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セシリアの婚約者候補エリアーシュの従妹いとこだというアイリスの紹介のときは少し微妙な空気になったものの、それ以外は特に問題なくお茶会は進んだ。

そもそもなぜオフィリアの妹だという伯爵夫人─アイリスの母親─がこのお茶会に参加したかということだが。
夫人の夫ティレット伯爵は、エリアーシュの父であるラザル子爵の副官を長く務めていたらしい。そして、今はエリアーシュの上官だという。
そのため、血縁と言うよりは職業上の関わりが深いということで紹介されたのだろう。

話題は様々だったが、まずはそれぞれの家の話になった。
ティレット伯爵家は女ばかり三人子供がいて、アイリスは長女になるらしい。
だから四人の子供のうち三人が男児だというラザル子爵家のことを夫はたいそう羨ましがっていたと、夫人が笑い含みに話していた。

家の話の後は、騎士団に関わる話になった。
子爵家嫡男やエリアーシュ、エリアーシュの姉の夫の騎士としての話、ラザル子爵やティレット伯爵の活躍の話、最近の昇進の噂などなど、そんな話ばかりを聞いてお茶会は終わった。

もう少し流行のファッションなどの女性らしい話題も出るかと思われたが、ラザル子爵家とティレット伯爵家は騎士の家系であるし、セシリアのプライセル公爵家も同じだ。お茶会の参加者がみな騎士の妻や娘といった関係者であるため、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。

それでも、次々と飛び出す話題は、セシリアにとって新鮮で面白かった。
と同時に、騎士の夫を迎えるには、騎士や騎士団についてもっと詳しくならなければならないのか──と考えたときに、エリアーシュの面影が過ぎって赤面した。
夫、と自然に考えてしまったが。彼と夫婦になることを想像すると、どうも落ち着かなくなった。

「──あの、セシリアさま?」

そっと声をかけられて、熱くなった顔を振り向かせた。
その先、気遣わしげな表情を浮かべたアイリス嬢が立っていた。

お茶会はお開きとなったものの、名残惜しげに残る者もいた。
セシリアの母シンシアがそうだ。姉様と慕うオフィリアと話し足りなかったようで、お茶のおかわりをいただいてまだ一対一で話し込んでいた。

「ごめんなさい、少し考え事をしておりました。何でしょう?アイリス様」
「どうぞアイリスとお呼びください。公爵家の方に"さま"をつけていただくだなんて、畏れ多いです。それに、わたしの方が年少ですし」

空いていたセシリアの隣に座り、アイリスはふわりと笑う。
アイリスは15歳だという。セシリアの3つ下だ。

その歳を聞いて、セシリアは彼女と同い年である弟のことを思い出した。彼は武勲を挙げると、魔物の脅威がある辺境の地で騎士として従事しているのだが。
母とは定期的に手紙のやりとりをしているようなので、何とかやってはいるようだ。

弟の面影を一旦頭の隅に追いやり、目の前の少女に向き合う。

「ええと、それで、何でしょうか?」

公爵家と伯爵家、しかも3つ年下となれば粘る方が相手も迷惑だろう。もともとの彼女の用件に移ることにした。

「⋯⋯その、セシリアさまはエル──エリアーシュの婚約者になられるのですよね?」

アイリスはしばらく瞳を伏せていたが、やがて意を決したようにそう言った。
エルとは彼の愛称だろうかと思いながら、セシリアは曖昧に微笑む。

「まだ決まったわけではありませんが⋯⋯今のところはそんなお話になっておりますね」

そうですか、と少女は俯く。
その様子にセシリアは首を傾げた。いかにも何かがありそうな態度だったからだ。

「⋯⋯セシリアさまは、エリアーシュのニ番目のお兄さまにお会いしたことはありますか?」

エリアーシュの次兄──その言葉に、自然と眉がひそめられてしまう。
プライセル公爵位を狙ったセシリアの伯父─母の兄─により、暗殺されたと思われる人物だ。

伯父は20年ほど前の愚行により公爵家を勘当されており、そのためプライセル公爵家には現公爵であるセシリアの祖父の跡を継ぐ者が不在となっていた。
エリアーシュの次兄は、そんな跡取りのいない公爵家に成人後に養子入りする予定だった。それを、伯父が公爵位欲しさに殺害したのだ。
そんな伯父は別の罪で捕らえられ、辺境へと送られたのだが──それらも、わずか半年前の出来事だった。

「いいえ⋯⋯お話には伺っておりますが」

たくさんの情報とともに頭の中に湧き上がった、まだ褪せない伯父への怒りに蓋をしながら、セシリアは言う。

「⋯⋯実は、エリアーシュはニ番目のお兄さまとあまり仲が良くなかったようなのです。⋯⋯お兄さまの方がエルのことを疎んでいらしたようでした。⋯⋯そのせいか、彼はお兄さまに対して常に遠慮しているようで⋯⋯。⋯⋯だから、この婚約も彼は実際のところどう思っているのかと⋯⋯」

アイリスが訥々とつとつと話す。
その話を聞いて、セシリアはエリアーシュの父であるラザル子爵と話したときのことを思い出していた。

初顔合わせの前、別件でラザル子爵と会うことがあったときに、婚約の話になったのだ。
子爵はその話の間、終始渋い顔をしていた。

『ニ番目は優秀だったが、三番目は──⋯⋯いや、其方そなたに聞かせる話ではないな』

子爵はそう言葉を濁したので、どうぞ遠慮なくとセシリアは続きを促した。

『三番目⋯⋯エリアーシュは、本当はそれなりに実力があるのだろうが、どうも覇気がないと言うか⋯⋯悪い言い方をすると、やる気のない奴なのだ。次男のことがあったとはいえ、彼奴あやつをプライセル公爵家に入れることになるとは⋯⋯。⋯⋯愚妻が其方の母君を唆したか、二人は乗り気でな。私の一存ではどうしようもなかったのだ』

そう言って、彼は苦い表情を浮かべていたのだが。

「──エルは、周りに気を遣いすぎてしまうところがあるのです。⋯⋯わたしとのことだって⋯⋯」
「⋯⋯アイリスさんとのこと?」

思わず聞き返せば、彼女ははっとしたようにして口をつぐんだ。
ゆるく首を振って、何でもありません、と言う。
そして彼女は、真剣過ぎる表情をセシリアに向けた。

「⋯⋯公爵家のご令嬢に対してこのようなお願いをしてしまうのは、たいへんなご無礼だと重々承知しております。ですが⋯⋯」

その真剣味のどこかには、悲しげな色が差していて。

「あまり性急に婚約話を進めるのは、どうかお止めください。⋯⋯エルが本当はどう考えているのかについても、どうかご配慮くださいませ」

そう言って、彼女は深くふかく頭を下げた。
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