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3. 王と王太子
しおりを挟む婚約者であった少女を縛り上げた上で離宮に放置するよう側近に命じたエトムントは、その足で父である王のもとへと向かった。
途中、王の使者がエトムントのところに現れ、即刻登城せよと王命を告げた。
おそらく舞踏会の顛末が父に伝わったのだろう。普通の神経をもつ者であれば慌てただろうが、むしろエトムントは説明の手間が省けた程度にしか受け取らなかった。
「お前は自分が何をしたか分かっているか?」
使者は王の執務室ではなく、私室へとエトムントを通した。
入室するなり、重厚なソファに腰掛けた父王が重々しく問いかける。
エトムントは得意げに笑いながら、父の対面に腰掛けた。
「わかっていますとも。私は素晴らしいことをしました。王族を軽んじ、か弱き令嬢を虐める悪女を懲らしめたのですから」
「悪女とは、クリスティナ・ダルトン公爵令嬢のことか?」
「当然です」
エトムントはふふんと鼻を鳴らす。
王は深々とため息をつきながら頭を抱えた。
「愚かだ愚かだとは思っていたが、まさかここまで救いようがないとはな。⋯⋯本当に、間違えてしまった」
「⋯⋯何をおっしゃるのです?」
聞き間違えようもなく愚かだと自分を罵った父に、エトムントは険のある視線を向ける。
彼は苛々としながら足を組んだ。
「私が愚かだとおっしゃるのですか?父上。⋯⋯それなら言わせていただきますが、愚かは貴方だ」
「⋯⋯何だと?」
エトムントは踏ん反り返りながら、父を睨む。
「そもそも、私の婚約者をあんな女にしたことが失策でしょう。王太子である私を敬うことも知らない、高慢で無愛想で、冷血なあんな女を」
「それはお前の接し方が問題だったのだろう」
言い返す父にも、エトムントは鼻で笑うだけだった。
「その上、あの女は"忌み子"の片割れですよ?しかも、この世に誕生すると同時に母親ともう片方を殺した、特別にタチの悪い奴だ。⋯⋯そんな呪われた女を将来の王妃にしようなどと、完全に失策でしょう」
「⋯⋯何故それを知っている?」
「たまたま耳にしたんですよ」
それは嘘だと、王は瞬時に察した。
クリスティナの出生に関するその事実は、ダルトン公爵家が最も隠したい秘密であるはずだ。
それをたまたま耳にするなど、あり得るわけがない。
エトムントも、父が自分の言葉を疑っていることに気づいていた。
しかし、だから何だというのか。
これは昔、クリスティナの瑕疵を探そうとする中で知ったことだ。
他者から忌み嫌われることになるだろう事実ではあるが、それ以上は何もない。
故に、知ってしまった後ではもうどうしようもないのだ。
「それにしても、父上はご存知だったのですね。私はてっきり、ダルトン公爵が隠し通した上で王太子の婚約者にねじ込んだのかと。⋯⋯呪われた女の血を王家に入れようなど、それはもはや叛逆だ。それならば不敬罪で一族郎党皆殺しかと考えていたのですが」
「馬鹿なことを言うな。クリスティナとお前の婚約は、私が望んだことだ」
王がきつく睨みつけるが、エトムントは心底呆れたように見返すだけだった。
「なんだ、ならばやはり貴方が愚かだったのですよ、父上。
──とにかくそういうわけで、クリスティナ・ダルトンは、この国の次代の王たる私には相応しくない女です。私に相応しいのは、明るく健気で、一心に私を慕い、支えてくれる女性なのですから」
──そう、例えばカロリナのような。と、そこまではさすがに口にしなかった。
婚約破棄してすぐに次の婚約者を立てるなど、さすがに外聞が悪い。矢面に立つだろうカロリナが可哀想だ。
だから、今は言わなかった。
それでも近いうちに話し、必ず認めさせなければと、エトムントは心に誓う。
「次代の王、か⋯⋯」
そんな彼の対面で、王が俯いて肩を揺らし、くつくつと低く低く笑いだした。
その尋常ならざる様子に、エトムントはぎくりと顔を強張らせる。
「ち、父上?」
「本当に愚かだ、お前は。誰がお前などに王位をやるか」
「な、何をおっしゃるのです!」
エトムントはソファから立ち上がり、父を見下ろした。
「父上、貴方の子は私ただ一人!しかも立太子をすでに済ませております!今さら他の者にその座を譲ると?近しい縁戚もおらぬではありませんか!まさか、歴史ある我が王家の血を薄くしか引かぬ者を王座に据えるなどと、そのような妄言はおっしゃいませんよね⁉︎」
必死に言い募るエトムントに、王はただにやりと笑った。
「もちろん、そのようなことは言わぬ。──次の王は王太子であるエトムントで、その妃はクリスティナだ」
その言葉に、エトムントはしばし固まった。
何とか理解しようとして、思い当たったことを尋ねる。
「⋯⋯私の結婚相手がクリスティナでなければ、王位に就けないという意味ですか」
「いや、違う」
王ははっきりと言い切る。
「愚か者、お前を王位には就けぬ。誰が妻になろうとな」
「⋯⋯は?」
「そもそも、貴様は王族ですらなくなるのだ」
何を言っているんだとエトムントは混乱した。父の言葉は完全に矛盾している。
正気かと疑ったが、その目は完全に据わってはいるものの、狂気の類は感じない。
「お前は知っていると思うが⋯⋯クリスティナの父、ダルトン公爵は私の乳兄弟で、右腕と呼ぶべき側近だ」
「そ、それが何か?」
「そしてその亡き妻は私の妹である」
父は何を言いたいのだろうと、怪訝な顔をして黙ったエトムントを父王が嘲笑う。
エトムントはその侮蔑に眉を吊り上げたが、それには構わず、王は話し続けた。
「つまり、私に近しい公爵とその娘クリスティナは、秘密の共有にはうってつけだということだ」
「⋯⋯秘密?それは、どういう⋯⋯」
「別にお前はわからずともよい。──お前はもう、用済みだからな」
王が不穏な言葉を口にした、ちょうどそのときだった。
──コンコンコンコン、と。
どこからともなく、ノックの音が響いた。
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