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射手の統領086 シエンとの謀議
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射手の統領
Zu-Y
№86 シエンとの謀議
翌日、隠居は朝から側室との混浴を満喫していた。まったくどうしようもねーな。ま、ある意味、大物ではあるがな。笑
朝餉の席で俺は嫁たちと今日の段取りを打ち合わせた。
俺とキョウちゃんズは朝餉の後にアーカに飛んで、今後の対応をシエンと相談する。残りの嫁はガハマに残って昼前からガハマで行商を行う。
アーカでの話は午前中に付くだろうから、俺は西都に飛んでギルマスのサンキに一連の報告、キョウちゃんズはガハマに戻って行商に合流。俺もサンキとの面会を終えたらガハマに戻る。だいたいこんな感じだ。
朝餉の後、俺はキョウちゃんズと一緒に流邏石でアーカに飛んだ。
早速、表座敷に通され、シエンと奥方=シエンの御母上とシエンの側近たちへ、ガハマでの状況を報告し、今後の対応を確認する。
しかし側近筆頭のシエンの爺がいない。どうしたことだ?
「シエン、エノベへの的確な指示、助かったぞ。早々にエノベを掌握したのだな。」
「なんの。アタルのおかげでエノベとの接点ができたよってな。本当に感謝しとるんや。それにしてもわが父上ながら、アタルの襲撃を命じるなど言語道断の所業や。誠に申し訳ない。この通りや。」シエンが頭を下げた。
「シエン、そんなに気にするな。お前と俺の仲だろう。十分警戒はしていたのでな、仮に襲撃されても返討にしてたろうよ。それよりその隠居どのだがな、奥方どのを前にしては言いにくいのだが…。」
「どうせ側室と楽しんでるのでしょう?」奥方が見事に言い当てた。
「ご賢察の通り。」
「とうに愛想は尽きていますゆえ、ご斟酌はご無用ですわ。」隠居は奥方に見限られてるな。よし、ならば遠慮はいらんな。
「アタル、父上にはわが名代として、本家に相続の挨拶に行ってもらうつもりや。そしてそのまま本家で父上を軟禁してもらう。この段取りを付けに、爺を本家へ遣わしたんや。」それで側近筆頭の爺がいなかったのか!
「シエン、それは思い切ったな。うまく運べば絶妙の手だ。しかし本家は同意するだろうか?」
「そらもちろん本家は同意するやろな。父上の食費の名目でそれなりの金銭を送るし、それに母上から、座主である伯父上へも頼んでもろてるしな。」
「なるほど。手抜かりはないな。頼もしいぞ。」
「本家は父上よりは、若くて未熟で、しかも本家出身の母上の子である俺の方が御しやすいと考えよるやろな。」
「なるほどな。しかしそれではシエンが本家に従属することになりはせんか?」
「ふん、本家に従属などようせんわ。まあ、当たり障りのないどうでもいいところでは本家の言うことを聞いたるで。しかし肝心なところは言いなりになるつもりはないよってな。」
「しかし隠居どのが本家の手の内にあるのだろう?」
「何言うとる。始末されたらされたで構わんで。しかしあの伯父上にそんな度胸はないから心配はいらん。」
「これ、シエン。伯父上に向かって!」奥方がたしなめたがシエンは、てへぺろで微笑んでいる。シエンの奴、思ったより肝が据わってるな。
「いずれにせよ、父上にはアーカの土を二度と踏ませる気はないよってな。」
「ふむ。すまなかったな。シエンがそこまで腹を括ってるなら、もはや俺は何も言うまいよ。」
「それに本家には、ユノベと同盟を結んだことも爺から伝えさせるさかい、余計なちょっかいは掛けて来られへんやろ。
下手にちょっかい掛けて来て、俺ら分家を敵に回しよったら、ユノベ、トノベ、ヤクシ、タテベ、キノベの武家に、山髙屋まで敵に回すことになるんやからな。伯父上は凡庸ではないが果断でもない。当たらず触らずの事なかれ主義ってとこやな。荒事は好まんのや。」
