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信じない、そんな愛
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しおりを挟む「……意気地なし」
人には頑張れなんて簡単に言うくせに、自分は傍観者になる事に決めている。そんな伊藤さんにちょっとだけもどかしさを感じていた。
そんな私の気持ちを分かっているのか、彼は横に置いていた紙袋を私に差し出してみせる。
「それはお互い様。この話題はもういいだろ、そろそろ出ようぜ」
これ以上は口を出して欲しくない、という事なんだろう。私は黙ってその紙袋を受け取ると椅子から立ち上がる。中身が何か、なんてどうだっていい。これを紗綾に渡すのが伊藤さんに頼まれた私の役目なのだから。
「じゃあ私は帰りますね、これコーヒーの代金です」
そう言って財布からお札を取り出そうとするが、すぐに伊藤さんに止められる。その必要は無いと言うように。彼は伝票を持つとさっさとレジで会計を済ませてしまった。そして……
「近くまで送っていく、途中で転ばれたりしたら困るからな」
「……まあ、伊藤さんがそうしたいというのなら止めませんけれど?」
間に人が一人入るくらいの空間を開けて、それが私と伊藤さんのちょうど良い距離。憎まれ口を叩きながらそれも悪くないと。
二人で駅から出ようとしたところで、懐かしいシトラス系の香水の匂いがして何となく振り向いた。
「……もしかして、麗奈?」
どうしてこんな時に限って、この人は私を見つけて声をかけてくるのだろう? お互いこの街で暮らしていて、今まですれ違った時は他人の顔をしていたはずなのに。
この甘い香水の匂いも、少し掠れたような低い声もすごく好きだった……今でもその思い出に胸を締め付けられるくらい。
「麗奈、知り合いか?」
隣にいた伊藤さんがまるで彼氏のような態度で、私に声をかけてきた相手をじっと見つめている。先程まで空いていた一人分くらいの距離はいつの間にかなくなっていた。
……一瞬で伊藤さんが私の表情が固くなった事に気付き、守ろうとしてくれてるのだとわかった。
「昔、知り合いだった。ただそれだけの人」
「ふうん? 相手はそうじゃないみたいだけど」
私の言葉に、伊藤さんがわざとらしい返事をする。何事もなかったように横をすり抜けようとする私たちの行く手を阻むようにその男が立ち塞がったからだ。
面倒なことになりそうで頭がいたくなってくるのに、隣の伊藤さんは少し楽しそうな顔をしているようにも見える。そうだ、この人はとても厄介な性格の持ち主だった事を忘れていた。
「……麗奈、話がしたい。少し二人きりになれないか?」
「無理よ、何か話をしたいのならこの場でしてもらえないかしら」
この人は昔からこういう人だった。だからいつまでも私が何でもいうことを聞く従順な女だと信じて疑わない。それがこの人に嫌われないためだけに、必死で彼好みの女性のふりをしていただけとも知らずに。
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