上 下
3 / 11

3. 王と王太子

しおりを挟む

婚約者であった少女を縛り上げた上で離宮に放置するよう側近に命じたエトムントは、その足で父である王のもとへと向かった。

途中、王の使者がエトムントのところに現れ、即刻登城せよと王命を告げた。
おそらく舞踏会プロムナードの顛末が父に伝わったのだろう。普通の神経をもつ者であれば慌てただろうが、むしろエトムントは説明の手間が省けた程度にしか受け取らなかった。


「お前は自分が何をしたか分かっているか?」

使者は王の執務室ではなく、私室へとエトムントを通した。
入室するなり、重厚なソファに腰掛けた父王が重々しく問いかける。
エトムントは得意げに笑いながら、父の対面に腰掛けた。

「わかっていますとも。私は素晴らしいことをしました。王族を軽んじ、か弱き令嬢を虐める悪女を懲らしめたのですから」
「悪女とは、クリスティナ・ダルトン公爵令嬢のことか?」
「当然です」

エトムントはふふんと鼻を鳴らす。
王は深々とため息をつきながら頭を抱えた。

「愚かだ愚かだとは思っていたが、まさかここまで救いようがないとはな。⋯⋯本当に、しまった」
「⋯⋯何をおっしゃるのです?」

聞き間違えようもなく愚かだと自分を罵った父に、エトムントは険のある視線を向ける。
彼は苛々としながら足を組んだ。

「私が愚かだとおっしゃるのですか?父上。⋯⋯それなら言わせていただきますが、愚かは貴方だ」
「⋯⋯何だと?」

エトムントは踏ん反り返りながら、父を睨む。

「そもそも、私の婚約者をあんな女にしたことが失策でしょう。王太子である私を敬うことも知らない、高慢で無愛想で、冷血なあんな女を」
「それはお前の接し方が問題だったのだろう」

言い返す父にも、エトムントは鼻で笑うだけだった。

「その上、あの女は"忌み子"の片割れですよ?しかも、この世に誕生すると同時に母親ともう片方を殺した、特別にタチの悪い奴だ。⋯⋯そんな呪われた女を将来の王妃にしようなどと、完全に失策でしょう」
「⋯⋯何故それを知っている?」
「たまたま耳にしたんですよ」

それは嘘だと、王は瞬時に察した。
クリスティナの出生に関するその事実は、ダルトン公爵家が最も隠したい秘密であるはずだ。
それを耳にするなど、あり得るわけがない。

エトムントも、父が自分の言葉を疑っていることに気づいていた。
しかし、だから何だというのか。
これは昔、クリスティナの瑕疵を探そうとする中で知ったことだ。
他者から忌み嫌われることになるだろう事実ではあるが、それ以上は何もない。
故に、後ではもうどうしようもないのだ。

「それにしても、父上はご存知だったのですね。私はてっきり、ダルトン公爵が隠し通した上で王太子の婚約者にねじ込んだのかと。⋯⋯呪われた女の血を王家に入れようなど、それはもはや叛逆だ。それならば不敬罪で一族郎党皆殺しかと考えていたのですが」
「馬鹿なことを言うな。クリスティナとお前の婚約は、私が望んだことだ」

王がきつく睨みつけるが、エトムントは心底呆れたように見返すだけだった。

「なんだ、ならばやはり貴方が愚かだったのですよ、父上。
──とにかくそういうわけで、クリスティナ・ダルトンは、この国の次代の王たる私には相応しくない女です。私に相応しいのは、明るく健気で、一心に私を慕い、支えてくれる女性なのですから」

──そう、例えばカロリナのような。と、そこまではさすがに口にしなかった。
婚約破棄してすぐに次の婚約者を立てるなど、さすがに外聞が悪い。矢面に立つだろうカロリナが可哀想だ。

だから、今は言わなかった。
それでも近いうちに話し、必ず認めさせなければと、エトムントは心に誓う。

「次代の王、か⋯⋯」

そんな彼の対面で、王が俯いて肩を揺らし、くつくつと低く低く笑いだした。
その尋常ならざる様子に、エトムントはぎくりと顔を強張らせる。

「ち、父上?」
「本当に愚かだ、お前は。誰がお前などに王位をやるか」
「な、何をおっしゃるのです!」

エトムントはソファから立ち上がり、父を見下ろした。

「父上、貴方の子は私ただ一人!しかも立太子をすでに済ませております!今さら他の者にその座を譲ると?近しい縁戚もおらぬではありませんか!まさか、歴史ある我が王家の血を薄くしか引かぬ者を王座に据えるなどと、そのような妄言はおっしゃいませんよね⁉︎」

