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契約結婚でも自然に笑えて

契約結婚でも自然に笑えて5

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匡介きょうすけさん? あの、どうしたんですか」

 まさか匡介さんは私が彼の視線に気付いていないと思っていたの? あんなにジッと見られていてその瞳に気づかないなんてことある訳ないのに。
 だけど匡介さんは困ったように視線を彷徨わせ、ハニートーストをフォークでつついている。返事を待つ私に匡介さんはその質問に答えようとせずに……

杏凛あんりも早く食べるといい、あまり遅くなっては寧々ねねも心配するだろう」

 寧々は私達にごゆっくり、と言ってましたけれど。どうやら匡介さんはこの話について終わりにしてしまいたいようで。私も深く追求するようなことはしなかった。
 私がそうであるように、匡介さんも妻である私と間違いなく距離を取っている。この夫婦関係にそれは必要な事だから仕方ない。
 そう分かっているのに、この胸のどこかでガッカリしているような気がするから……

「どこでも……匡介さんは好きなだけ付き合ってくれると言いました」

 諦めて黙ってハニートーストを口に運ぼうとしたけど、そんな私の口からはまるで拗ねたような台詞が出てきてしまう。あの時の匡介さんの言葉はちょっと違ったけれど、それを自分の都合良いように少しだけ変えてしまっていた。




「それは君の言う通りだが、もしもの事があっては……」

 匡介きょうすけさんのその言葉にはちゃんと意味がある事は知っているの、だけどそれを言い訳のように今出された事に納得いかなくてムッとしてしまう。この人はただ私の事を心配してくれただけなのかもしれないのに。
 不規則に発作を起こしてしまう、そんなこの身体と心の事は自分が一番理解してる。だからと言って必要以上に心配されることなど私は望んではいなくて。

「もしも、なんていつ起こるか分からないですよね? それは十年後かもしれないし、今すぐなのかもしれない。なのにそんな事ばかり言っていたら私はいつも部屋の中にいるしかなくなります」

 ちょっとした匡介さんの一言にムキになってしまってる自覚はあった。でもこれといって何か彼の役に立てるわけもない自分が、これ以上ただ甘やかされる存在になりそうなのも怖くて。

「しかし外出の疲れで症状が出やすくなる可能性も……いや、杏凛あんりの言う通りにしよう。俺がすぐ隣についていればいいだけの話だ」

 すぐに匡介さんの方が私に合わせてくれる、それでも彼が私の事を過保護に扱おうとすることには変わらなかったけれど。
 きっと私はもの凄く可愛げのない妻に違いない。態度も発言もとても好意を持てるようなものではないはず。  
 だけどこんな私の祖父の会社を匡介さんは契約結婚をしてまで立て直そうとしてくれている。そう考えればこのままじゃいけないとちゃんと分かってるのに。




「ごめんなさい……」

 自分勝手な理由で怒りそれを匡介きょうすけさんの所為にして、それでも譲歩してくれる彼にありがとうという事も出来ない。ただこうして謝る事で精一杯な自分に自己嫌悪するしかなくて。
 私の方が匡介さんのために出来る事など無いのだから、せめて彼に従順な妻でなければ。
 そう心の中でしっかりと思い直して匡介さんに向き合おうとすると……

「なぜ君が謝る? 今の会話のどこに杏凛あんりが謝る必要があった?」

「え? ですが私は、匡介さんが心配してくれたのに……」

 匡介さんは遠回しな嫌味などは言わない人だという事は知っている。言葉少なめの男性ではあるけれど、その言葉は真っ直ぐだと。
 では彼はこんな態度しか取れない妻の私に、少しも苛立ちを感じなかった?そんなはずは……

「さっきのは杏凛の意思も確認せず勝手に決めようとした俺が悪かった。その……体調を心配しているだけで俺は君の行動を制限したいわけじゃない」

 いつもの強面のままなのに、匡介さんが必死で私に伝えようとしてくれていることが分かる。そんなこと無い、匡介さんの思いやりを捻くれて受け取ってしまった自分の方が悪いのに。

「どうしてそんなに心配する必要があるんです? 私なんて三年間だけの契約妻にすぎないんですよ」

「どんな形であろうと、今の杏凛は俺の妻だろう?」

 匡介さんは私の事を妻だと言う、心配だとも言う。だけどその言葉を素直に受け取りたくても出来ない理由がちゃんとある。それは……

「じゃあ、そんな風に言いながら昨日の夜に私を一人にしたのは何故で――――っつ!」

 感情的になりかけたその時、ヒュッと喉の奥から音がする。しまったと思った時にはもう遅くて……

「杏凛!?」
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