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月の密会 ~貴公子には薔薇が良く似合う
密会 ①
しおりを挟む2106年 5月
……ショーティ・アナザーがそこを通りかかったのは、ほんの偶然からだった。
月でも超高級ホテルとして有名なホテルの一つであり、特にここは英国のクラリッジ並の顧客しか扱わないことで有名だった。まさに上流階級のサロンのような様相であるらしくショーティが興味を示さないと言ったら嘘でしかなかったが、こねもなく入れる世界ではなく今はまだ遠巻きに見るしかないものだった。
別にそれがくやしいとかそんな感じもないのだが。
それでも知り合いになったホテルスタッフの女性の案内で庭を散策しお茶も頂いた。今日のところはこれでと言って彼女に手を振って別れたのは3分前。
ショーティは裏門から外に出ようと向かったが……ふと、足を止める。
外に出ると陽はとうに沈んでいて、空には星と…淡く青く輝く地球の姿が見えた。……その下、蒼い夜の中、二人の人影が佇む。瞬時に男と女だなと感じる。
この時代恋愛に男も女もなく特に偏見もなかった。だから別にその姿は男同士でも構わないわけだが、少し離れていてもなお感じる色艶めいたものは男女の馨しさを漂わせていた。
へぇ、映画みたい……。
そのシーンに純粋に興味を惹かれる。少し自分には届かない大人の恋愛のような気がした。
少しだけ…と考え、柱の陰からそっと覗く。
が。
え?
ショーティは驚いて瞠目した。
ふとその時男の方が視線をショーティへと向ける。その視線は今までに見たことがないほどに鋭かった。
ショーティはげっと思い、慌てて柱へと身を隠し息を潜めた。
「どうかして?アーネスト……」
零れる女性の優雅な声音。
「………いえ、何でも…。気のせいでしょう……」
やっぱりアーネスト・レドモン!?
ショーティの頭の中は一瞬真っ白になる。
え?っていうか、あのアーネスト・レドモン?と頭の中で混乱は続く。
ショーティの中のアーネスト・レドモンと言えば、優雅で真面目な人物という印象しかなかった。よく言えばそうだが、実のところ真面目なだけの人物に食指は動かなかった。
眉目秀麗、頭脳明晰、温厚篤実。本当にこの世のありとあらゆる褒め言葉を与えてもなお余りある人物だった。
客観的にそうは思う。けれども出来すぎていて…曇りの一点もない美術品のようで、魅力を感じながらもそれに心酔することは出来ない…そんな人物だった。自称貧乏貴族の出ということだったけれども……。
少しクスクスといった忍び笑いを感じた。……どう解釈しても仲の悪い感じには見えない。
もしかして恋人?などと思うが、さっきの視線が気になった。あれは僕に、偶然ではなく、気付いたせいではないかと。その為再び覗くことに躊躇われたりもしたのだが、それこそ偶然かなとも思う。アーネストがそれほど運動神経に長けているというデータはなかった。人並みであれば大丈夫かなと考え、そうっと覗く。
その時、アーネストが女性の手を取りその甲に口づけた。
普通であれば、それはおそらく自分達の感覚のことだが、あのアーネストに見つめられ触れられただけでも腰が砕けてしまうような感じがするだろうに、女性の方も彼の仕草に動じることはなかった。それどころかふふふと笑い、彼の戯れに付き合っているような余裕さえも感じられた。
…正直、どういう関係なのだろうかと思う。
アーネストの相手の女性はどう若く見積もっても30代くらいだった。いやだからと言って派手だとか厚化粧とかそんな印象は全くなく、上品で確かに美しい人であり、妙にアーネスト・レドモンに似合っていた。アーネストに月学園の女生徒からのコールはつきない。けれどもそれは少し黄色めいた響きが含まれていて、どちらかと言えばそっちの方が彼には似つかわしくなかった。それほどの気品。それほどの仕草。そういう意味で今の女性は彼の隣に立って遜色さえなかった。
……ただ、知り合いで面会していただけ、などという雰囲気ではないような気がした。どういう関係かはわからないが、互いにこの一瞬は互いのことを大切に想っている、そんなものが滲み出ていた。単なる一夜限りだけの相手とか、それこそアーネストが買われてなどというものでもないだろう。
「では、ね。アーネスト。あまり無茶をしないのよ」
そう言って女性はアーネストの頬に手を添えると、アーネストに軽く口づけをする。始めアーネストは驚いたようであったが、すぐに笑うと女性を抱き寄せ口づけに応じた。
けれども。
視線はショーティの隠れている柱を見ていた。
勿論ショーティはまた慌てて身を隠したわけだが、気付いてる?気付いてたわけ?と自分に問う。
女性の車を見送って、数十秒…………。アーネストは、その場を動かなかった。女性を見送った余韻に浸っているのか…、それとも……と覗きという犯罪すれすれの行為を行ったショーティは成り行きを待っていたが、ふと、空気が変わる。
あれ?
そう思って覗いた先にアーネストの姿はなかった。あれ?と再び思い、あれこれ探してみると彼の姿は庭園の中にあった。どうやら裏門からの帰路に着くようであった。
……気付いてなかったんだ……。
そう考えアーネストが車を拾うところを見ながら、ため息を一つつく。
空には変わらずに蒼い闇に地球が鈍い光を放って輝いている。
……さわさわと揺れる庭に植えられた薔薇の茂みの存在に気付いたのは、その時が初めてだった。
自分が汗をかいていることに気付き、再び夜空を見上げる。
………本当に、アーネストは気付いてなかったのだろうか?
アーネストのスキャンダルだとかそんな事よりも、アーネスト自身に興味を覚えた一瞬だった。
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