乙女ゲームの遊び方

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「これは私が頂くわ」

ルチルが持っていたワインを奪い一気に飲み干した。

「ビアンカ! そうまでして嫌がらせしたいのか!」

私へ詰寄る貴方。
でもね、私は壊れちゃったの。

「何が可笑しい! 笑ってないで何とか言ったらどうだ!」




ビアンカが愛しいルチルからワインを奪い取り、あろうことか一気に飲み干した。

「ビアンカ! そうまでして嫌がらせしたいのか!」

真っ赤なドレスを着たビアンカが俺を見て笑う。

「何が可笑しい! 笑ってないで何とか言ったらどうだ!」

思わずビアンカの腕を掴もうとした時、口は弧を描きながらこぽりと血を吐き床へ崩れ落ちた。

「キャー!!」

ルチルが背後で叫ぶ声を聞き、床に倒れたビアンカが痙攣をしている姿に呆然とただ見ている事しか出来なかった。

「そこを退け!」


ビアンカに駆け寄る騎士達の声と、強く腕を引かれ、床に横たわるビアンカと目が合い… 彼女は笑った。

「早く医務室へ!」

あたりは騒然となる中、振り返るとルチルは皆に守られ、俺は立ち尽くすしか出来なかった。




「ルチルは…」
「あの女の心配か? 目の前で倒れたビアンカで無く」

夜会は中止され、俺は公爵家へ戻ると兄に腕を掴まれ応接間へ投げ込まれる。

「ビアンカはルチルを虐めていたのを兄さんだって見てただろ!!」
「あぁ… あの女に最後まで常識を教え続けたのはビアンカだけだ。
お前は何を見ていた、
今まで何を学んできた、
あの女が本当に予言どおりの乙女だと言うなら、何故ビアンカが死んだ」

ビアンカが死んだ?

「今、調査をしている。事実はすぐ分かるだろう、それまで部屋から出る事を禁じる」


自室に戻され兄に言われた事を思い出す。

『あぁ… あの女に最後まで常識を教え続けたのはビアンカだけだ。
(異世界の人間であるルチルが貴族の常識が無いのは当たり前だ。それをグチグチと言ってたのはビアンカじゃないか)
お前は何を見ていた、
(ビアンカに虐められたと泣くルチルを慰めて何が悪い)
今まで何を学んできた、
(学園は身分関係ない。皆が平等だと教えられた)
あの女が本当に予言どおりの乙女だと言うなら、何故ビアンカが死んだ』

世が渾沌へ落とされた時。女神が現れ乙女へ力を授けるだろう。

誰もが知る予言の乙女の神話。

異世界から来たと城へ保護を求めたルチルは、女神から力を授かったと言った。
最初は不審に思っていた者達も次第にルチルが言う[予言]が次々とあたり、正式に予言の乙女として王家が認めたのだ。

俺は明るく無邪気なルチルにだんだん心惹かれ、婚約者であったビアンカとの婚約を白紙撤回した。

ルチルの周りは第一皇子や高位貴族が囲み、誰しもがルチルへ愛を囁いた。

『信じて頂けないと思いますが、それでもわたくしは貴方を愛しておりました』

少し痩せたビアンカが言った時、俺は何を言った?

『嫉妬深い女だ、本当に醜いな。それでルチルを虐めたのか!』


ビアンカと婚約したのはお互い10歳の頃。お人形みたいな美しい少女に一目惚れしたのは俺。
それからルチルが現れるまでの七年間、俺の隣にはいつもビアンカが居た。
少し控えめな性格なのに、見た目がキツく見えてしまうと悩む優しいビアンカ。屈託なく笑う顔に何度も心奪われた。

一生大切にすると誓ったのに…

どこで間違えた。俺の隣にはビアンカだけ、ルチルは… 





ルチルとは?









「兄さん、ビアンカを迎えに行くから早めに出る」
「駄目だ。お前はもう忘れたのか?」
「何を?」
「あの女が正式に予言の乙女として認められ、お前は殿下の側近としてあの女の補佐として殿下と共に行く事になった。昨夜も話したよな」
「あの女? 予言の乙女?」
「ルチルだ… 本当に分からないのか?」

ルチル… ルチル?

『宰相の息子も完了。これで全ルートクリア。残るは隠しキャラだけね、毎回ビアンカは煩いわね。毎日毎日、貴族とはーって私はヒロインなのよ』

ルチル、あぁ思い出した。
異世界から来たと豪語する女、あの女の側に行くと全ての思考が鈍り己の感情すら惑わされる。

『お願い! 信じられないと思うけどわたくしの話を聞いて!』

ビアンカ、もしかしてキミは全てを覚えている?