「シエン、いい加減になさい!」奥方の口調がきつくなった。
「おお怖。アタルよ、見ての通りでの、俺は母上の方がよっぽど怖いのや。」
シエンのお道化た口調に、奥方は苦笑いしている。口では叱りつつもシエンが頼もしいのだろうな。
シエンの爺がツークのオミョシ本家で話を付けて来るのに、廻船で商都から東都へ3日、東都で1泊して東都からツークへ2日、ツークでの交渉に数日、帰路は廻船が1日余分に掛かるから、アーカに戻るまではおよそ半月といったところか。
それまでは隠居を湯治でガハマに留め置かねばな。その間に隠居の重臣を切り崩してシエンに付かせるか。あの隠居なら人望はないゆえ、切り崩しは造作なかろうな。
難しい話が終わってから、キョウちゃんズが奥方やシエンと楽しそうに話し出したので、俺は微笑ましくそれを見ていた。
キョウちゃんズは隠居に勘当されてから半年以上、辛い思いをして来たからな。
しかし、奥方やシエンと話しつつも、ふたりとも俺の両横から離れず、さりげなく俺の手を握ったままだ。俺としてはふたりに頼られて嬉しいのだが、シエンがそれをチラ見しているのが微妙に気に掛かる。
シエンが、はぁぁと大きな溜息をついて語り出した。
「アタル、サキョウとウキョウが勘当されておよそ4ヶ月間、俺は妹たちが不憫で面倒見て来たつもりやったのやがな、ふたりはアタルと出会うて、ごっつう輝き出しよった。妹たちには、アタルとの3ヶ月間の方が遥に充実しとったようや。兄としては微妙に切ない気持ちやが、仕方ないんやろな。
これからもふたりを末永く頼むで。あんじょう面倒見たってや。」
「「兄上!」」感極まるキョウちゃんズ。
「おう、任せろ。義兄上。」
「アタル、義兄上はやめてくれや。しかし、これでオミョシ分家とユノベは婚姻同盟やな。盤石なのを喜ぶべきなんやろが…。」
はぁぁ。と、またシエンが大きな溜息をついた。シスコンのシエンにしては上々の分別だ。ようやく妹離れができたのだな。
昼餉を馳走になった後、俺はサンキに面会するために流邏石で西都へ飛び、キョウちゃんズは行商に合流するためにガハマに戻った。
西都の冒険者ギルドに行くと、馴染みの受付のチフユにサンキへの取次を頼んだ。サンキはすぐに会ってくれて、ギルマスルームで向かい合っていた。
「アタル、よう来たな。まあ掛けや。」
「サンキさん、まずはこれを見てくれ。」俺は橙色に輝くシン鏑を出してサンキに見せた。
「随分速かったの。」
「サキョウのデバフとウキョウのバフのおかげだな。」
「この間、前の権座主には話しておいたで。」
「トリトで忍の者から報告を聞いた。いろいろ手間を掛けたな。」
「大したことやないから気にせんでええ。それより、やり込めたんか?」
「大方はな。でも仕上げはこれからだがな。」
俺はまずオミョシ分家での出来事をひと通り報告した。
「ホンマにぶん殴って来たんかいな!」
「ああ、鼻骨と前歯数本は逝ったと思うぞ。でもその後にサジ姉に回復の術を掛けさせたから大丈夫だ。」
「アタル、下手すりゃ外交問題になっとったかもしれんのやで。」
「サンキさん、シエンが相手でそれはないな。その証拠に、隠居をぶん殴った直後に、シエンとは同盟の話も決めて来たからな。」
「隠居がよく黙っとったな。まさか知らせてないんか?」
「その場でシエンが知らせたよ。」
「よく納得したもんやな。」
「いや、最初は文句を言ったがな、俺が『オミョシ分家の権座主とユノベの次期統領が直接話して決めたことを、たかが隠居風情が反故にできると思ってるのか?』と言ったら黙ったぞ。」
「ズバリよう言うたやないか。アタルらしいで。まあ理屈はその通りやな。しかし理屈よりもその前の2発が物を言うたんやろな。」
「それから預かった金貨2枚も返して来たぜ。」
「よく受け取ったなぁ。」
「少々威圧したからな。しかし、あれを受け取ったのには、シエンも奥方もシエンの重臣も呆れてたがな。」
