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「どうぞ、こちらの部屋をお使いください」

そう言ってウィレミナが案内してくれたのは、セシリアも何度か足を運んでいる応接室サロンだった。
晩餐会もあるというのに本当にいいのかとセシリアは思ったのだが、なぜかウィレミナには有無を言わさぬ迫力があり、三人は成す術もなく部屋に入れられた。

「申し訳ありませんけど、急なことなのでお茶はお出しできません。使用人たちは晩餐会の準備で大忙しですので。それでは私は外します。ごゆっくり」

ウィレミナがそう早口で言い切った後、扉はぱたんと閉じられた。
取り残された三人の間に、しばらく沈黙が漂う。

どうしたものかと思いながらも、この中では年長者で家の位も高いセシリアが、まずは座りましょうと提案した。
それで、向かい合わせの二人がけのソファにそれぞれアイリスとセシリアが、セシリアの近くにある一人がけのソファにエリアーシュが座った。

「あの⋯⋯わたし、セシリアさまと二人きりでお話がしたいのですが」

座ってすぐ、エリアーシュの方を見ながら、アイリスが口を開く。遠回しに外してくれと言いたいのだろう。
途端にエリアーシュの表情に険が漂った。

「それなら私だってセシリア嬢にお話があります。貴女こそ外していただけませんか」
「⋯⋯どんなお話をされるのですか?」
「婚約に関する大事な話です。無関係な方に聞かれたくないので」

婚約という言葉に、アイリスの眉がぴくりと動いた。

「婚約の話?それなら⋯⋯」
「貴女が同席する理由はありませんよね?これはラザル子爵家とプライセル公爵家の話です。ティレット伯爵家は関係ありません」

エリアーシュがぴしゃりと言い切る。
そのあまりに刺々しい態度は、セシリアが狼狽えてしまうほどだった。
アイリスも表情を険しくして、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

「──エル。婚約のこと、貴方が無理をしなくてもいいのよ」

それまでの丁寧だが他人行儀な話し方を止め、実に親身な声色でエリアーシュに語りかける。

「貴方の亡くなったお兄さまや、お父さまに気を遣う必要はないの。⋯⋯わたしの父が言っていたわ。プライセル公爵家と婚姻を結ばなくても、先の大事件を解決した功労で、あなたのお父さまは騎士団長になれるって」

先の大事件とは、もしかしなくても半年ほど前の前代未聞の横領事件のことだろう。
そして、アイリスの話が事実であれば、セシリアとエリアーシュの婚約の、大前提となる理由が消えてしまうのだ。
セシリアは何か言わなければと思ったものの、咄嗟には何も出てこなかった。

「セシリアさまも、貴方のことを心配していたわ。は貴方の味方なの。貴方がこれ以上辛く苦しい思いをしなくていいように、わたしたちは協力するつもりよ。──ですよね、セシリアさま」

その間にもアイリスは話し続け、最後には微笑んでセシリアに同意を求めた。
セシリアがエリアーシュを心配したことは、嘘ではない。
嘘ではないのだが──今のアイリスの言い方だと、セシリアの本意とは違う方向に話をもっていかれてしまう。

だからセシリアは頷かなかったのだが、アイリスは微かに眉をひそめたものの、特に気にした風もなく、エリアーシュに視線を戻した。

「だから、貴方が無理をして公爵家に入る必要はないのよ。──ね、エル」

セシリアが望んでいた方向とは180度違う方へ話を進めたアイリスは、エリアーシュに向けて微笑む。
どうしようもない焦燥感を感じながら、それでもセシリアも話を振られたエリアーシュに視線を向け──

──彼の見たこともないほど冷然とした表情に驚愕した。

「──勝手に決めつけないでいただきたい」

声もひどく冴え冴えとしている。

「別に父の出世など関係ない。──俺は、俺の意志で、セシリアとの婚約を望んだんだ」

きっぱりと言い切ったエリアーシュに、驚いたのはセシリアだった。
この婚約話はただの政略によるものだと、セシリアはそう思っていたのだから。

その顔を驚愕に染めたのはアイリスも一緒だった。
あまりに衝撃だったのだろう、口元に手を当ててこぼれんばかりに目を見開いている。

「そんな⋯⋯エル⋯⋯」
「⋯⋯先程から思っていたのですが、幼い頃にの貴女に、愛称で呼ばれたくなどないのですが。ティレット伯爵令嬢」
「そんな⋯⋯!」

アイリスの目からぽろりと涙がこぼれる。

「ひどい⋯⋯ひどいわ、エル。わたしは、貴方のことを思って⋯⋯」
「そんなこと、別に頼んでいない」

まったく取り付く島もないエリアーシュに、アイリスの頬をさらに涙が伝う。
その涙に濡れた瞳が、今度はセシリアを向いた。

「セシリアさまもひどいわ、先程からずっと黙ってばかり!せっかくこの間の夜会で、恥を忍んで、無礼を覚悟でお願いしたのに⋯⋯!結局わたしの気持ちを汲んでくださらないなんて!」

その言葉に、セシリアは何も反応できなかった。
そう言われても、どうも先程から彼女と、何やら歯車が噛み合っていないような気がして。
あえてあれこれずらした話をぶつけてくるようなアイリスに、言いようのない気持ちの悪さを感じていた。

反応のないセシリアに焦れたのか、アイリスは涙を流しながら立ち上がり、彼女に詰め寄ろうとする。

「セシリアさま、何かおっしゃってください!」
「お止めなさい、ティレット伯爵令嬢。公爵令嬢であるセシリアに失礼が過ぎる」

そう言って、エリアーシュも立ち上がってセシリアを庇ったときだった。

ガタン!と部屋の隅から大きな物音がした。
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