「兄さん、悪いけど僕は殿下の側近を辞退するよ。じゃあビアンカを迎えに行く」
「待て! どういう事だ。昨日まで、そんな事言って無かったじゃないか」

早く、早く行かなければ。最後に見た笑みを思い出すだけで胸の痛みが強くなる。

「ビアンカ!!」

姿を見つけ、思わず馬車から飛び降り。ビアンカを抱きしめた。

「まぁ、どうなさったの? 今日から来られないと聞いておりましたが」

その声が、今までと違う事にようやく気がついた。
身体は強張り、抱きしめた腕を少し緩めてビアンカを見れば瞳には何の感情も見えない。

「ビアンカ… キミは覚えているのか?」

「… 何のお話でしょうか」

貴族らしい笑みを浮かべたビアンカはまるで本物の人形みたいだ。

「迎えに来たんだ。一緒に行ってくれるだろ?」
「えぇ勿論ですわ。わたくしはナハト様と今はまだ婚約者ですから」

張り付けた笑みを崩す事なく、俺の差し出した手を見ないふりをしてビアンカは馬車へ乗り込んだ。

「長い夢を見たんだ…」
「あら、どんな夢でしょうか」

その瞳に、もう俺は映っていない。でもビアンカが今は生きている、それだけで良い… それだけで。


学園へ着くと俺は生徒会室へ呼び出された。
部屋の中に居たのは、

第一皇子マークパルス。
魔術団長の子息ソクラク。
騎士団長の子息カンザレス。

そして、見た事が無い男が一人。

「やぁやぁ、お人形たち。さすがに自我が芽生えてきちゃったかな」

真っ黒なコートを纏った男。恐怖すら感じる整った顔で薄い唇に弧を描く。

「お前は誰だ」

マークが睨みつけながら言うと、後ろに控えていたカンザは腰に差した剣に手を添えた。

「そうだな… 創造主? いや神かな」

「戯言だ!」

ラクが杖を男へ向けようとしたが、時が止まったように誰も身動き出来なくなった。

「ほぅ。皆、意識だけは保ったか。そして一人は動けるようだね」

男は三人掛けのソファで足を組み、優雅にカップを持ち上げるとごくりと一口飲み込む。カップを戻し、暫く首を傾げたかと思えば興奮気味に両手を叩いた。

「そうか! ビアンカが原因か。彼も酷な事をするよね」
「彼女に何をした! あの女は何者だ! 全て話せ!」

「いいよ。あの女ってルチルの事だよね。
本当に僕もびっくりしているんだ。人間が強欲なのは知っていたけど、あれは最高だったよ。
でも、僕の領域まで手を伸ばそうとするのは許せないんだよね」
 
男は笑っているはずなのに、正面から対峙すると、瞳の中に何も映っておらず恐怖に足が震えそうになる。

「お願いだ… あなたが神と名乗るならビアンカを元に戻してくれ」
「対価は?」
「命を…」

「そんなもの要らないよ。そうだね、君たちは真実の愛って言葉が好きだろ?
だから、真実の愛を僕に見せてよ。あぁ、ルチルは用済みだから力は弱くなったけど、強欲だからね。何をやるかは未知数だ。
だから、真実の愛を僕に見せてくれるなら、全てをリセットしてあげよう。

じゃあ、頑張って」

フッと男は消えると、強張った身体の力が抜け、崩れるように床へ膝をついた。

「今の話は何なんだ… 今朝、夢見が悪ったらしく起きた時に何故か涙が止まらなかった」

マークは足元をただ見つめ、固く握り締めた手は僅かに震えている。

「俺もだ。内容は覚えていないが、心の中から大切な何かが抜け落ちたような」
「カンザも? 僕もなんだ…」

あぁ、彼らも一緒なんだ。ただ僕より覚えていないだけで。

「少し話がある。聞いてくれるか?」

あの夢… 悪夢とも呼べる記憶を話せば、彼らは反論するでも無く黙って最後まで聞いてくれた。

「じゃあ、私達もナハトと同じように婚約者を捨てあのルチルと言う女を選んだと?」
「えぇマーク、あの女の周りに居たのは俺たちだ。
もし、本当の乙女がビアンカなのだとしたら…
俺たちが知らない時間を知っている可能性がある」
「ならば、ビアンカに聞けば…」
「ラク、それはムリだ。今朝ビアンカにそれとなく聞いたが、何も反応は無かった。
ビアンカの瞳は、もう俺をうつさない…」

