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僕が僕のためにやろうと思うこと 〜卒業後、ふとした狭間で考える

夏のコテージ

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 コール音3回。

「″はい高階です”」

 律儀な口調。一息つき、

「"hello”」
「″ショーティ?”」

 一言で透はその名を呼び当てた。明らかに安堵したかの響きで、耳元を優しい声音が通り過ぎる。

「″元気?”」

 ショーティは海に面した市場の中を軽いテンポで歩きながら問いかけた。持っていた飲料水を口に運び、不意に視界に飛び込んできたロブスターをチェックする。
 白ワインにロブスターはかなりいけるかもしれない。

「‟え?招待状?ごめん、見てないや。Yes 絶対行くって————ね、透”」

 ロブスターを覗き込み、ついと口を閉じる。海風が心地よく吹き寄せ、栗色の髪を靡かせ、店番の親父が何やら褒め言葉を口にするが、ショーティは笑顔だけを向け、デバイスに視線を走らせた。

「"右と左、どっちがいい?————ロブスター。調理してみようかと思って。…? 違う、違う。一人でなんて————そう、うん。行方不明?あははは!僕が情報流したらすごいかなあ。え?やだよ。苦労したもん。僕が探った形跡も全部消してきたもんね。 ————判ってたんでしょ?僕が、彼を好きだって”」

 通話の向こうが一瞬、静まり返った。
 それは明らかに肯定を意味していたが、ショーティは軽い笑みをこぼす。

 あの日、アーネストの意外な一面を目の当たりにし、ショーティの勢いは殺がれていた。一人にするんじゃなかった、とそう思ったことは確かであった。が、今のアーネストは一人で居たいのではないかと、そう思えてきたのだ。
 母親であるエメラーダに帰ると約束をし、それでも少しくらい調べただけではわからないように行方をくらませた。アーネストは今の自分というものを誰にも見られたくないのでは、と考えたショーティは、しかし一人残して行くこともできず、この地に留まっていた。
 幸いバカンス真っ只中、仕事は探せば探すほどにあったが、気分が乗らず、その日も市場を散策していた。
 いつまでも考えているだけの自分に嫌気がさし、思い切って会いにいけ、と命ずるが、足が向かない。アーネストの邪魔はしたくない。
 これじゃ、繰り返しだ。

 しかし、その日、何の偶然か、市場でアーネストと出会ったのだ。
 金茶の髪が随分と伸びた感じで、品よく掛けたサングラスが一瞬、サリレヴァント社長という肩書きを忘れさせる。しかし、肩越しに回された腕が、身近に寄った彼の香りが、忘れかけていた感覚を呼び覚ます。

『………ボーッとして、何をしているんだ……』

 アーネスト…と口にしたはずなのに、言葉は声にならない。ただ、ショーティは自分の現状に気付き、アーネストの肩口に捕まり、バランスを崩した体勢を整えた。散策の途中、いきなり後方から体当たりされたのだ。混み合う程ではないにしろ、そぞろ歩きであったことは認める。が。

『しかもスリなんかにやられて』

 半年以上振りの素っ気無い口調に、その内容さえどうでもいいことのように、思わず笑みがこぼれた。目の奥が熱くなるような、しかし涙ではなく笑み。
 アーネストがそんな口をきくなど、知人であるからこそのこと。

 ずるいよな、とショーティは胸中でつぶやいた。

 怒り、哀しみ、悔しさ、涙、どれ一つ知らないくせに、簡単に自分を捕まえる。
 結局、昔から、多分そう初めの契約の時点で、ショーティはアーネストに惚れていたのだと自覚していた。

 体勢を立て直したショーティを認めて、やんわりと腕が外される。その体温を、愛しさを逃したくなくてショーティは腕を伸ばしていた。そして、普段のままの軽口が口をついて飛び出す。

『知ってて、助けてくれなかったの?アーネスト』

 それはひどいんじゃない?

 つぶやく心は、スリによるスキャニングの影響でデバイス3日間の沈黙を代償に、肩の荷を下ろしたような安堵が広がるのだった。



「″え?ごめん。聞いてなかった。は、はは。うん。え?右?右がいい?”」

 受話器から零れる声に耳を寄せ、視線を二つ置かれたロブスターに移す。

「″おじさん、右のロブスターくれる?”」

 店の親父に向き直ると、気の良い笑顔を見せ、手馴れた様子で紙にくるんだ。

「″透、目が利くってさ”」

 親父の言葉を通話の向こうへ流す。モノを見ていない彼への言葉に、帰って来たのは甲高い笑い声であった。

「″今は、一緒にいるんだね?”」

 そして、柔らかく零れる声。確定的に、それでも伺うように問いかける透の日本語の響きがショーティを包む。

「″…うん”」

 スリに合ったあの日、怪我の功名とアーネストのコテージに転がり込んだ。

 彼がどういう理由で置いてくれるのかはわからないが、とりあえず苦情はでていない。人の本質とはそうそう変わらないと思っているため、嫌がられているわけではないだろう。少なくとも、恋心を自覚した今、ショーティには怖いものはなかった。
 ただ、敢えて言うなら、アーネストの様子が本調子ではないこと。それだけが、ショーティが想いを押さえている理由だ。
 人間関係に疲れていることは充分過ぎる程に理解していた。
 そんな折に好きだと迫るわけにもいかない。

 結構、そそられるんだけどね。

「″ショーティ?”」

 ショーティは苦笑を浮かべた。
 海からの風が爽やかな香りを乗せて髪を撫で、耳元では心地よい響きで名を呼ばれ、

「″透に会えて良かった。ほんとうに”」

 受話器に向かいさらりと流した視線の先で笑みを浮かべる。

 それは、透が見ていたら、何を置いても撮り止めておきたい≪真実の瞬間≫であっただろう。けれど、それはショーティがアーネストに抱く恋心というものを示した瞬間でもあったため、やはり見ずに済んでよかったというべきか。

「″また連絡するよ、透。See you”」

  透の返事を確認してショーティは通話をoffにする。それから、軽く伸びをして、ワインを買うために市場を後にするのだった。




  僕が僕のためにやろうと思うこと END



   ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 次の話は、ショーティのコテージでの奮闘?なので続き……ですかね。
 seasonsでも書いてて、ちょっと重なってるとこありますが、お付き合い頂けると、嬉しいです。





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