「さよか。案の定、隠居は思い知ることになってもうたんやな。」
それから俺は、隠居のオミョシ本家への追放計画をサンキに話した。
「徹底的に追い込むんやな。わいの想像以上やがな。アタル、えげつなさ過ぎやで。」
「サンキさん、俺じゃねぇよ。この絵を描いたのはシエンだぜ。俺は裏で奥方も一枚噛んでると見てるがな。」
俺は、側室が絡んだ隠居と奥方の確執を語った。
「げに恐ろしきは、女の嫉妬やな。くわばら、くわばら。」
「嫉妬と言うよりは、愛想を尽かしてる感じだな。シエンはそこを上手く突いて早々に己が陣営に取り込んだのだ。なかなかの手際よな。」
「うーむ、シエンの奴、シスコンのガキかと思うとったが、なかなかやりよるの。」
「サンキさん。シエンは切れるぞ。側近の守役や奥方も、もちろんそれなりに入れ知恵はしてるとは思うがな、それでも決断してるのはシエンだ。
ここで最初に会ったときも、最初は敵視していた俺をすぐに認めたし、古い掟をばっさり廃した果断さと言い、シエンは考え方が柔軟なのだ。
それに隠居が使ってた影の者もあっという間に掌握したから、人望もかなりのものだ。」
「なんやと。隠居が使うとった影の者をシエンが引き抜いたんか?」
「そうだ。引き抜いてすぐ影の者に対して『もし隠居が俺への襲撃命令を出したら、隠居の命は聞かずに俺に通報しろ。』と指示を出していてな。そのお陰で、隠居が実際に商都でその命令を出したときには、その情報はすぐに影の者から忍の者を通してこちらに筒抜けよ。」
「ちょっと待ちいな。エノベとシノベが組んだんかいな?」
「奴らは同じ道を追求する者同士だ。主同士が敵対してても、根っこのところでは繋がっているぞ。主命を受けていたら戦いもするが、主命を離れれば情報交換くらいはしているのだ。
今夜あたり、シエンの影の者とうちの忍の者とで親睦の宴を張ってるんじゃないかな?」
「そりゃホンマかいな。そないなことがあるんか?」
「そりゃそうだ。ユノベとオミョシ分家は同盟を結んだからな。うちの忍の者と分家の影の者も同盟関係よ。呑み代はたんまり与えてるのでな、豪勢にやると思うぞ。」
「そうか!アタル、エノベの引き抜きにはアタルが一枚噛んどったんやな?」
「さあな。」
「シエンひとりにしては出来過ぎやと思うとったんや。エノベを引き抜いて、隠居の手足をもいで、とことん追い込んで追放かいな。アタルもシエンもホンマえげつないで。」
「あの隠居は無能だ。シエンのそばに置いたら邪魔なだけだからな。逆に奥方は有能だ。その有能な奥方はシエンのそばに残してるぞ。俺とシエンは、隠居と奥方の実力を正当に評価したに過ぎん。」
「その評価には賛成やが…。」
「隠居が有能なら俺とシエンの思い通りに進まんよ。影の者をそっくり引き抜くなど普通はできないだろ?隠居が影の者からも信頼されてなかったからだぜ。」
「まぁ、それはそうやが…。」
「隠居の重臣も可能な奴はすべてシエン側に引き抜く。隠居の傍には側室だけ置いときゃ十分だからな。」
「で、隠居は今どこや?」
「ガハマで側室と温泉三昧よ。」
「ガハマて…ユノベにおるんかいな!」
「名目は病気療養の湯治だな。同盟相手の隠居だし、将来的には俺の舅どのだからな、たっぷりもてなしてるぞ。」
俺は隠居がガハマに来ることになった経緯を話した。
「開いた口が塞がらんとはこのこっちゃ。」
「俺はな、隠居は存外大物だと、実は少し見直してるところだ。」と言って笑った。
サンキも釣られて、扇子を半開きにして、口元に当て、ホホホと笑う。今日初めてこの笑いが出たな。
この後、俺はサンキのギルマスルームを辞した。
サンキへの報告を終えてガハマへ戻ると、ガハマでの行商では、嫁たちだけで面白い様に売り捌いていた。今の北斗号の積荷は、ノーベソの村長から融資の形に買い叩いた骨董品、トリトで仕入れた和紙とらっきょう漬に、ノツタで仕入れたアコの天然塩である。
