一等。一番つながりで、風流を愛でるなら、俺はまず花なのだ。

 楽しい時間はすぐに過ぎ行くもの。混浴タイムは間もなく終了し、夕餉となった。ここでは真面目な話題。明日以降の、紅蓮龍攻略計画である。
「またいつものように、俺がアゾの活火山に登って、操龍弓で紅蓮龍の気配を追いながら、彼奴の居所、できれば巣穴を見付けて、近くで流邏矢を登録して来るよ。」
「でもぉ、大橋は落ちてるのよねぇ。」
「うん、だからいったん谷底に下りて、河を渡るしかねぇよな。」
「結構急な流れなんじゃないですか?」
「氷撃矢で凍らせるよ。」
「タッテーノ大橋だけとも思えぬな。他に橋があるのではないか?」
「確かに…そう…。」

 今宵の夕餉は、宿屋の食事処でこの宿自慢の創作料理である。仲居さんが次の料理を運んで来たときに聞いてみた。ちなみにこの仲居さんは、さっきからやたらと愛想がいい。
「お姉さん。大橋が落とされちゃったみたいだけど、対岸に渡るにはどうしたらいいの?」
「お客さんクマモンから来んしゃったとね。」
「うん。」
「やっぱりねぇ。もそっと行きよったら、橋があるとよ。」
「へ?そうなの?」なんだよ、あっさり解決じゃん。やっぱ地元に人に聞いてみるもんだな。
「あたしんちは対岸にあるとよ。毎日そん橋ば、渡って来ちょっと。お客さんが来た道ば、もそっと北に行けばよかとよ。」
「そうなんだ。ありがとね。」俺がチップを渡すと、仲居さんは喜んでさらに愛想がよくなったのだった。

 馬たちにはこの暑さはしんどいだろうし、山道なので、明日以降のアゾの活火山へのアタックは、徒歩で俺ひとりが行くことにした。
 皆も一緒に行くと言うが、操龍弓で紅蓮龍の気配を探知しながらだし、休めるときは休んでおいて、攻略戦に備えといて欲しい。と言うことで、嫁たちはここ、タッテーノの宿屋に残すことにした。俺の分まで赤湯を堪能してくれぃ。ま、帰って来たら俺も堪能するけどね。
 夕餉を堪能した俺たちは、そのまま食事処と同じメイン棟にある大浴場に行った。俺はひとり、男湯を独占、いや、独泉したのだった。…ちぇっ、寂しい。

 翌日、まず、タッテーノの宿屋に帰還用の流邏石を8個登録して7個を皆に配った。それから、仲居さんに教わった通り、宿屋の前の道をさらに北に行くと、大して行きもしないうちに、クロの河に掛かった橋があった。タッテーノに来る途中、紅蓮龍に落とされたタッテーノの大橋の残骸を見て来たが、あれよりはずっと小さい橋だ。
 橋を渡って西に向かって折れ、まっすぐアゾの活火山を目指した。

 西に転じて1時間も歩くと、坂道の勾配が徐々にきつくなって来た。しかし坂道よりも、この暑さがきつい。流石にこの暑さでは、今やセプトの代名詞となった濃紺の外套は着ていられない。もし着たままなら、間違いなく熱中症になる。
 いくら暑いと言っても、流石に防具一式までは脱げないので、歩を緩めて、休憩と水分補給を頻繁にしつつ、アゾの活火山へと登って行った。
 途中、操龍弓で気配探知を行うと、確かにアゾの活火山の山頂付近から、紅蓮龍の気配がする。

 アゾの活火山に向けてかなり上ると、かなり広い高原に出た。一面が草原である。ここをうちの馬たちに乗って疾駆したらさぞ気持ちよかろうな。
 焦る必要はないので、この日はこの高原の草原までとし、ここに流邏矢の甲矢を登録した。

 明日は、アゾの活火山の山頂付近まで行くから、紅蓮龍との遭遇もあり得る。耐熱装備として、宰府の装備屋で注文しておいた濃紺のマントは、そろそろ仕上がってるだろうか?
 俺は流邏石で宰府に飛んだ。装備屋に行くと濃紺のマントは仕上がっており、早速羽織ってみるとかなりいい塩梅である。
 8人分の濃紺のマントの代金として金貨8枚を支払い、嫁たちのマントも受け取って、流邏石でタッテーノの宿屋に帰った。

 宿屋に戻って、昨日の愛想のいい仲居さんがいたので、流邏矢の甲矢を登録して来た高原の草原のことを聞いてみると、あの高原の草原は、草万里と言って有名な観光名所だそうだ。もっとも紅蓮龍のせいで、ここのところは観光客がめっきり減ったとか。8人で連泊の俺たちは、宿屋にとってはかなりありがたいとのことだった。
 まあ、しばらくはここに腰を据えて紅蓮龍を攻略することになるからね。それに宿代は、一時立替とは言え、後日に経費として精算できるしな。

 部屋と言うか、庵に戻って、嫁たちに濃紺のマントを渡すと皆いい感じで、様になっている。キョウちゃんズがマントをバサッとやって、
「「われらはキョウちゃんズ、アタル兄の幼な妻にして、陰陽士を目指す者。」」
 と、なぜか厨二病全開のポージンングを、恥ずかしげもなくやっていた。そして、そこに大人嫁たちがやんややんやと歓声を送っている。やめてくれ、マジで。かなり引く俺。
 しかし、幼な妻と言う表現がちょっと引っ掛かる。年齢的に未成年のふたりには、最終ラインを守って、まだ抉じ開けてはいない。せめて幼なフィアンセとかにして欲しい。
 それと、陰陽士を目指す者と言う最後のフレーズは、さっさと抉じ開けろという圧力なのであろうか?俺はスルーすることにした。

 昨日の反省で、今夕は、嫁たちには、部屋付露天に交互に入ってもらう。俺はぶっ通しだけど。後半になると、流石にのぼせそうになってしまった。

 翌日、流邏矢で草万里に飛び、アゾの活火山に登る。操龍弓で紅蓮龍の気配を辿ると、操龍弓は一直線に山頂を指している。山頂って火口だよね。やばくね?
 山頂まで登ると、アゾの活火山の火口は、中央が窪んだカルデラ地形だった。カルデラの窪みの中を覗き込むと、雨水だろうか。中央に水が溜まっており、その水は緑白色だった。火山ガスが溶け込んでいると見た。

 そして、火口の池の反対側の脇で紅蓮龍が昼寝をしている。なんか、今なら奇襲が掛けられそうな気がする。しかし奇襲に成功したとして、嫁たちに何と言い訳したらいいのだ?「紅蓮龍が寝てたんで、奇襲したら攻略出来ちゃいました。」そんな言い訳をしたら、烈火のごとく怒るに違いない。
『アタルよ、やめておけ。』と、ライ。
『奥方たちを敵に回してはいかん。』と、ウズ。
『1対7ぞ。多勢に無勢であるな。』と、シン。
『もっとも1対1でも適うまいがな。』と、レイ。
 こいつら言いたい放題だな。
 もっとも、これらの意見には俺も賛成だ。紅蓮龍と嫁たちを秤にかけて、嫁たちの方が圧倒的に怖い。

 俺は火口をぐるっと回って、反対側の、紅蓮龍を見下ろす位置で流邏矢の乙矢を登録し、流邏石でタッテーノの出湯の宿屋に帰還した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

設定を更新しました。R4/9/11

更新は月水金の週3日ペースを予定しています。

2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739

カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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