没入劇場の悪夢：天才高校生が挑む最恐の密室殺人トリック

3章

錯綜する証言

岩田刑事の執拗な尋問が続く中、劇場の空気は重苦しく淀んでいた。容疑者たちは皆、落ち着かない様子で、言葉少なに答えていた。

演出家の白鳥奏は、淡々とアリバイを主張した。「リハーサル中、私はずっと舞台上にいました。烏丸先生は地下室に行くと言っていましたが、私は特に気に留めませんでした。没入型演劇という性質上、役者やスタッフは自由に動き回りますから」

彼の言葉は理路整然としていたが、どこか冷淡な印象を与えた。葉羽は、白鳥のあまりにも冷静すぎる態度に違和感を覚えた。悲しみや動揺といった感情が、全く見受けられないのだ。

次に尋問を受けたのは主演俳優の朱雀紅蓮だった。彼は、感情的に烏丸の死を悼みながら、「私は楽屋で台詞の練習をしていました。地下室には近寄ってもいません」と証言した。しかし、彼の証言を裏付ける人物は誰もいなかった。

小道具係の玄武蒼真は、寡黙な性格もあってか、ほとんど言葉を発しなかった。「小道具の整理をしていた」という彼の短い証言は、真実味に欠けるように葉羽には聞こえた。

衣装係の青龍琉璃は、華やかな外見とは裏腹に、冷たい視線で岩田刑事を睨みつけながら、「衣装の修繕に集中していました。他の人のことなど気にしている暇はありませんでした」と証言した。彼女の態度は、どこか挑戦的だった。

音響・照明技師の黄龍琥珀は、機械的な口調で、「照明と音響の調整に忙しく、他のことは何も知りません」と証言した。彼の言葉は正確だったが、どこか人間味に欠けていた。

最後に尋問を受けたのは、烏丸の姪である灰崎硝子だった。彼女は、悲痛な表情で「叔父に会うために劇場に来ていました。地下室には行っていません」と証言した。しかし、彼女の視線は常に葉羽に向けられており、何かを訴えかけるようだった。

それぞれの証言は、一見完璧に見えた。しかし、葉羽は、彼らの言葉の端々に潜む不自然さを見逃さなかった。特に、白鳥の冷静すぎる態度は、葉羽の疑念を深めるばかりだった。

「何か隠している…そうに違いない」

葉羽は、心の中で呟いた。

警察の尋問が一段落すると、葉羽は劇場内を探索することにした。彩由美も葉羽に付き添い、共に劇場内を歩き回った。

「ねぇ、葉羽君。本当に烏丸先生が…亡くなったなんて信じられないわ…」

彩由美は、不安そうに呟いた。葉羽は、彼女の肩に手を置き、優しく言った。

「大丈夫だ、彩由美。必ず真相を解明する」

葉羽の言葉に、彩由美は少しだけ安心した表情を見せた。

二人は、劇場の隅々まで調べた。舞台上、楽屋、廊下、そして地下室。葉羽は、鋭い観察眼で、わずかな痕跡も見逃さないように注意深く観察した。

舞台上には、複雑な仕掛けが施された舞台装置が設置されていた。プロジェクションマッピング用のプロジェクターや、音響効果用のスピーカー、そして、奇妙な形状をした鏡やレンズ。葉羽は、これらの装置が、事件に何らかの形で関わっているのではないかと考え始めた。

楽屋は、殺風景な部屋だった。何も装飾はなく、必要最低限の家具だけが置かれている。葉羽は、壁に掛けられた一枚の古い写真に目を留めた。写真には、若い頃の烏丸と白鳥が並んで写っていた。二人の表情は、どこか硬く、緊張しているように見えた。

廊下は、薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。壁には、奇妙な仮面が飾られており、不気味な雰囲気を醸し出していた。葉羽は、仮面の一つ一つを丁寧に観察した。仮面の裏側には、小さな文字で何かが書かれているようだった。しかし、暗くてよく見えなかった。

最後に、二人は再び地下室へと向かった。地下室は、依然として重苦しい空気に包まれていた。葉羽は、壁や床を注意深く調べた。何か、隠された仕掛けがないかを探しているのだ。

その時、葉羽は、壁にわずかな隙間があることに気づいた。隙間は、一見するとただの亀裂のように見えたが、よく見ると、人工的に作られたものであることが分かった。

葉羽は、隙間を押し広げてみた。すると、壁の一部がスライドして開き、隠し通路が現れた。

「これは…！」

葉羽は、驚きの声を上げた。隠し通路は、狭く、暗かった。しかし、奥にはかすかな光が見えた。

「葉羽君…これは…」

彩由美も、驚いた様子で隠し通路を見つめていた。

「行ってみよう」

葉羽は、彩由美の手を取り、隠し通路へと進んでいった。通路は、迷路のように入り組んでおり、方向感覚を失いそうになった。

しばらく進むと、通路は行き止まりになった。行き止まりの壁には、 another 扉があった。葉羽は、扉を開けた。

扉の向こうは、小さな隠し部屋だった。部屋の中央には、一台の古い映写機が置かれていた。映写機は、作動しているようで、かすかに音を立てていた。

葉羽は、映写機の電源を切ろうとした。その時、彩由美が悲鳴を上げた。

「きゃあああっ！」

葉羽は、慌てて彩由美の方を向いた。彩由美は、部屋の隅でうずくまっていた。彼女の顔は青ざめており、全身を震わせていた。

「どうしたんだ、彩由美！？」

葉羽は、彩由美に駆け寄った。彩由美は、震える声で言った。

「何か…何かがいる…！」

葉羽は、部屋の中を見回した。しかし、何もいなかった。

「どこにも何もいないぞ、彩由美。落ち着いて」

葉羽は、彩由美を優しく抱きしめた。しかし、彩由美の恐怖は収まらなかった。

「いるの…そこに…黒い影が…！」

彩由美は、震える指で部屋の隅を指差した。葉羽は、彼女の視線の先を見た。しかし、そこには何もなかった。

彩由美は、一体何を見て恐怖に怯えているのだろうか？ 葉羽の脳裏には、不吉な予感がよぎった。この劇場には、何か恐ろしい秘密が隠されている。そして、彩由美は、その秘密に触れてしまったのかもしれない…。