行商となると俺はいつも端っこに跳ね除けられ、嫁たちの天下となる。俺の売り子としての才は乏しく、行商のときの俺は、ぶっちゃけ、いてもいなくてもまったく影響はない。
値切の算盤、商人の服、もみ手の手袋、鑑定の眼鏡といった各種商人装備によって商人モードになったアキナは、言うまでもなく抜群の売り上げを誇り、掛け合い上手な口上で客をその気にさせるキョウちゃんズ、女の子たちの圧倒的な支持を取り付ける姐御系サヤ姉、オジサン達を完全に虜にしてガッツリとハートを掴む癒し系口調のタヅナ、オタク系のマニアックな客に絶大な支持を受ける口数の少ないサジ姉と固い口調のホサキ、皆それぞれ売上をどんどん伸ばしていた。
今日1日のガハマの行商で、北斗号の積荷は飛ぶように売れ、半分近くを売り捌いた。嫁たちは流石だ!
ただし、骨董品だけはまったく売れずに完璧に売れ残って、倉庫車両の一角を陣取っている。不良在庫だ。
やはり融資の形に買い叩いた罰が当たったのだろうか?でもあのアコギな村長を懲らしめるためだったから、決して私利私欲じゃないんだけどな。
まぁいい。数寄者が大勢いる西都や、成金が大勢いる商都で売ってみよう。
副拠館に戻ると、隠居の重臣から、
「アタル様、ご隠居様からわしらにお召しはありまへんか?」
と聞かれたが、今のところは本当にない。
「側室どのとよろしくやっておられるが、取り次ごうか?」
と聞いたら、予想通り、
「いえ、結構でおます。」
とのことだった。邪魔しちゃ隠居の逆鱗に触れるとでも思ったかな?笑
護衛に付けたユノベの衆や、身の回りの世話に付けた者の報告では、隠居は昼夜を問わず側室と盛っているとのことだった。苦笑
シエンよ、そのうちマジで腹違いの弟か妹ができるぞ。
夕餉の後、しばらく隠居の様子を監視するために副拠に滞在することにした俺たちは、副拠の家来どももいるし、セプト全員で隠居を監視することもないだろうと言うことで、副拠滞在を充実したものにすべく、意見交換を行った。
その結果、嫁たちの実家の副拠巡りをすることになった。
嫁が交代で俺と一緒にそれぞれの副拠を巡るのである。
まずは、俺が行ったことがない、サヤ姉のトノベ副拠シリタ、サジ姉のヤクシ副拠エノウ、ホサキのタテベ副拠ナワテから行ってみよう。
ホサキのキノベ副拠アベヤはトリトへ行く道すがらに寄ったし、キョウちゃんズのオミョシ分家本拠アーカにはトリトの帰りに寄った上に今日も行って来た。アキナの山髙屋商都西本店にはそのうち行くしな。
ナワテでは、ナワテを切り盛りするシルドとの再会が楽しみだ。そう言う訳で明日はナワテに行くことにした。
さて、今夜の輪番はサヤ姉である。
サヤ姉をじっくり堪能したことは言うまでもない。本番抜きでのひと通りの攻防の後、真剣勝負による心地よい疲れが、俺とサヤ姉を快適な眠りに誘ったのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/7/10
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
Zu-Y
№86 シエンとの謀議
翌日、隠居は朝から側室との混浴を満喫していた。まったくどうしようもねーな。ま、ある意味、大物ではあるがな。笑
朝餉の席で俺は嫁たちと今日の段取りを打ち合わせた。
俺とキョウちゃんズは朝餉の後にアーカに飛んで、今後の対応をシエンと相談する。残りの嫁はガハマに残って昼前からガハマで行商を行う。
アーカでの話は午前中に付くだろうから、俺は西都に飛んでギルマスのサンキに一連の報告、キョウちゃんズはガハマに戻って行商に合流。俺もサンキとの面会を終えたらガハマに戻る。だいたいこんな感じだ。
朝餉の後、俺はキョウちゃんズと一緒に流邏石でアーカに飛んだ。
早速、表座敷に通され、シエンと奥方=シエンの御母上とシエンの側近たちへ、ガハマでの状況を報告し、今後の対応を確認する。
しかし側近筆頭のシエンの爺がいない。どうしたことだ?
