射手の統領

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射手の統領107 乗り遅れ

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射手の統領
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№107 乗り遅れ

 翌日、北斗号を受け取って、函府から東航路南行の廻船に乗船した。部屋はいつもの通り、6人部屋に追加布団2組で全員同室だ。
 昼餉には函府名物のいかめしを買い込んでいる。

 東航路は、函府と東都を結ぶ主要航路で、函府から東都への南行は、風帆に加えて、親海流を捉えるために潮帆も使うので、快速であるが揺れる。東都までの寄港地は、ミャーコ、オナーマ、カッツラの3港だけなので、船内3泊で4日後には東都に着く。
 東都から函府へは、親海流に逆らうので潮帆は使えず、風帆だけとなる。函府までの寄港地は、シチョ、賀府、カーマ、ヘパチの4港で、船内4泊5日だ。
 このように東航路は、南行と北行で寄港地がすべて異なる。ちなみに、すべての寄港地は、東都、カッツラ(南行)、シチョ(北行)、オナーマ(南行)、賀府(北行)、カーマ(北行)、ミャーコ(南行)、ヘパチ(北行)、函府である。

 酔止薬もばっちり買い込んでいるので、乗船してすぐ、出航前にサジ姉が皆に酔止の術を掛けた。俺以外の嫁全員は、船室に入るなり、早々に布団を敷いて横になった。完璧な船酔いの布陣を敷いている。笑

 出航して、和の島と二の島の海峡を東に抜けると、すぐに潮帆を張ったのが分かった。潮帆が親海流を捉えたことで、がくんと船足が加速すると同時に、揺れがきつくなったのだ。
「「うげー。」」とキョウちゃんズがハモる。
「どうした?気持ち悪いのか?」
「ちゃう、ちゃう。揺れが増したんで、この先を憂いての、うげーや。」
「せや。今はまだまだ平気やけどな、これから3泊4日の拷問に対する、うげーや。」拷問って…。苦笑

 この調子だと、皆は昼餉のいかめしを食えそうにない。8人分も買うんじゃなかった。うん、こりゃ、俺は毎日いかめしだな。泣
 結局この日は、昼餉にいかめし、夕餉もいかめし、2人前を消化し、これで残るは6人前。
 嫁たち用に、厨房に頼んでお粥を作ってもらった。

 サジ姉が定期的に起きて、皆に酔止の術を掛け、その後、倒れ込むように寝る。と言うのを繰り返していた。俺はサジ姉を抱え起こすなど、そのサポートに徹した。

 今宵も夜通しで嫁たちのお世話をする腹を括っていると、船酔いで起きられないだけで、病気じゃないのだから寝てくれと言われた。うーん、でもなぁ、親身なお世話で好感度ポイントを稼ぎたい気もするのだが…。
 とは言え、流石に3日3晩の徹夜は持たないな。
 そうだ!このまま嫁たちがしんどそうなら、流邏石が機能する範囲に入ったときに、先に流邏石で帰してしまえばいいんだ。ミャーコからは無理でも、オナーマからは東都には飛べるはずだし、おそらくテンバにも行けるだろう。
 オナーマから嫁たちをテンバのユノベ館に飛ばして、先に休養させる。俺は船旅を続け、カッツラ、東都で2日後に着く。東都に着いたら次ノ宮殿下へレイ鏑をご覧に入れに行くから、東都で1~2泊だな。東都から馬車なら2日でテンバだ。テンバではしばらく骨休めしよう。よし決めた。じゃぁ今夜は寝るか。

 ゴロンと横になると、廻船の揺れが何とも心地いい。嫁たちはなんでこの揺れがダメなのかね。そのまま心地よい揺れに誘われて、俺は眠りに落ちた。

 翌日、朝餉を摂れたのは俺だけで、いかめし3食目。嫁たちは厨房に頼んで作ってもらったお粥があるが、流石にこれで丸3日はきつい。やはりオナーマから流邏石で強制送還だな。

 ミャーコに寄港したときも船室で休んでいると言うので、俺だけミャーコの港に下りた。三陸の海の幸をふんだんに使った海鮮丼を堪能したが、やはりひとりでの昼餉は味気ない。みんなでワイワイ楽しく食べるのが一番だな。

