上 下
8 / 15
8章

偽りの楽園

しおりを挟む
巨大な眼球の触手が、俺の意識を絡めとる。抵抗する力は残っていない。まるで、抗う術のない獲物が、巨大な蜘蛛の巣に捕らえられたかのように。意識が朦朧とする中、俺は悪夢のような光景を目にした。

そこは、緑が生い茂る美しい庭園だった。色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥のさえずりが響き渡る。穏やかな風が頬を撫で、心地よい香りが漂う。まるで、楽園のような場所だ。

そして、庭園の中央には、白い洋館が佇んでいた。窓からは暖かな光が漏れ、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。まるで、幸せな家族が暮らしているかのように。

俺は、洋館へと導かれた。扉が開くと、そこには彩由美がいた。彼女は、満面の笑みを浮かべ、俺に駆け寄ってきた。

「葉羽くん、待ってたよ!」

彩由美は、俺の手を取り、洋館の中へと案内した。そこには、温かい暖炉の火、豪華な食卓、そして、優しい笑顔の人々がいた。まるで、俺がずっと夢見ていた理想の世界が、目の前に広がっているかのように。

「…ここは…?」

俺は、戸惑いながら尋ねた。

「ここは、私たちの楽園だよ、葉羽くん」

彩由美は、優しく微笑みながら答えた。

「…もう、事件も謎解きも、何もかも忘れて、ここで一緒に暮らそう?」

彩由美の言葉は、甘く、優しく、そして、抗いがたい魅力に満ちていた。俺は、この楽園に留まりたいという衝動に駆られる。もう、あの恐ろしい事件のことなど、思い出したくもない。ここで、彩由美と永遠に幸せに暮らしたい。

だが、心の奥底で、小さな声が囁く。これは、真実ではない。偽りの楽園だ。騙されてはいけない。

俺は、必死に意識を保とうとする。この楽園は、巨大な眼球が作り出した幻覚だ。俺を騙し、精神を崩壊させるための罠だ。

「…違う…これは…偽物だ…」

俺は、呟いた。声は、小さく震えていた。

「…葉羽くん? どうかしたの?」

彩由美は、心配そうに俺を見つめた。彼女の瞳は、純粋で、愛情に満ちている。だが、それは、偽りの感情だ。作り物の優しさだ。

「…お前は…彩由美ではない…」

俺は、絞り出すように言った。

その瞬間、彩由美の表情が変わった。優しい笑顔が消え、冷酷な笑みに変わる。

「…バレてしまったか…」

声も、冷たく、機械的なものに変わった。

「…だが、もう遅い…お前は、我の楽園から逃れることはできない…」

周囲の景色が歪み始める。美しい庭園は枯れ果て、白い洋館は崩れ落ちる。暖炉の火は消え、楽しそうな笑い声は、不気味な叫び声に変わる。

楽園は、一瞬にして悪夢へと変貌した。

「…騙されるものか…」

俺は、残された最後の力で、抵抗を試みた。巨大な眼球に hypnotize されそうになる意識を、必死に引き戻そうとする。

「…お前は、俺を支配できない…」

俺は、叫んだ。声は、虚ろに響く。

「…我の遊戯を…邪魔するな…」

眼球の声が、俺の脳を締め付ける。意識が遠のいていく。

だが、その時、一つの光が、俺の意識の中に差し込んだ。それは、彩由美の本当の笑顔だった。優しく、温かく、そして、力強い笑顔。

その光が、俺の意識を繋ぎ止めた。俺は、悪夢の淵から、辛うど這い上がった。

「…俺は…負けない…」

俺は、呟いた。声は、まだ弱々しい。だが、そこには、確かな意志が宿っていた。

偽りの楽園は崩壊した。だが、真の戦いは、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

母からの電話

naomikoryo
ミステリー
東京の静かな夜、30歳の男性ヒロシは、突然亡き母からの電話を受け取る。 母は数年前に他界したはずなのに、その声ははっきりとスマートフォンから聞こえてきた。 最初は信じられないヒロシだが、母の声が語る言葉には深い意味があり、彼は次第にその真実に引き寄せられていく。 母が命を懸けて守ろうとしていた秘密、そしてヒロシが知らなかった母の仕事。 それを追い求める中で、彼は恐ろしい陰謀と向き合わなければならない。 彼の未来を決定づける「最後の電話」に込められた母の思いとは一体何なのか? 真実と向き合うため、ヒロシはどんな犠牲を払う覚悟を決めるのか。 最後の母の電話と、選択の連続が織り成すサスペンスフルな物語。

探偵はバーマン

野谷 海
ミステリー
とある繁華街にある雑居ビル葉戸メゾン。 このビルの2階にある『Bar Loiter』には客は来ないが、いつも事件が迷い込む! このバーで働く女子大生の神谷氷見子と、社長の新田教助による謎解きエンターテイメント。 事件の鍵は、いつも『カクテル言葉』にあ!? 気軽に読める1話完結型ミステリー!

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

処理中です...