真実の愛。俺とビアンカは真実の愛だと疑った事すらなかった。
多分、ここに居る皆も同じだろう。幼少期から婚約者と共に過ごし、少しずつ愛を育んできたのだ。

「真実の愛、それは俺からビアンカへの思いだけでは不足だろうか?」
「それよりも、あのルチルって女を神殿から出さない方が早くないか?」
「それは難しいだろうな。カンザの言う通りルチルを例え神殿へ入れても、既に王家が予言の乙女と認めてしまっている」
「マークから陛下へ話してみるのは?」
「こんな滑稽な話を誰が信じる? ラクも本当は分かっているだろ?」
「ナハト… お前はどこまで覚えている」
「ビアンカが死んだ日まで」

そこで、三人の言葉は止まった。

「大丈夫。今のビアンカは生きている… 絶対死なせはしない」




「これからお世話になります!」

この世界では珍しい、真っ直ぐな黒髪と黒い瞳。背は低く華奢な身体で、庇護欲を唆る容姿。
特に貴族女性は男性へ対し、口ごたえせず従順であれと育てられる。
今の様に、男性から何も言われない場合。紹介されるか、此方から何か聞くまでは何も言ってはならない。

「みんな、宜しくね」

片手を出して笑う、目の前の少女。

前回はどうだったか?

あぁ… この時すでに囚われていたんだ。俺だけじゃない、マークもラクもカンザも我先にルチルの手を掴んでいた。

「どうしたの? 私、何かやっちゃったのかな?」

チラリと上目遣いで見る姿に、頭の一部が【手を取れ】と囁いてくる。

「我々は聖女としての君に期待している」

マークが王族らしく声を発したが、よく見れば両手は固く握られ微かに震えていた。

「分かった! じゃあ先に行くね」

教師の待つ所までパタパタと走る後ろ姿を見送る。

「誰よりも可愛いと頭に何度も浮かんだ」
「守らなければならないと」
「彼女から離れたくないとね」

各々が気持ちを押し殺し、ルチルを見送ったが。


「みんな仲良くしなきゃダメだよ。私なら大丈夫だから、そんなに怒らないであげて」

彼らの婚約者は、ルチルとの関わり方がおかしいと苦言を呈する。そしてルチル自身へも、貴族として生きるなら今のままではいけないと言っているだけだ。

あぁ… 逆らえなかったのか。
胸が締め付けられるたび、頭の中でルチルを愛せと囁かれるたび。

俺は床に倒れたビアンカを思い出して、ルチルから逃げた。




「俺が愛しているのはビアンカだけだ… どうすれば信じてくれる」
「信じる… ですか。わたくしは貴方様を愛してはおりません」

何度だ? ビアンカは何度、俺に裏切られたんだ?

クソっ! もうダメなのかビアンカ…



俺の記憶通り。いや、ルチルに侍る者が一人足りないのは、頭に響く声を無視した俺が居ないからだ。

「聖女であり、私達が愛するルチルへ貴様等は何をしたのか分かっているのか!」

「なぜ分かって頂けませんの…」

第一皇子マークの声に対峙した公爵令嬢は、長年一緒に切磋琢磨してきたマークの婚約者。

次々と罪とも呼べぬような事を、自分の婚約者へ叫び。
醜いと蔑んだ後に、婚約破棄を突きつける。


「ナハト様は向こうへ行かなくて宜しいのですか?
御自分の心に正直になられた方が幸せになれますわ」
「ビアンカ… 俺と一緒には居たくないのか?」
「婚約も婚姻も義務ですわ。その中にナハト様は何をお求めなのでしょう」


