ファンタジーホラー推理小説「蝶の羽ばたき」

1章

蝶の羽ばたき

朝靄に包まれた静寂な校舎に、突如として鋭い悲鳴が響き渡った。

神藤葉羽は、その刹那、閉じていた瞼を勢いよく開いた。彼の手には、今しがた読みふけっていた推理小説が握られていた。図書室の窓から差し込む柔らかな光が、彼の整った顔立ちを照らしている。

「まったく、昼休みに居眠りなんかして...」

自分自身に呆れながら、葉羽は背筋を伸ばした。その瞬間、再び悲鳴が聞こえた。今度ははっきりと、理科室の方角からだ。

葉羽の瞳が鋭く光る。「これは...単なる事故じゃないな」

彼は素早く立ち上がり、理科室へと駆け出した。廊下を走る足音が、不吉な予感とともに響く。

理科室のドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「葉羽くん！大変なの！」

幼馴染の望月彩由美が、青ざめた顔で葉羽に駆け寄ってきた。彼女の瞳には、恐怖と混乱が渦巻いている。

「落ち着いて、彩由美。何があったんだ？」

葉羽は冷静に状況を観察しながら、彩由美の肩に手を置いた。

理科室の中央には、実験用の机が置かれている。その周りに、数人の生徒たちが茫然と立ち尽くしていた。そして、机の上には...何もない。

「岡部くんが...消えちゃったの」

彩由美の声が震えている。

「消えた？どういうことだ？」

葉羽は眉をひそめた。

「量子トンネリング効果の実験をしていたの。岡部くんが志願して、装置を操作していたんだけど...」

彩由美の説明を聞きながら、葉羽は慎重に机に近づいた。そこで彼は、奇妙なものを発見する。

机の表面に、蝶の羽のような繊細な光の模様が浮かび上がっていた。それは、まるで別次元への入り口のようだった。

「これは...」

葉羽が呟いた瞬間、光の模様が瞬き、消えた。残されたのは、何の変哲もない実験机だけ。

「警察を呼んだ方がいいんじゃないか？」
クラスメイトの一人が不安そうに言った。

「待て」
葉羽は鋭く言い放った。
「警察を呼ぶ前に、もう少し状況を確認する必要がある」

彼は岡部の机の引き出しに手を伸ばした。そこから取り出したのは、奇妙な装置だった。手のひらサイズの金属製の箱。その表面には、複雑な回路が刻まれている。

「これは...量子もつれを利用した装置？」

葉羽の目が輝いた。推理小説で読んだことがある、最先端の量子技術。しかし、なぜこんなものが高校の理科室に？

「葉羽くん、それ危ないんじゃ...」

彩由美が心配そうに言った。その瞬間、装置が淡い光を放ち始めた。

葉羽は、自分の中に湧き上がる興奮を抑えきれなかった。これは間違いなく、前代未聞のミステリーの幕開けだ。

「彩由美、協力してくれないか？」

葉羽は決意に満ちた表情で彩由美を見つめた。

「え？」

「この事件、僕たちで解明しよう。きっと、誰も見たことのない真実が待っているはずだ」

彩由美は一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
「わかったわ。一緒に頑張りましょう」

二人の目が合い、そこに強い絆が生まれる。

その時、誰も気づかなかった。理科室の隅で、一匹の蝶が羽ばたいたことを。その羽は、不自然なほど鮮やかな青色に輝いていた...