「シエン、エノベへの的確な指示、助かったぞ。早々にエノベを掌握したのだな。」
「なんの。アタルのおかげでエノベとの接点ができたよってな。本当に感謝しとるんや。それにしてもわが父上ながら、アタルの襲撃を命じるなど言語道断の所業や。誠に申し訳ない。この通りや。」シエンが頭を下げた。
「シエン、そんなに気にするな。お前と俺の仲だろう。十分警戒はしていたのでな、仮に襲撃されても返討にしてたろうよ。それよりその隠居どのだがな、奥方どのを前にしては言いにくいのだが…。」
「どうせ側室と楽しんでるのでしょう?」奥方が見事に言い当てた。
「ご賢察の通り。」
「とうに愛想は尽きていますゆえ、ご斟酌はご無用ですわ。」隠居は奥方に見限られてるな。よし、ならば遠慮はいらんな。
「アタル、父上にはわが名代として、本家に相続の挨拶に行ってもらうつもりや。そしてそのまま本家で父上を軟禁してもらう。この段取りを付けに、爺を本家へ遣わしたんや。」それで側近筆頭の爺がいなかったのか!
「シエン、それは思い切ったな。うまく運べば絶妙の手だ。しかし本家は同意するだろうか?」
「そらもちろん本家は同意するやろな。父上の食費の名目でそれなりの金銭を送るし、それに母上から、座主である伯父上へも頼んでもろてるしな。」
「なるほど。手抜かりはないな。頼もしいぞ。」
「本家は父上よりは、若くて未熟で、しかも本家出身の母上の子である俺の方が御しやすいと考えよるやろな。」
「なるほどな。しかしそれではシエンが本家に従属することになりはせんか?」
「ふん、本家に従属などようせんわ。まあ、当たり障りのないどうでもいいところでは本家の言うことを聞いたるで。しかし肝心なところは言いなりになるつもりはないよってな。」
「しかし隠居どのが本家の手の内にあるのだろう?」
「何言うとる。始末されたらされたで構わんで。しかしあの伯父上にそんな度胸はないから心配はいらん。」
「これ、シエン。伯父上に向かって!」奥方がたしなめたがシエンは、てへぺろで微笑んでいる。シエンの奴、思ったより肝が据わってるな。
「いずれにせよ、父上にはアーカの土を二度と踏ませる気はないよってな。」
「ふむ。すまなかったな。シエンがそこまで腹を括ってるなら、もはや俺は何も言うまいよ。」
「それに本家には、ユノベと同盟を結んだことも爺から伝えさせるさかい、余計なちょっかいは掛けて来られへんやろ。
下手にちょっかい掛けて来て、俺ら分家を敵に回しよったら、ユノベ、トノベ、ヤクシ、タテベ、キノベの武家に、山髙屋まで敵に回すことになるんやからな。伯父上は凡庸ではないが果断でもない。当たらず触らずの事なかれ主義ってとこやな。荒事は好まんのや。」
「シエン、いい加減になさい!」奥方の口調がきつくなった。
「おお怖。アタルよ、見ての通りでの、俺は母上の方がよっぽど怖いのや。」
シエンのお道化た口調に、奥方は苦笑いしている。口では叱りつつもシエンが頼もしいのだろうな。
シエンの爺がツークのオミョシ本家で話を付けて来るのに、廻船で商都から東都へ3日、東都で1泊して東都からツークへ2日、ツークでの交渉に数日、帰路は廻船が1日余分に掛かるから、アーカに戻るまではおよそ半月といったところか。
それまでは隠居を湯治でガハマに留め置かねばな。その間に隠居の重臣を切り崩してシエンに付かせるか。あの隠居なら人望はないゆえ、切り崩しは造作なかろうな。
