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番外編
デイブ・ギルソンが思うこと
しおりを挟むそれは、突然の連絡だった。
最近顔見知りになった、デイブの中ではそろそろ友人と言ってもいいのではないかと思っている、その彼アーネストからの連絡はどこか淡々と告げられた。
「えっと、朝、戻るはずだったショーティが帰ってこない、と」
アーネストを映像越しに見ながら、復唱する。
今は日中だ。
朝、帰宅予定で、午後2時、現段階で帰らないとしても、あのショーティ・アナザーだ。許容範囲ではなかろうか。が、ここ最近、アーネストと一緒になってからは違ってきたか。先日、連絡はきちんと取り合え、と言ったのはデイブ自身でもあった。
デイブがショーティと知り合ったのは、ショーティがまだ10歳ほどの頃だ。どこか生意気で、言うことだけしっかりとした少年は、年上の友人たちの中で、様々なものをとめどなく吸収していった。その頃の友人たちも今や映画監督、ロック歌手、財界に足を突っ込んだ者、などなど、一介のニューヨーク市警の自分にはもったいないほどビッグになりつつある。まぁ、つまりそんな大物予備軍の中で可愛がられたショーティはかなり自由奔放に育った。もちろん、それなりにきちんとはしている。ただ、興味を持つとそちらに意識を奪われてしまいやすく、後先考えずに行動することはしばしば。そんな奴だった。
つまり、冒頭に戻る。
朝帰宅予定が、昼戻らない、それはショーティ・アナザーの許容範囲だ。
だが、しかし。
このアーネストとショーティ、二人は結婚している。
この俺を差し置いて。
デイブは思わず苦笑にも似た思いがこみ上げてきた。
あのショーティが結婚するとは、少し想像できなかったのは本音だ。
それも、こんなにも有望株を捕まえてくるとは!
アーネストは若干20歳でアメリカでも有数の大企業サリレヴァントの代表取締役にまで上り詰めた青年だ。何やら諸々あってサリレヴァントは退社したようだが。そして中身もさることながらその容姿も皆の心を掴むのだろう。さらりと質の良い金茶の髪。すっきりとした目元。英国紳士然とした所作。20代にしてこの装い、年を重ねればそれはもう末恐ろしい気がする。今でさえ、そう少し前、署にやってきた時だって、その存在に皆一様に色めき立った。
一方のショーティはというと、やんちゃで人の話を聞かず、無鉄砲。どこか自身を二の次にする、そんな少年だった。20歳を過ぎていい青年になるかと思いきや、その性格や行動はあまり変わっていないような気がする。見た目も含めて。
その二人が結婚……。
いや、感慨に耽っている場合ではない、とデイブは制服の胸元を握りしめるように背をただす。
そして、どこか真剣な表情のアーネストに昨日の足取りを確認すると、その情報に、面喰ってしまった。
「フロリダで通話して、飛行機で帰宅する予定…。血圧、脈拍に乱れ……位置がフロリダ州、ああ、ここ…。んで、今はジョージア州にいると……」
場所が具体的過ぎるだろう!