 昼餉を終えて廻船に戻ると、嫁たちが楽しそうにいかめしを輪切りにして摘まんでいた。
「大丈夫なのか?」
「寄港してぇ、揺れが止まったのでぇ、楽になりましたぁ。」
「楽に…なったら…お腹が…空いた…。」
「でも出航したらまた揺れますから、皆で3人前だけ頂きました。」
「サジの酔止の術のお陰で、寝てるだけで凌げるのが大きいわ。」
「なぁ、元気なうちに相談なんだがな、皆、次のオナーマで下りて、流邏石でひと足先にテンバに帰った方がいいと思うんだ。遠征の疲れも溜まってるし、温泉にでも浸かってゆっくりしててくれよ。
 俺はこのまま廻船で東都に行って、次ノ宮殿下に報告してからテンバに帰るよ。」
「いや、でも流石に私たちだけ先に帰ると言うのは申し訳ないではないか。」
「ホサキ、それは違うんじゃないか?皆は船酔いが辛いだろ?俺は船酔いしないから平気だし、船酔いしない俺に船酔いする皆が合わせる必要はないと思うんだ。
 それにここで無理をして、そのせいで体調を崩される方が怖い。」

 しばしの沈黙。そしてサヤ姉が沈黙を破る。
「分かったわ。そうしましょ。ね、サジ。」
 こくり。
 サヤ姉とサジ姉がすぐさま賛成し、他の皆も同意した。

 翌日の午前中にオナーマに寄港し、全員で港に下りた。
 港の食堂に入った。揺れがなくなって回復して来た嫁たちは、ここオナーマからひと足先に流邏石でテンバに飛ぶので、もうしっかり食事をしても大丈夫だろう。と言うことで、オナーマの冬の味覚、アンコウ鍋を頼んだ。アンコウ鍋と言えば、オナーマより南南西で、オナーマとシチョのほぼ中間にあるオアラーの港町が有名だが、ここオナーマでも名物である。
 味噌仕立てのスープにあん肝が濃厚に溶け出し、アンコウに白身がたんぱくで上品な旨味なのだが、実は皮のゼラチンが思いの外、美味だった。なんとも名脇役である。嫁たち、特にキョウちゃんズの食欲が復活していた。笑

 廻船がオナーマを出航するとき、埠頭の岸壁に並んだ嫁たちから手を振って見送られた。なんとも言えねぇ複雑な気分だ。まあいいけどね。
 この後、嫁たちは流邏石でテンバに帰る。

 俺は6人部屋にぽつんとひとり。オナーマで買い込んだあん肝をつまみに、手酌でひとり酒だ。やはりひとりは寂しい。まぁしかしあのまま嫁たちを船酔いで苦しめるのも忍びないしな。
 考えようによってはしんみりひとり酒と言うのもたまにはいいだろう。

 翌朝目覚めると、いつもの生理現象でマイドラゴンがいきり立ってたのだが、ドラゴンがきょろきょろと辺りを見回している。あ、嫁たちを探しているな。まったくしょうがない奴だ。「今朝はいねーよ。」と言うと拗ねて、俺に牙をむきやがった。八つ当たりも甚だしい。

 この日はカッツラに寄港した。カッツラの後は、ボソ半島を回り込んで東都湾に入り、東都に到着だから、あと航海も1日だ。

 カッツラはアジのなめろうや干物が名物で、昼餉を摂るつもりで下りたのだが、なめろうと干物をつまみについつい和酒の熱燗に手を出してしまった。地元の藏の和酒と、なめろうや干物の組み合わせが実にいい。
 なめろうはアジを3枚におろして、身を叩き、次に味噌を加えて叩き、それから刻んだねぎを加えて叩き、さらにすりおろした生姜を加えて叩き、全体が馴染んで粘り気が出るまで叩く。という極めてシンプルな作り方だが、その分素材の善し悪しが出る。

「旨ぇ。」ついつい独り言を連発してしまう。
「お客さん、気に入ったかい。」店の大将が話し掛けて来た。
「干物も旨いが、このなめろうが絶品だな。その辺のとは違う。」
「分かるかい?実は味噌がな、うちで仕込んだ奴なんだよ。」
「へぇ。なるほど、それでひと味違うのか。」
「うちのガキどももなめろうに眼がなくてよ。」
「え?子供のうちから呑むのか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。子供に呑ませるもんか。熱々の飯に乗せて茶漬けにするんだよ。」
「なんか勿体ないな。」
「旨けりゃいいんだよ。」
「確かにな。」

「お客さん、行ける口なら酒盗は食ったことあるかい?」
「ないな。」
「今は旬じゃないからないけどな。初夏に来たら初ガツオ、秋なら戻りガツオで作った酒盗を食わせてやるよ。」
「そりゃ楽しみだ。」
 そのままクイクイやって、一瞬ウトウトしたかもしれない。

「お客さん、今夜はカッツラ温泉かい?そろそろ送迎の馬車が出るぜ。」
「いや、廻船で東都に行くんだ。」
「え?」
「そろそろ出航の時間かな?」
「いや、もう出てるぞ。」
「え?」
 慌てて店から出て港を見ると、廻船が沖で小さくなっていた。万事休す。やっちまった。和酒となめろうと干物の旨さに、ついつい油断した。
 店に戻って席に座り直し、キュッと一杯。気付けの一杯だ。