難しい話が終わってから、キョウちゃんズが奥方やシエンと楽しそうに話し出したので、俺は微笑ましくそれを見ていた。
キョウちゃんズは隠居に勘当されてから半年以上、辛い思いをして来たからな。
しかし、奥方やシエンと話しつつも、ふたりとも俺の両横から離れず、さりげなく俺の手を握ったままだ。俺としてはふたりに頼られて嬉しいのだが、シエンがそれをチラ見しているのが微妙に気に掛かる。
シエンが、はぁぁと大きな溜息をついて語り出した。
「アタル、サキョウとウキョウが勘当されておよそ4ヶ月間、俺は妹たちが不憫で面倒見て来たつもりやったのやがな、ふたりはアタルと出会うて、ごっつう輝き出しよった。妹たちには、アタルとの3ヶ月間の方が遥に充実しとったようや。兄としては微妙に切ない気持ちやが、仕方ないんやろな。
これからもふたりを末永く頼むで。あんじょう面倒見たってや。」
「「兄上!」」感極まるキョウちゃんズ。
「おう、任せろ。義兄上。」
「アタル、義兄上はやめてくれや。しかし、これでオミョシ分家とユノベは婚姻同盟やな。盤石なのを喜ぶべきなんやろが…。」
はぁぁ。と、またシエンが大きな溜息をついた。シスコンのシエンにしては上々の分別だ。ようやく妹離れができたのだな。
昼餉を馳走になった後、俺はサンキに面会するために流邏石で西都へ飛び、キョウちゃんズは行商に合流するためにガハマに戻った。
西都の冒険者ギルドに行くと、馴染みの受付のチフユにサンキへの取次を頼んだ。サンキはすぐに会ってくれて、ギルマスルームで向かい合っていた。
「アタル、よう来たな。まあ掛けや。」
「サンキさん、まずはこれを見てくれ。」俺は橙色に輝くシン鏑を出してサンキに見せた。
「随分速かったの。」
「サキョウのデバフとウキョウのバフのおかげだな。」
「この間、前の権座主には話しておいたで。」
「トリトで忍の者から報告を聞いた。いろいろ手間を掛けたな。」
「大したことやないから気にせんでええ。それより、やり込めたんか?」
「大方はな。でも仕上げはこれからだがな。」
俺はまずオミョシ分家での出来事をひと通り報告した。
「ホンマにぶん殴って来たんかいな!」
「ああ、鼻骨と前歯数本は逝ったと思うぞ。でもその後にサジ姉に回復の術を掛けさせたから大丈夫だ。」
「アタル、下手すりゃ外交問題になっとったかもしれんのやで。」
「サンキさん、シエンが相手でそれはないな。その証拠に、隠居をぶん殴った直後に、シエンとは同盟の話も決めて来たからな。」
「隠居がよく黙っとったな。まさか知らせてないんか?」
「その場でシエンが知らせたよ。」
「よく納得したもんやな。」
「いや、最初は文句を言ったがな、俺が『オミョシ分家の権座主とユノベの次期統領が直接話して決めたことを、たかが隠居風情が反故にできると思ってるのか?』と言ったら黙ったぞ。」
「ズバリよう言うたやないか。アタルらしいで。まあ理屈はその通りやな。しかし理屈よりもその前の2発が物を言うたんやろな。」
「それから預かった金貨2枚も返して来たぜ。」
「よく受け取ったなぁ。」
「少々威圧したからな。しかし、あれを受け取ったのには、シエンも奥方もシエンの重臣も呆れてたがな。」
「さよか。案の定、隠居は思い知ることになってもうたんやな。」
それから俺は、隠居のオミョシ本家への追放計画をサンキに話した。
「徹底的に追い込むんやな。わいの想像以上やがな。アタル、えげつなさ過ぎやで。」