幾ら言葉を並べようと、ルチルから離れようと、俺は一生許されない。

じっと目の前で起こっているのは、悲劇か。それとも喜劇か…


「わたくし、役目を果たしたいと思いますの」

言葉の意味を考える間も無く。ビアンカは妖艶に笑うと、ルチルへ近づく給仕が持つワイングラスを奪うように手に取り、一気に飲み干そうとした。

「飲むなビアンカ!」

グラスが唇へ届く前に、ビアンカの手を引くと、足元へワインは溢れグラスは砕け散る。

「何の真似ですか?」
「お願いだ… 今の俺を見てくれ…」


*****

今回も又、婚約者である貴方は聖女ルチルに侍り、私の言葉など届かないと思っていた。

「おおきくなったら、ぼくのおよめさんになって」

貴方は覚えてはいないでしょう。私達が婚約する前に会った時に言われたの。

母親達は王妃様との話に夢中で、子ども達だけで遊んでいたけれど。女の子は私だけ、みんなに着いて行けなかった私へ手を差し伸べてくれたのは貴方だけだった。

広い王宮の庭園で、花冠を一緒に作ってくれた貴方が、私の頭に花冠を乗せて言ってくれたの。


10歳になり、婚約者が決まった時は嫌だと泣いたわ。
でも、相手が貴方だと知った時は神に感謝したのよ。

でも、貴方は私を選ばなかった… いいえ違うわね。
貴方は私を捨てたのよ。

だからね、私。神様にお願いしたの。
貴方への愛を無くして下さいって。

そして、気づいた時は聖女が現れる前に戻るの。

聖女は毎回、違う人と恋人になり。その度に婚約者であった女性達は捨てられ、惨めな姿を晒した。

だから、貴方が聖女と恋人になった時。
私、神様にお願いしたの。

「どうか、あの人の心にいつまで残りますように」

あの日に見た、貴方の顔を見て分かったの。
私が愛した貴方は、もう居ないと。

なのに、また戻ってしまった。

違和感が確信に変わったのは、貴方が側近を辞めて聖女に見向きもしなかった事。

あんなに欲した貴方からの愛の言葉が、滑稽過ぎて嗤わないようにするのが大変だったわ。

だって、そうでしょ?

あんなに狂おしいほどに求めた愛は、もう私の中に無いのですから。

だからね。私、神様にお願いしたの。

「この歪な世界を壊して下さい」

「その対価は何だ?」

今まで、神様からお返事を頂いた事が無かった私はびっくりしたの。

声がする方へ顔を向けると、真っ黒な人影しか見えなかったわ。

「対価ですか… 何を差し上げれば宜しいのかしら?」

「壊れたお前だけで良い」

真っ黒な人影が、クツクツと嗤う声が心地よく。目を閉じると何かに包まれたの。

「こんな私が良いなんて、変な神様ね」


私は私を差し出す為に、今日を楽しみにしていたの。

なのに、貴方は私の邪魔ばかりするのね。


「何の真似ですか?」
「お願いだ… 今の俺を見てくれ…」

泣きそうな貴方を見ても、何も感じないわ。

だって…

「生きたままでも行けると言ってあったはずだ」
「メテオ様」


*****

いきなり現れた男は、ビアンカの身体を俺から奪うとマントの中に隠してしまった。

「誰だ! ビアンカを返せ!」

「歪な世界の哀れな人形よ。何度も捨てた女だろ?」

男の言葉で、伸ばしかけた腕が宙を彷徨う。

「メテオ様だわ! やっと隠しルートが開放されたのね!」

「あぁ… お前はもう用済みだ」

男が言うと、ルチルはガクンと力が抜けて床へ倒れた。

「もう、困るよ。勝手にエンディングにしたら」

ひょいと現れたのは、神と名乗った男だ。

「また呼べば良いだけだ。候補など幾らでもいるだろ?」

「まぁね」

二人の男が上を見た。思わず俺も上を見ると…

「っ! あれはなんだ…」

天井は無くなり、真っ黒な闇の中に無数の眼がこちらを覗いている。

「わぁお! こいつ人形なのに見えたみたい」
「リセットすれば問題は無い。新しい聖女と、あの中からビアンカも選べば済む」
「そうだね」

楽しげに笑う二人に、一歩後ずさると誰かにぶつかる。

しかし、相手から叱責される事は無かった。何故なら…

「死んでるのか…」

「だから人形だと最初に教えてあげたのに。自我が芽生えちゃったのは面倒くさいな… そうだ! 今日から君がメテオになれば良いよ。
だって、彼は真実の愛を見つけたから。このビアンカ以外は不必要だろうし。
君も真実の愛を見つけられると良いね」

クスクス笑う神の声を最後に、俺は意識が無くなった…


*****

まさか異世界転生?

大好きなゲームの中に居た悪役令嬢の一人。侯爵令嬢ビアンカになるなんて、びっくり!

いやぁ、本当にビアンカって綺麗なお人形みたい。

て、事は聖女も居るのか。
ぶっちゃけ聖女って嫌いだったし、婚約者が居ながら真実の愛を叫ぶ攻略対象者も好きになれなかった。

私は悪役令嬢と呼ばれた彼女達が、ハッピーエンドを迎えられないか。かなりやり込んだのよね。

そんなルート無かったから、勝手に妄想ルートノート作った位よ。

え? オタクだって?
そうですが、何か?

そうだ! こうしちゃ居られない。早く悪役令嬢達に合って妄想ルートを実現しなきゃ!





















*****

今回のゲームは、どうなるのか楽しみにしているよ。














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