「はは。廻船、沖で小さくなってやがった。」
「すまなかったなぁ。腰据えて呑んでるからてっきり温泉かと思ってよう。分かってたら、もっと前に起こしてやったんだが…。」
「大将のせいじゃないよ。ウトウトした俺が悪い。」
「まぁ、なんだ。これは俺の奢りだ。」なめろうがもうひと皿出て来た。
「気を遣わせちゃってすまんな。ありがたく頂くよ。」
 サービスのお礼にもう1本お銚子を頼んで、この後のことを考える。さて、どうしたものか。

 東都への流邏石があるから、東都に飛んで、明日の廻船の到着を待って北斗号を受け取ればいい訳だが…。
 いっそのことこれから流邏石でテンバに飛んで、テンバでひと晩ゆっくりしてから、明日東都に飛ぶか?いやいや、それだと嫁たちにバレる。何を言われるか分かったものではない。嫁たちの呆れ顔が眼に浮かぶ。

 では、これから東都に飛んで、次ノ宮殿下に報告に行くのはどうだ?乗り遅れたのではなくてひと足先に報告に行ったことにすれば…、いや、ダメだ。結構、呑んでいる。いくら親しい次ノ宮殿下でも、呑んだまま報告に行ったら流石に失礼だよな。下手すりゃ怒らせてしまうし、そしたら良好な関係が壊れてしまう。それに、不敬の罪に問われ兼ねん。

 朝イチで報告に行くのはどうだ?これもなぁ。廻船が着くのは午前中だからな。面会が押したら、廻船が先に着いてしまう。すると北斗号が宙ぶらりんになる。
 ならば、今日はいっそのことカッツラ温泉に泊まって、朝イチで東都に飛ぶか。それで廻船が東都に着くと同時に北斗号を受け取れば、カッツラで乗り遅れたことはバレないだろ。

 と言う訳で、今夜は送迎馬車に乗ってカッツラ温泉に行き、温泉を満喫した。

 さて翌日、朝餉を済ませて温泉宿をチェックアウトした俺は、流邏石で東都ギルドに飛んで、そのまま山髙屋東都総本店に隣接する東都港に移動して、廻船の到着を待っていた。

「アタルではないか。廻船はもう到着していたのか?」
「え?ホサキ?何でいるの?」
「私だけではない。皆いるぞ。」
「アタルのお迎えにぃ、皆で来たんですぅ。」
「廻船の到着予定時刻にはまだ間がありますね。いったいどうしたんですか?」
「あ、いや。」思わず眼を逸らしてしまったが、これがいけなかった。
「アタル兄、今、眼を逸らしよったな。なんや、やましいことでもあるんちゃう?」
「逸らしてない。ないない。絶対ない。」キョウちゃんズの追及が始まった。こいつら、洞察力が半端ねぇからやばいかもしれない。

「廻船がまだやのにここにいてはるっちゅうことは、流邏石やな。なんで流邏石で飛んで来な、いかんの?」
「せやな。廻船からここに飛ぶ訳ないしな。ちゅうことは、昨日のカッツラで下船して乗り損なったんやろか?」
「まっとうな理由で乗り損なったんやったら、こないにコソコソせんわんなぁ。っちゅーことは…カッツラで呑み過ぎたんやないの?」
 俺、お口パクパク酸欠金魚。

「アタル!正直に白状なさい!」サヤ姉の詰問口調に、思わず口をついて出た言葉が、
「すみません。」のひと言。
 俺は観念して、すべてを正直に白状した。って言うか、すでに見破られてるし。隠しようがないし。もうどうしようもないし。泣

「まったく、呆れたわねぇ。」
「面目ない。」
「私たちが…いないと…ダメ…。」
「申し訳ない。」
「しかしまぁ、いかにもアタルっぽいではないか。」
「その通りだわぁ。」「そうですね。」「「せやねー。」」
「船酔いでの献身的なお世話に感激してたのに、台無しだわ。ね、サジ。」
 こくり。

 そこへ東航路の廻船が到着して、北斗号を引き取りに行くと、俺は船長からこっぴどく叱られた。何でも俺が戻らなかったせいで、カッツラ出航が少々遅れたらしい。
 船長に平謝りに謝って、北斗号を受け取った。

 さて、東都ギルドに報告に行って、それから次ノ宮殿下にレイ鏑を見せに行かないとな。それが終わったら、テンバでしばらく休養だな。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

設定を更新しました。R4/8/28

更新は月水金の週3日ペースを予定しています。

2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739

カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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