「サンキさん、俺じゃねぇよ。この絵を描いたのはシエンだぜ。俺は裏で奥方も一枚噛んでると見てるがな。」
俺は、側室が絡んだ隠居と奥方の確執を語った。
「げに恐ろしきは、女の嫉妬やな。くわばら、くわばら。」
「嫉妬と言うよりは、愛想を尽かしてる感じだな。シエンはそこを上手く突いて早々に己が陣営に取り込んだのだ。なかなかの手際よな。」
「うーむ、シエンの奴、シスコンのガキかと思うとったが、なかなかやりよるの。」
「サンキさん。シエンは切れるぞ。側近の守役や奥方も、もちろんそれなりに入れ知恵はしてるとは思うがな、それでも決断してるのはシエンだ。
ここで最初に会ったときも、最初は敵視していた俺をすぐに認めたし、古い掟をばっさり廃した果断さと言い、シエンは考え方が柔軟なのだ。
それに隠居が使ってた影の者もあっという間に掌握したから、人望もかなりのものだ。」
「なんやと。隠居が使うとった影の者をシエンが引き抜いたんか?」
「そうだ。引き抜いてすぐ影の者に対して『もし隠居が俺への襲撃命令を出したら、隠居の命は聞かずに俺に通報しろ。』と指示を出していてな。そのお陰で、隠居が実際に商都でその命令を出したときには、その情報はすぐに影の者から忍の者を通してこちらに筒抜けよ。」
「ちょっと待ちいな。エノベとシノベが組んだんかいな?」
「奴らは同じ道を追求する者同士だ。主同士が敵対してても、根っこのところでは繋がっているぞ。主命を受けていたら戦いもするが、主命を離れれば情報交換くらいはしているのだ。
今夜あたり、シエンの影の者とうちの忍の者とで親睦の宴を張ってるんじゃないかな?」
「そりゃホンマかいな。そないなことがあるんか?」
「そりゃそうだ。ユノベとオミョシ分家は同盟を結んだからな。うちの忍の者と分家の影の者も同盟関係よ。呑み代はたんまり与えてるのでな、豪勢にやると思うぞ。」
「そうか!アタル、エノベの引き抜きにはアタルが一枚噛んどったんやな?」
「さあな。」
「シエンひとりにしては出来過ぎやと思うとったんや。エノベを引き抜いて、隠居の手足をもいで、とことん追い込んで追放かいな。アタルもシエンもホンマえげつないで。」
「あの隠居は無能だ。シエンのそばに置いたら邪魔なだけだからな。逆に奥方は有能だ。その有能な奥方はシエンのそばに残してるぞ。俺とシエンは、隠居と奥方の実力を正当に評価したに過ぎん。」
「その評価には賛成やが…。」
「隠居が有能なら俺とシエンの思い通りに進まんよ。影の者をそっくり引き抜くなど普通はできないだろ?隠居が影の者からも信頼されてなかったからだぜ。」
「まぁ、それはそうやが…。」
「隠居の重臣も可能な奴はすべてシエン側に引き抜く。隠居の傍には側室だけ置いときゃ十分だからな。」
「で、隠居は今どこや?」
「ガハマで側室と温泉三昧よ。」
「ガハマて…ユノベにおるんかいな!」
「名目は病気療養の湯治だな。同盟相手の隠居だし、将来的には俺の舅どのだからな、たっぷりもてなしてるぞ。」
俺は隠居がガハマに来ることになった経緯を話した。
「開いた口が塞がらんとはこのこっちゃ。」
「俺はな、隠居は存外大物だと、実は少し見直してるところだ。」と言って笑った。
サンキも釣られて、扇子を半開きにして、口元に当て、ホホホと笑う。今日初めてこの笑いが出たな。
この後、俺はサンキのギルマスルームを辞した。
