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契約結婚も変化していく?

契約結婚も変化していく?

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 あの事件の後は柚瑠木ゆるぎさんの言っていて通りしばらくバタバタしましたが、少しずつ元の二人の生活に戻っていきました。
 「覚悟してください」と言う柚瑠木さんの言葉に時々ドキドキもしたりしましたが、特に私たちの関係はまだ進展がなく……本当に柚瑠木さんは私の事をどう考えているのでしょうか。

 そんなある日……

「え?お料理教室に通ってもいいんですか、それもあの香津美かつみさんと?」

 香津美さんは柚瑠木さんの幼馴染の狭山さやま 聖壱せいいちさんの奥さんで、あの時の事件で私を庇ってくれた女性です。彼女にはもう一度会いたいと何度も思っていたので、柚瑠木さんの提案はすごく嬉しかったのです。

「香津美さんもこのレジデンスに住んでますし、これからは月菜つきなさんにも色んなことを話す相手がいた方がいいでしょう。彼女なら月菜さんを安心して任せられますし。」

 柚瑠木さんがこんな風に私の事を考えてくれるなんて。最初の頃は何を聞いても「貴女の好きにしてればいい」と言われるだけだったのに。

「でも、お料理なら使用人の希子きこさんにも教えてもらっています。それなのに……」

「料理教室は香津美さんと仲良く話せる時間だと思えばいいんです。それでも月菜さんが嫌ならば断わりますが?」

 そんな!スマホを取り出そうとする柚瑠木さんの手首を掴んでしまいました。だって、わたしも香津美さん達と仲良くなりたいです。誘われて嫌なわけがありません。

「断らないでください。私、香津美さんと料理教室に通います。」




月菜つきなさんならそう言うと思って、今度の日曜に聖壱せいいち達の部屋に行く約束をしてきました。詳しい話はその日に香津美かつみさんから聞いてください。」

 私は柚瑠木ゆるぎさんの手首を強く掴んでしまったのですが、彼は嫌な顔一つせず優しく話を続けてくれました。
 柚瑠木さんはいつもの無表情のように見えるけれど、私も少しずつ彼の小さな変化に気付けるようになってきた気がします。

「分かりました。手首を掴んでしまってごめんなさい。」

「いえ、何事にも一生懸命な所は月菜さんらしくていいと思いますよ?時々、周りが見えて無いのが心配になりますけどね。」

 今のは褒めて貰えたのでしょうか?私には人より優れたところが無いので、何事も一生懸命努力しなくてはなりません。けれどそれを誰かに認めて貰えたのは……初めてでした。

「……どうして泣くんです?僕はまた何か月菜さんを傷付けるようなことを言いましたか?」

「柚瑠木さんに褒めて貰えて、凄く……嬉しくて……」

 本当に泣き虫でごめんなさい、でも柚瑠木さんが私を喜ばせるような事ばかりをするから。だから……

「嬉しいのにどうして泣くんですか、月菜さんは?」

「嬉しいから……泣くんですよ、柚瑠木さん。」

 私の言う事が不思議でたまらないと言う顔をする柚瑠木さんに、涙を拭った後の少し赤い顔でニッコリと笑って見せました。




「きちんとしたご挨拶が遅れてすみません。私は二階堂にかいどう 月菜つきなです。狭山さやまさん、香津美かつみさんにはお世話になったのに、ずっとお礼も言えないままで……」

 柚瑠木ゆるぎさんに連れてきてもらった香津美さんと狭山さんの暮らす部屋。2人にぴったりの明るい雰囲気のインテリアに何だかホッとします。
 でもまずはあの日のお礼か言わなくてはいけません。私はあの時は気を失ってしまい、感謝の気持ちを伝えることが出来ませんでしたから。

「いいのよ、月菜さん。私も貴女がいてくれたから頑張れたの、世話になったのはお互い様だわ。」

 あの時、私は香津美さんの足手まといにしかなれなかったのに……そんな私でも何か香津美さんの役に立てたのでしょうか?
 私だって香津美さんが傍で励ましてくれたから頑張れました。一緒に居てくれたのが香津美さんで本当に良かったと思ってます。
 何度お礼を言っても言い足りなくてペコペコと頭を下げていると、香津美さんが狭山さんを見て何かアイコンタクトを……

「……ああ、その事なら何度も柚瑠木から礼を言われているよ。もちろん月菜さんの分も含めてな。あと、俺の事は狭山ではなく聖壱せいいちと呼んで欲しいかな。」

 聖壱さんはそう言うと私を見て悪戯っ子のような笑みを見せてくれました。
 まさか柚瑠木さんが私の分までお礼を言ってくれていたなんて、彼からそんな話は聞いていませんでした。本当か聞いてみようとすると、私に隣に立っている柚瑠木さんはなんだか不機嫌そうに眉を寄せて……

「聖壱はどうしてそうやって余計なことまで話すんですか?僕は何度も聖壱の口を縫い付けてしまいたいと思っているんですけどね。」

 柚瑠木さんは狭山さんに文句を言い始めました。今のは狭山さんは悪くないと思いますよ、私に隠し事ばかりする柚瑠木さんが悪いんです。




「……柚瑠木ゆるぎさん、また私には何も言ってくれなかったんですね?」

 私の事でもあるのに黙っていた柚瑠木さんにちょっとだけ怒りを感じ、私よりずっと背の高い彼を下から睨みます。
 そりゃあ私なんかが怒っても怖くないかもしれませんが、少しくらいは「腹が立っている」という意思表示をさせてもらいますから。

「いえ、月菜つきなさんに話せば余計に気にしてしまうかと思ったので。聖壱せいいち達にはきちんと僕から話しましたし……」

 もちろん柚瑠木さんが私の事を考えての事だというのは分かります。
 ですが私だって2人へのお礼の言葉くらい自分の口で言いたいんです。そういう気持ちを、柚瑠木さんにも分かって欲しいんです。

「柚瑠木さん、私が言いたいのはそういう事では無くて……」

私はこの時、柚瑠木さんに自分の考えを伝えることにいっぱいで、狭山さやま夫妻が私たちの事を微笑ましい目で見ていることになんて気付くわけがなくて……

「まあまあ、喧嘩は二人の時にゆっくりとやってちょうだい?それより月菜さんが甘いものが好きと聞いていたのでお菓子を用意しておいたの。2人でお茶を飲みながらゆっくり話しましょう?」

「え?でも……柚瑠木さんと聖壱さんは?」

 香津美かつみさんのその言い方だと柚瑠木さんと聖壱さんは一緒ではないみたいですけれど、いったい二人はどうするのでしょうか?

「そう言えば聖壱さん、久しぶりに身体を動かしたいと言っていたわよね?柚瑠木さんとジムにでも行って来たらどうかしら。」

「ああ、そうだな。柚瑠木、行くぞ。」

 そう言うと聖壱さんは納得してない様子の柚瑠木さんを引っ張って連れて行ってしまったのでした。


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