必死に言い募るエトムントに、王はただにやりと笑った。

「もちろん、そのようなことは言わぬ。──次の王は王太子であるで、その妃はクリスティナだ」

その言葉に、エトムントはしばし固まった。
何とか理解しようとして、思い当たったことを尋ねる。

「⋯⋯私の結婚相手がクリスティナでなければ、王位に就けないという意味ですか」
「いや、違う」

王ははっきりと言い切る。

、お前を王位には就けぬ。誰が妻になろうとな」
「⋯⋯は?」
「そもそも、貴様は王族ですらなくなるのだ」

何を言っているんだとエトムントは混乱した。父の言葉は完全に矛盾している。
正気かと疑ったが、その目は完全に据わってはいるものの、狂気の類は感じない。

「お前は知っていると思うが⋯⋯クリスティナの父、ダルトン公爵は私の乳兄弟で、右腕と呼ぶべき側近だ」
「そ、それが何か?」
「そしてその亡き妻は私の妹である」

父は何を言いたいのだろうと、怪訝な顔をして黙ったエトムントを父王が嘲笑う。
エトムントはその侮蔑に眉を吊り上げたが、それには構わず、王は話し続けた。

「つまり、私に近しい公爵とその娘クリスティナは、秘密の共有にはうってつけだということだ」
「⋯⋯秘密?それは、どういう⋯⋯」
「別にお前はわからずともよい。──お前はもう、だからな」

王が不穏な言葉を口にした、ちょうどそのときだった。

──コンコンコンコン、と。

どこからともなく、ノックの音が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

【一話完結】才色兼備な公爵令嬢は皇太子に婚約破棄されたけど、その場で第二皇子から愛を告げられる

皐月 誘
恋愛
「お前のその可愛げのない態度にはほとほと愛想が尽きた!今ここで婚約破棄を宣言する!」 この帝国の皇太子であるセルジオが高らかに宣言した。 その隣には、紫のドレスを身に纏った1人の令嬢が嘲笑うかのように笑みを浮かべて、セルジオにしなだれ掛かっている。 意図せず夜会で注目を浴びる事になったソフィア エインズワース公爵令嬢は、まるで自分には関係のない話の様に不思議そうな顔で2人を見つめ返した。 ------------------------------------- 1話完結の超短編です。 想像が膨らめば、後日長編化します。 ------------------------------------ お時間があれば、こちらもお読み頂けると嬉しいです! 連載中長編「前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される」 連載中 R18短編「【R18】聖女となった公爵令嬢は、元婚約者の皇太子に監禁調教される」 完結済み長編「シェアされがちな伯爵令嬢は今日も溜息を漏らす」 よろしくお願い致します!

隣の芝は青く見える、というけれど

瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。 王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。 婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。 意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに…… 途中から視点が変わります。 モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗) 9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw ありがとうございます(ぺこり) 9/23完結です。ありがとうございました

婚約破棄された令嬢が呆然としてる間に、周囲の人達が王子を論破してくれました

マーサ
恋愛
国王在位15年を祝うパーティの場で、第1王子であるアルベールから婚約破棄を宣告された侯爵令嬢オルタンス。 真意を問いただそうとした瞬間、隣国の王太子や第2王子、学友たちまでアルベールに反論し始め、オルタンスが一言も話さないまま事態は収束に向かっていく…。

婚約破棄されました。あとは知りません

天羽 尤
恋愛
聖ラクレット皇国は1000年の建国の時を迎えていた。 皇国はユーロ教という宗教を国教としており、ユーロ教は魔力含有量を特に秀でた者を巫女として、唯一神であるユーロの従者として大切に扱っていた。 聖ラクレット王国 第一子 クズレットは婚約発表の席でとんでもない事を告げたのだった。 「ラクレット王国 王太子 クズレットの名の下に 巫女:アコク レイン を国外追放とし、婚約を破棄する」 その時… ---------------------- 初めての婚約破棄ざまぁものです。 --------------------------- お気に入り登録200突破ありがとうございます。 ------------------------------- 【著作者:天羽尤】【無断転載禁止】【以下のサイトでのみ掲載を認めます。これ以外は無断転載です〔小説家になろう/カクヨム/アルファポリス/マグネット〕】

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

処理中です...