その正確なデータが何に基づいているのかとてつもなく興味があるが、近づかない方がいいのでは、と何かが警鐘を鳴らしてもいる。しかし、これはやはり惹かれる方が強い。どこかでゆっくりと話をしてみたいものだ。
デイブは、噂に違わぬアーネストに思わず感嘆した。だがしかし。
今も昔も成人した男が帰宅しないからといって、事件でない限り捜索の対象にはならない。
「………うっかり連絡を忘れただけなのでは」
そして何よりやはりショーティなのだ。そもそも先日それが原因でケンカ?をしたのではなかったか。
つまり意地を張らずにアーネストも連絡をするべきなのだ。
相手からの連絡を待っているだけでは時だけが無常に過ぎるだけで。しかし。
「何より、連絡がとれないんです」
金茶の瞳が軽く伏せられ、それからまっすぐに向けられた。
どこまでも絵になる男だ、と思いながらも、いやいや、とその思いを打ち消す。
連絡が、つかない。
通話画面越しのアーネストの視線は何事も言わせないほどに強いもので、それを受け止めるデイブも軽く頷いた。ショーティといえば危険を承知で飛び込んでいくタイプでもあるし、そう、意外とトラブルを呼び込む奴でもあるからなぁ、と。
そして、情報を元に生活しているショーティのデバイスがオフになる事はない。だが、最近はプライベートの時offになるらしいと聞いている。つまり、アーネストといるときだった。けれど、今アーネストとは一緒にいない。なのに、連絡がとれないということは確かに由々しき問題なのだろう。
「O.K.確認して、かけなおす」
短くそれだけ告げると、アーネストはやや安堵の表情を見せた気がしたが、すぐに画面が閉じたため確認する術はない。
この二人に関しては以前よりずっと怪しいのではないか、と噂はされていた。実際ショーティに聞いてもはぐらかされたこともあった。けれども、前回、はっきりとアーネストの口から“結婚した”と聞いた。
あの頃のメンバーの中で最も幸せになっているのはショーティ・アナザーか?思わず懐かしき時代を思い返しつつフロリダの知り合いの刑事に連絡した。具体的な場所がわかっているのだからそれはすぐに確認が取れて……。
なんと、その時間、その場所で交通事故が起きていた!
それもひき逃げ。
犯人は朝方捕まったらしい。子犬が突然飛び出してきて、かばうように飛び込んできた女をはねた、というのだ。取り寄せた監視カメラの映像を見る限り、170センチはある女……。
まぁショーティだろう。
見た目にはいまだに女性としても通る。時折女装もするらしいからそれについては何も言うまい。
そして、どうやら、たまたま通りかかった車が保護したとの報告も受けた。警察にも連絡済で向こうも返事待ちだったらしい。その車の主がジョージア州の人であったらしく、情報が錯綜した。
今、現在、ショーティはジョージア州のマクリラール邸にて療養中だった。
すぐさま、事の詳細をアーネストへ連絡する。
「どうやら加害者は薬をちょっとやっていたらしくて、激しく当たったみたいだが、医療センターからのデータによると、カプセル治療の範囲内ぽいぞ。詳しくは家族あてに送られてくるだろう」
「はい、バイタルは安定しているので」
……いや、だからそれの出所を…知りたい、と今は言うべきじゃあないな。
午後2時を回った現在。ジョージアまで飛行機だと1時間。
鉄道だと3時間。ちょうどいい時間は…。
「飛行機だと空港からマクリラール邸は遠い。鉄道で行っても同じくらいの時間じゃないか?」
余計な世話かもしれないが、ひとまず伝えるべきことを伝えて。
「マクリラール邸には市警から連絡してもらうから」
行くだけでいいぞ、と告げると、ようやく安堵したのか、
「ありがとうございます」
きれいな響きで礼を言われた。
ショーティ、見習え。
≫≫≫≫≫
そして迎えに行ったアーネストから、後日、丁寧な礼といきさつを聞いた。
怪我の方は報告書に記載されていたのでさほど心配はしていなかったが、どうやら事故のショックで記憶を失くして連絡ができなかったらしい。けれど、結局すぐにまた取り戻したのだと。
少しだけ、ほんの少しだけ、何をしたのか知りたい気持ちにはなる。
ものすごい精密機械がどこかに隠されていて、フランケンシュタイン並みの電気ショックが…。
いや、いやいや、そんな馬鹿な。
思わず固まってしまったデイブに、アーネストが小さな笑みを向ける。そして、もう一つ報告を受けた。
同居に犬が加わったこと。
散歩途中で会えるかもしれません、と告げられて、これはもう友人でいいのではないか、とデイブは頬が緩むことを覚えた。
本当に、この二人はどうなっていくのか、いろいろな意味で目が離せないなと思う。
まぁ、ニューヨークにいる間はなんらかの形で頼ってもらえるだろう。
デイブ・ギルソンは今日も大好きなニューヨークの街へと巡回にでかけるのだった。
デイブ・ギルソンが思うこと End
~・~・~・~・~・~
記憶喪失編はアーネストver.で終わりです!と勢いよく書きましたが…。なぜかデイブが妙に気に入ってしまい、番外編を書かせていただきました。ここで終了するのも何なので、次回、アーネストとショーティの何気ない1日を書きます。お付き合いください!
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