サンキへの報告を終えてガハマへ戻ると、ガハマでの行商では、嫁たちだけで面白い様に売り捌いていた。今の北斗号の積荷は、ノーベソの村長から融資の形に買い叩いた骨董品、トリトで仕入れた和紙とらっきょう漬に、ノツタで仕入れたアコの天然塩である。
行商となると俺はいつも端っこに跳ね除けられ、嫁たちの天下となる。俺の売り子としての才は乏しく、行商のときの俺は、ぶっちゃけ、いてもいなくてもまったく影響はない。
値切の算盤、商人の服、もみ手の手袋、鑑定の眼鏡といった各種商人装備によって商人モードになったアキナは、言うまでもなく抜群の売り上げを誇り、掛け合い上手な口上で客をその気にさせるキョウちゃんズ、女の子たちの圧倒的な支持を取り付ける姐御系サヤ姉、オジサン達を完全に虜にしてガッツリとハートを掴む癒し系口調のタヅナ、オタク系のマニアックな客に絶大な支持を受ける口数の少ないサジ姉と固い口調のホサキ、皆それぞれ売上をどんどん伸ばしていた。
今日1日のガハマの行商で、北斗号の積荷は飛ぶように売れ、半分近くを売り捌いた。嫁たちは流石だ!
ただし、骨董品だけはまったく売れずに完璧に売れ残って、倉庫車両の一角を陣取っている。不良在庫だ。
やはり融資の形に買い叩いた罰が当たったのだろうか?でもあのアコギな村長を懲らしめるためだったから、決して私利私欲じゃないんだけどな。
まぁいい。数寄者が大勢いる西都や、成金が大勢いる商都で売ってみよう。
副拠館に戻ると、隠居の重臣から、
「アタル様、ご隠居様からわしらにお召しはありまへんか?」
と聞かれたが、今のところは本当にない。
「側室どのとよろしくやっておられるが、取り次ごうか?」
と聞いたら、予想通り、
「いえ、結構でおます。」
とのことだった。邪魔しちゃ隠居の逆鱗に触れるとでも思ったかな?笑
護衛に付けたユノベの衆や、身の回りの世話に付けた者の報告では、隠居は昼夜を問わず側室と盛っているとのことだった。苦笑
シエンよ、そのうちマジで腹違いの弟か妹ができるぞ。
夕餉の後、しばらく隠居の様子を監視するために副拠に滞在することにした俺たちは、副拠の家来どももいるし、セプト全員で隠居を監視することもないだろうと言うことで、副拠滞在を充実したものにすべく、意見交換を行った。
その結果、嫁たちの実家の副拠巡りをすることになった。
嫁が交代で俺と一緒にそれぞれの副拠を巡るのである。
まずは、俺が行ったことがない、サヤ姉のトノベ副拠シリタ、サジ姉のヤクシ副拠エノウ、ホサキのタテベ副拠ナワテから行ってみよう。
ホサキのキノベ副拠アベヤはトリトへ行く道すがらに寄ったし、キョウちゃんズのオミョシ分家本拠アーカにはトリトの帰りに寄った上に今日も行って来た。アキナの山髙屋商都西本店にはそのうち行くしな。
ナワテでは、ナワテを切り盛りするシルドとの再会が楽しみだ。そう言う訳で明日はナワテに行くことにした。
さて、今夜の輪番はサヤ姉である。
サヤ姉をじっくり堪能したことは言うまでもない。本番抜きでのひと通りの攻防の後、真剣勝負による心地よい疲れが、俺とサヤ姉を快適な眠りに誘ったのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/7/10
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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